第90話 息

 

 場所はパナケイア第四十四支部へ移る。


 連行された流海を涙と樒が探す一方で、朔夜と永愛は双子の先生を探していた。


「正面から普通に入った方が穏便だと思うか」


「穏便に行ってどうするの」


 パナケイアの敷地に入り、朔夜は一応確認してみる。濡れた前髪を掻き上げた永愛は蜂蜜色の双眼を細めていた。


 永愛の左手には印数三が刻まれ、雨粒が手の甲や頬を流れている。朔夜は施設に視線を戻し、永愛の質問に対する答えを探した。それより先に黒髪の少年は追質問する。


「朔夜君はどうしてここに来たの。流海君を救う為? 霧崎さんと猫柳さんの安否を確認する為?」


「……それプラス、パナケイアの納得できねぇ実験に噛みつく為だ」


「そっか、俺も」


 永愛は道具室までの距離を頭の中で考える。現時点で武器を持っていない少年は最初に道具室へ行き、サーベルを持ち、目的の二人を探す道筋を立てていた。


 朔夜は濡れたトンファーを回し、拳を握った永愛を確認する。


 竜胆永愛は基本的に物腰柔らかな少年だ。いつも実働部隊ワイルドハントのメンバーに気を配り、朝凪いばらを誰よりも見つめる穏やかな人柄。


 しかし、永愛が牙を向かないのは実働部隊ワイルドハントのメンバーに限られるとはあまり知られていない。黒髪の彼は、ヘルスやパナケイアに対しては気性が荒くなりがちなのだ。


 朔夜は永愛の性格を涙や流海よりは理解している。同い年のメンバーの中でも朔夜と永愛は何かと顔を合わせているからだろう。朔夜がワーカーホリックな質である分、永愛は友人として灰色の彼を心配している。


 そんな少年が双子の前ではまだ本性らしき本性を出していないと朔夜は知っていた。朔夜の家で見せた棘だらけの主張は微々たる一端でしかない。


 朔夜は永愛の刺すような空気を感じていた。感じてはいたが、今は止まっている暇など無い。この間に流海達に何かあっては後悔してもしきれないと言うものだ。


 永愛は帰宅しようとしていた研究員二人を発見する。


 黒髪の少年は迷うことなく雨音に足音を消させて、研究員の背後に立った。


「おい、と、」


 朔夜が止める前に、永愛は研究員を殴打する。素手で、容赦なく、後頭部を。


 研究員の一人は突然の衝撃に目を回し、もう一人は驚く前に永愛に殴られた。相手が確認できたのは黒髪の誰かと言うだけであり、永愛は倒れた二人の研究員の荷物を躊躇なく漁る。


「あ、あった」


 永愛が出したのは研究員が持っているIDカード。彼は自分のポケットに一人のIDを入れ、もう一人のIDは朔夜に投げ渡した。


 受け取った朔夜は永愛を見つめ、黒髪の彼は研究員をそのままにする。軒先に運ぶでもなく、本当にその場に放置する判断をしたのだ。


「なぁ、永愛」


「うん?」


「お前って、タガが外れると容赦ねぇよな」


 朔夜は名前も知らなかった相手のIDカードを指先で撫でる。


 永愛は斜め上を見て考えた後、人懐っこく微笑んだ。


「ヘルス限定だよ」


 * * *


 竜胆りんどう永愛とあは、ヤマイを患う前からヘルスとヤマイの括りに疑問を抱く子どもであった。


 まるでヘルスが困っているように世間では囁かれるが、実際問題困っているのはヤマイだと少年は思っていたのだ。


 彼は知っていた。もしも自分がいつかヤマイを患えば、世間は自分を見放すのだと。ヘルスはいつでもヤマイになる可能性があるのに、自分はならないと高を括っている者ばかりなのだと。


(助けてくれないんだろうな、誰も、何も、俺の周りの人は)


 幼い頃から悟っていた永愛は常に不安を抱いていた。もしも自分がヤマイになり、他人の手がなければ治まらない症状だった場合、自分は見放されて死ぬのだろうと。


 ヤマイには、自分だけで完結するもの、自分が他者に影響を与えるもの、外部からの働き掛けで発症・緩和するものとに分けられる。


 皇や葉介、雲雀、鶯のヤマイは一番目。

 小梅や伊吹兄妹は二番目。

 空穂双子やいばらは三番目。


 誰もヤマイを選べないし、望んでヤマイになる訳ではないのに。


 永愛はヘルスの頃から自分がヤマイになった場合を考え、不安視し、成長した。


 ヘルスの自分が消えて、ヤマイの自分になってしまったら。


 そんな不安は、高校一年生の時に現実となる。


「な、に……これ」


 下校時間、永愛は己の手を見て息を呑んだ。


 恐れていたことが起こってしまった。誰でもなり得ることが、自分の身に降り掛かってしまった。


 永愛は全速力でパナケイアに向かう。それまで足を向けたことはなかったが、近くを通りかかる度に見てはいた場所へ。


 ヘルスにとってパナケイアは、哀れで危険な者達が行く施設という認識が成り立っていた。そんな場所目掛けて走る永愛は、自分に降り注ぐ奇異の視線に奥歯を噛んだ。他人事のヘルスに今まで以上に吐き気がした。


