第9話 家に帰ろう!兄さん!
円、トラ子、ガマ吉、氷央が朝食を囲んでいると、紅子が飛び込んでくる。
「静が! 一晩、寮に戻ってきてない! ここには?」
トラ子が、慌てて答える。
「昨日は一回も来てないだよ」
紅子が青ざめる。
「静の同僚の話だと、静は労働の会の会員だったらしい。おそらく……」
円と、氷央に向かって紅子が頭を下げる。
「すまない」
いつの間にか、氷央が人の大きさになっている。
そして、紅子を抱きしめる。
「いい? あんたのせいじゃないんだからね。静の居場所の目星はつくの?」
紅子が氷央にメモを渡す。
「既に捜査対象になっていて、会館の場所は把握してある」
氷央がメモを受け取ると、あっという間に、その場から駆けていく。
うなだれた紅子がまた、円に頭をさげる。
「すまない」
円は手振り、身振りで否定する。
「紅ちゃんのせいじゃないよ! それに静だって、それなりの訓練は受けているでしょ? なんやかんや邏卒だし」
紅子がその言葉に戸惑う。
「いや、まあ……。うん……」
トラ子が紅子の反応に戸惑う。
「そこは期待できないみたいだよ!」
紅子が険しい表情になる。
「正確な情報、さらには令状がないと邏卒は動かせない。私も氷央を追う」
トラ子がその言葉に身を乗り出す。
「オラも行くだよ!」
「トラ子……。嬉しいが。もう、傷つく子供を見たくないんだ」
「紅子。前にもいったけど、前とは全然違うだよ。紅子は強くなったし、オラにはガマ吉がいるだよ」
「……」
「オラは、紅子の力になれるだよ!」
円がその会話に加わる。
「私もいるよー」
「先生もついてくるだか!?」
「何でトラ子ちゃんが行くのに私がいかないの。保護者だもの! 大丈夫! 逃げ足は速いから!」
紅子が頷く。そんな紅子にトラ子がニコッと笑いかける。
ーーー
労働の会の会館の少し広い部屋。静が閉じ込められているところに、塁とサトリが入ってくる。
「そろそろ紅子が動き出すころだと思うし。サトリ……」
「ああ」
静が慌てる。
「ちょっ、ちょっと待って欲しいなー! だいたい、俺をボコボコにしても、隊長になんの変化もないと思いますよ!? むしろ嫌われてるっていうか!」
「……。紅子にも上手くいかないことがあるんだな。……サトリ」
サトリが静の胸ぐらを掴む。
「待ってぇ!」
静の前に人影が、颯爽と現れる。そしてサトリの拳を受け止める。
「私の男に何してくれるのかしら?」
涙目で静が叫ぶ。
「氷央ちゃん!」
氷央がサトリに回し蹴りをする。サトリが壁に打ち付けられる。
口角から流れた血を、サトリが拭う。
「不意打ちはなー。次はないぞ。お前の心を読めば攻撃も読める」
氷央がニヤッと笑う。
「それより速く動けばいいだけ」
サトリの攻撃に氷央が対応していくものの氷央が押されていく。
サトリの攻撃が静にも及び、サトリの拳が静に向かうが、それに対し静が、機敏に受け身を取る。
「あれ!? 俺! すごいかも!」
その静の言葉に氷央が反応する。
「力貸してるだけだからね! 勘違いしちゃだめよ!」
しかし、氷央も静も、心を読むサトリの力に対応しきれず、押されていく。
そこへ、紅子やトラ子達が現れる。
サトリが氷央を殴ろうとした瞬間、紅子がサトリを撃ち抜く。
氷央が駆けつけた紅子に叫ぶ。
「紅子! 私と糸を繋いで! 力を貸す!」
「妖怪と糸を繋ぐ」氷央が信頼にたる人物だとは分かっているが、紅子にはなかなか受け入れられるものではない。
「そ……、それはさすがに!」
「静じゃ、素に限界がある!」
氷央の言葉に静が涙目になる。
「氷央ちゃん!? 否定できないけども!」
紅子がサトリ応戦しながら、考え込む。
「……」
「お兄さんのこと助けたいんでしょ!」
氷央の言葉に、紅子の目つきが変わる。
「私が……、兄さんを助けたい?」
紅子が手を差し出す。
「氷央! 力を貸してくれ!」
氷央と紅子の指に赤い糸をが繋がる。
紅子と氷央で挟み撃ちをするように、サトリを攻撃する。
サトリは反応出来ず、紅子と氷央の攻撃を次次にくらう。
紅子と氷央が両サイドからサトリに回し蹴りをする。
サトリが壁に打ち付けられる。
倒れたサトリは起き上がらない。
塁が叫ぶ。
「サトリ!」
塁がサトリに駆け寄る。そしてサトリを抱える。
そんな塁に紅子が語りかける。
「兄さんは、その妖怪に操られている」
「まだ僕が妖怪に操られていると思っているの? 本当におめでたいな。僕はずっとこうだよ。こういう人間なんだ。サトリに傀儡のような力はないんだよ」
「もう遅いけど、絶対に赦してもらえっこないけど、
紅子の言葉に塁が不気味に笑う。
「そういうところだよ……。紅子はとても可愛く生まれたのに、そういったことに浮かれることがまったくない子で。どこか男勝りで正義感があって、正にあの両親の子供といった感じだった……。僕は違うんだ。嫉妬したよ。気が狂ってしまいそうな程に。紅子……君という存在に」
その言葉に紅子が、塁を睨みつけ、指を差す。
「あんたッ! どんだけシスコンなんだ!」
塁が面食らう。
「浮かれないって! 男勝りって! ただ愛想がないだけだ。子供の頃の私をそんな風に思うのは兄さんだけだ! だいたい父さんと母さんも、そう大したもんじゃない! ごく普通のおじさんと、おばさんだ」
塁の表情が変わる。
「兄さんが持った感情は、幼さゆえの当然のものだ。ちょっとくらいの嫉妬心、誰にだってある! 兄さんのような境遇なら尚更!」
塁に紅子が手を差し伸べる。
「兄さん! 一緒に、一緒に。絶対に、赦してもらうなんて無理だけど、一緒に家に帰ろう!……父さんも、母さんも待ってる!」
「……うるさいッ!」
更に紅子が続ける。
「傀儡のような力はなくても、サトリは兄さんの心の隙きを利用したんだ!」
「……サトリが? 利用? 違う。僕がサトリを利用してるんだ」
「違う! 兄さん! もう遅いけど! だけど引き返そう! これ以上、遅くなる前に! 今しかない!」
紅子が塁に手を、伸ばす。
塁が呆然とする。
そんな塁を、意識を取り戻したサトリが覆うように、背後から抱きしめる。
「俺の目的は……塁。お前だけだよ」
抱きしめられた塁が、振り向きサトリを見上げる。
「言ったろ? 強い人間を食いたかったって? 食べごろだな? 塁?」
きょとんとして、塁がサトリを見る。
「サトリ?」
「もう少し食べ頃は先だと思ってたんだけど、塁が心を取り戻したら食べられなくなってしまうから」
「何を言っているか分からないよ、サトリ」
「お前の妹の言うとおりだ。お前も知っているだろ? 他の奴にやったのを、お前にもやっていただけだ。心を正確に読んでも、お前にすべてを正確に伝えたわけじゃない」
「嘘だ……」
サトリは塁を抱きしめたまま、塁の頭をなでる。
「両親は妹以上にお前を愛していたよ。実の子ではないという気苦労が余計にそうさせたんだろう。お前は認めたがってなかったみたいだが、お前自身は妹を大切に想っていた」
「違う、違う! そんなの嘘だ! 何より、僕の心が読めるんでしょ? 何でそんなこと。僕には君しかいないんだ、サトリ」
「ああ……。会員のやつらが、お前に心酔しているように、お前は俺にベッタリだ。小さな嫉妬心を少し利用しただけで。食べごろだよ」
塁の顔に焦りが色濃く現れる。
「僕を食べるの? え? 僕は特別でしょ?」
「ああ、特別だ。初めてみた時から、一目で気に入ったんだ」
サトリの腕の中から逃げようと、塁があがき出すが、サトリはそれを許さない。塁を抱きしめたままだ。
「お前みたいのを食べるのが大好きなんだ。5年間育てた収穫だ。可哀想な塁。小さな嫉妬心にとらわれたばかりに。家族の愛に恵まれ、才能に溢れた、美しい青年だったのに」
サトリが、きつく塁を締め付ける。
そんなサトリを見てトラ子が叫ぶ。
「ガマ吉ッ!」
「分かってる!」
トラ子と、人の姿のガマ吉がサトリに手をかざす。
妖怪と糸を繋いだものだけが見える赤い糸。塁とサトリを繋いだ糸が、弾けるように千切れる。
それと同時にサトリがその場に倒れる。
サトリがトラ子とガマ吉を睨みつける。
「お前ら! 糸を切ったのか? こんな芸当が! しかも力まで。さんざん集めた力まで!」
「紅子ッ!」
氷央が銃を投げ、紅子がキャッチする、そしてサトリの額に、銃を何発も撃ち抜く。
サトリが額を抑えて、うめき声を上げる。
「待った、待った。全員でひどいな」
血を流しながら、サトリが紅子を見上げる。
「そこのあんた。俺は、あんたの出来損ないの兄貴のお守りをずっとしてやったんだぜ? 感謝して欲しいな……」
紅子がサトリを蔑む。
「誰が出来損ないだ」
サトリが諦めたように、小さく笑う。
「本当に強い人間は嫌いなんだ。5年前を思い出す。揺るがないな……、無理そうだ」
「心を読んだのか? 便利な能力で助かる」