 永愛は周りと違う価値観故に、親しい友人なども特にない。両親とも日頃から会話は少なかった。


 だからこそヤマイが発症した瞬間、抑制する為に叫ぶ本能に血の気が引いた。


 求めなければいけない。他人に、自分の存在を求めなくてはいけない。


 永愛のヤマイは、外部からの働き掛けで発症・緩和するものだったから。


 鼻の奥に痛みを感じた永愛は、初めて踏み入れたパナケイア内部に衝撃を受けた。


 そこはヤマイを理解したヘルスの集う場所だと思ったのに、蓋を開ければどうだろう。いるのはヤマイを害とする社会と同じ目だけではないか。


 永愛はパナケイアで、ヤマイをどこで診断するか話すだけの研究員に茫然とした。ここにヤマイを重んじる者などいない。いるのはヤマイは害だと謳う者達の筆頭だ。


 けれども彼は頼るしかない。永愛の本能は、己のヤマイが他人に頼らなければ発症を抑えられないと知っているから。


「……助けて」


 自分の周りを囲む研究員は助けてくれないと嫌でも察した。


 だからこそ、永愛は白衣の先にいた少女を見たのだ。


 紫がかった黒髪に、同じ色の瞳。緩くウェーブのかかった毛先を揺らす美しい少女――朝凪あさなぎいばらは、少年の方に爪先を向けた。


 永愛は気づいている。自分の行動は少女を巻き込むことだと。狡く、自分よがりで、許されることではないと。


 然れども、彼は恐ろしかったから。自分の体に起こる変化に耐えられなかったから。


 永愛は自分の両手を見る。ヤマイによって、体を探す。


 本来ならばそこに見える筈の手は透過し、向こう側にある床が薄く見えていた。


 皮膚も筋肉も、骨も血管すらも透明になっていく永愛。


 彼は両手を握り合わせたが、感覚があるのは掌だけであった。指先があるであろう場所は自分でも感覚が分からず、両手の人差し指や中指を合わせても「そこにある」証明が出来ない。


 永愛は頬に掌を当てるが、感覚の無い部分ができ始めていた。


 目が眩むような、呼吸の仕方を忘れていくような、自分を喪失していく不快感。


 永愛は、膝をついたいばらの腕を掴んだ。指先の感覚は既に消えており、掌だけで必死に縋った。


 彼と彼女はその日が確かに初対面である。永愛は本能に従わなければ自分が消えると分かっているが、微かに揺れる理性がブレーキをかけようとする。


 だが、このままでは永愛はいなくなってしまう。文字通り、その体が消えてしまう。


 全てを恐れた少年は、喘ぐように願っていた。


「たすけて、お願い」


 呼吸を求める少年は、泪を浮かべてしまう。


「俺に、おれに……」


 目の前の少女に頼るしかないから。そうしなければ自分はいなくなってしまうから。


 永愛は本能に従って、懺悔の心をかなぐり捨てた。


「――キスをして」


 目を見開いたいばらに、永愛は泣いた。


 呼吸の仕方が分からなくなっていく。肺が透けて、気道の位置が曖昧になって、眩暈が酷くなる。


 心臓が動いているか分からない。まだ血液を送っている気はするが、いつ消え失せてしまうか分からない。内臓が消えてしまえば、永愛は生きる機能を失ってしまう。


 消失に泪するしかない永愛は、消えそうな舌で謝り続けた。


「ごめん、ごめんなさい、ほんとにごめん。でも、俺、おれ、ごめん、ごめん、ごめんね……」


 いばらは向こう側が透けている永愛を見つめる。


 出会い頭に困惑しかない願い。本来ならば容易に受けられる内容ではないが、ヤマイを知り、崩壊の恐怖を知る少女は頷いた。


 いばらは少年の頬であろう場所に両手を添えて、顔を少しだけ傾ける。


 永愛は縋るように顔を近づけ――二人の唇が重なった。


 少年の唇に温度はない。感触も薄く、いばらは羞恥心よりも救済感の方が勝っていた。


 空気を分け与えるように、いばらは永愛の唇に自分の口を押し付け続ける。


 永愛は自分の頬にかかる少女の髪を知り、温度が分かるようになる感覚に泪した。


 震えていた永愛に体温が戻る。血管が、骨が、筋肉が、皮膚が戻る。


 目を開けて唇を離したいばらは、初めて明確な輪郭を示した永愛を見つめた。


 竜胆永愛――口付けをしなければ透明になるヤマイ


 いばらの付き添いの元でヤマイを特定した永愛は、自分の左手に刻まれた〈印数三〉に愕然とした。


 文字にすれ危機感の無いヤマイに見えるかもしれないが、本人からすれば生死に関わるヤマイである。


 永愛は定期的にキスをしなければ体が透明になっていく。体が消えて、感覚が消えて、最期には自分が消える。存在が消失する。


 彼にとっての口付けは正しく人工呼吸なのだ。心臓が透明になってしまう前に、肺の感覚が無くなってしまう前に、己を固定させる生命維持行為。


 下手をすれば誰にも認識されず、自分でも自分を認識できなくなるヤマイにも関わらず、パナケイアが永愛に送った印数は三。


 印数の基準はヘルスに危害があるかどうかで決まる。


 涙や流海のように他人も自分も巻きこむヤマイならば印数五以上が刻まれるが、永愛の場合は自分にしか症状が現れないヤマイだ。他人にかかる危害はほぼ皆無であり、あるとすれば人命救助の為の口付けを求められる程度だとパナケイアは判断した。


 永愛が感じたのは、圧倒的温度差。


 自分はヤマイを発症すれば無くなってしまうかもしれないのに、ヘルスに害が少ないから三の数字を与えられた。


 永愛は印数を見る度に社会を敵視し、ヤマイの発生を恐れ続ける自分も嫌悪した。


 いばらは少年を実働部隊ワイルドハントに誘った。永愛のヤマイの性質上、印数三であってもメディシンは手放せないと思ったからだ。


「……異世界?」


「そう、そこに薬の材料を採りに行くの」


 突拍子もない話に永愛は混乱する。いばらは苦笑を零し、彼女の表情に永愛は口を結んだ。そして、自分の「助けて」を聞いてくれた少女と共に行くと決めた。


 初めてアテナに飛んだ時、永愛は材料を採ることが出来ずに終わる。少年自身は結果に肩を落としたが、それを笑う者は実働部隊ワイルドハントにいなかった。


「お、新人君、よろしくー」


「背高いね! まぁ私の鶯君の方が高いけど!!」


「よろし、く……」


「立った状態から寝ようとすんなよ、鶯」


 パナケイアで永愛が出会ったヤマイ達は、少年が知るヘルスよりも輝いて見えた。


 誰しも自分の為に動いて、自分の意思を主張し、時にはメンバーの為に走りもする。


実働部隊ワイルドハントは仲間ではないがな」


 凛とした態度で告げた葉介は、身体年齢十歳。永愛は驚きながら、実働部隊ワイルドハントのメンバーを知った。


 彼はヤマイをいばら以外には伝えていない。その事について詮索する者はおらず、顔を合わせれば挨拶し、ヤマイなど関係なく話ができる。


 不思議と、永愛はヤマイになってからの方が楽だった。肩から力が抜けたのだ。


 ヘルスだった頃よりもヤマイが身近になって、生きることを強く望むメンバーに未来を見る。


「永愛、平気?」


「平気だよ、ありがとう、いばらちゃん」


 ペストマスクを持って、永愛はサーベルを握った。彼は怖気付くこともありながら、いばらと一緒に毒の世界に踏み込み続ける道を選んだ。


 美しい少女は見た目だけでなく、内面すらも美しいと知ったのはそう遅くない。気づいてしまった永愛は、少女の視線にも気づいていた。


 彼女は自分に手を貸してくれた最初の一人。恐れていた自分を美しい優しさで救ってくれた人。


 それだけで、永愛の心など簡単に決まってしまったのに。


 かの少女は青い目を横に見るばかりしたから。


 喉を内側から刺されるような感覚を呑んで、永愛は美しい少女の袖を引いた。


「……いばらちゃん」


「いいよ、永愛」


 永愛といばらは共に望んで行動した。


 いばらのヤマイは、永愛が心から想っている言葉を送れば予防できる。


 永愛のヤマイは、いばらの純粋な救済による行動で予防される。


 二人は誰にも見られない場所で、互いの手を握った。


 いばらは少しだけ踵を上げて