紅子が、銃から弾丸を捨て、また弾丸を込める。
「まあ一応言ってやる。面倒をかけたな。もう、お前に兄の面倒を見てもらうことは金輪際ない」
また、紅子がサトリの額に、何発も銃を打ち込む。
サトリが、ピクリとも動かなくなる。
するとサトリの手を握る手がある。
塁の手だ。
「兄さんッ!? 何を!?」
紅子が悲痛な表情を浮かべ、塁に手を伸ばす。
「兄さんッ!!!」
しかし、塁は紅子を見ることなく、サトリの手を握りしめる。
「サトリッ!!! 君だけなんだ! いいんだ食べられたって! 君しかいない! ずっと、ずっと独りだった。あんなに誰かに分かってもらったことはない。それでも僕は救われたんだ。それに……このままじゃ終われない!」
サトリが少しだけ、瞼を開ける。
「塁……」
「それに……。今まで間違ってしまったなら、今度は間違いたくない。全部が嘘だだなんて、思わないよ……。サトリッ!」
塁が涙目でサトリを見つめる。
そしてサトリが塁の手を強く握り返す。
サトリが、どんどん回復していく。サトリが体を起こす。
衰弱し気を失った塁の目元の涙を、サトリが指で拭う。
「可哀想な塁。騙されても、ここまでしてくれるだなんて。本当に逸材。妖怪に食われるためにいるような人間。やはり食べごろは、もう少し先かな?」
塁を肩に、抱えてサトリが窓から飛び降りようとする。
紅子がサトリの背中を撃つ。ニヤリと笑ったサトリが振り向く。回復したサトリに攻撃は効かない。
「兄さんッ!」
トラ子が逃げようとしているサトリを見て叫ぶ。
「ガマ吉! もう1回!」
ガマ吉が激しく首横にを振る。
「トラ子の体力がもたない」
「オラは、大丈夫だよ」
「ダメだ! あの人に面目が立たない!」
「あの人!?」
「お前に嫌われても、お前を守ることが、俺の絶対的な最優先事項だ」
サトリが塁を抱えたまま、逃げ去って行く。
塁が去っていってしまった窓を、紅子が呆然と見つめる。
思いつめた紅子の横顔。
紅子の手を、そっとトラ子が握る。
トラ子は、とても申し訳なさそうな顔をしている。
そんなトラ子に紅子が言う。
「大丈夫。必ず兄さんを引き戻す。私はあきらめが悪いんだ。兄さんが嫉妬深いなら、私は執念深いんだ」
トラ子が紅子を見上げて、微笑む。
「似たもの兄妹だよ」
氷央が呆れたように、紅子に話しかける。
「兄にしろ、何にしろ、紅子は男ウケが悪いのよー」
トラ子が氷央の言葉に驚く。
「え!? そんな話!?」
氷央が頷く。
「あそこまで言って、妖怪に負けてるじゃない」
トラ子が紅子を見上げる。
「オラは紅子が大好きだよ! 紅子はカッコイイだよ!」
紅子がトラ子の頭を撫でる。トラ子がニッコリと笑う。
そんな姿を見て、納得したように氷央が、また言う。
「ほらね、女子でしょ?」
紅子のトラ子を撫でる手がとまる。
ふと、紅子は、円と、ガマ吉の方を見る。
円があからさまに、慌てる。
「い、いや、キレイだし! 魅力的だよ!ね!? ガマ吉くん!?」
円の問いかけに対して、激しく頷く、人の姿のガマ吉。
そんな二人を見て、紅子が焦る。
「……。言わせた感がすごい……」
紅子の肩をポンポンと、静が叩く。振り返った紅子に静が笑顔で言い放つ。
「隊長、大丈夫です! なんやかんや優しいし。ステキだと思いますよ! 俺! 隊長のこと好きになってくれる人も、そのうち現れますよ!」
紅子が、静の腹を強く殴る。静が、その場にうずくまる。
「うっ!本気で殴った! なんで!? 珍しくいいこと言った気がしたのに!?」
トラ子が静に憐れみの目を向ける。
「静……。それは食らっておいて欲しいだよ」
「なんで!? トラ子ちゃん!?」
うなだれた紅子が窓の外を見上げる。窓から見える空は青く美しい。
「ちょっと怪我したし、医者に行く……」
「そ、そうだな……。それがいいだな……」
氷央が紅子に文句をいう。
「ちょっと、なんで静が殴られなくちゃいけないのよッ!」
円とガマ吉が首を傾げる。
「さあ?」
紅子の後を追うトラ子が、振り返り怒る。
「もう! みんな真珠男子を1巻から読み返して欲しいだよ!」
首を傾げながら、円達も紅子とトラ子を追う。
第3章 天狗 サトリ
「妖かしの赤糸物語〜幼少期編〜」
終わり
しなやかな糸は切れるその日のために花を紡ぐ おしゃもじ @oshamoji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます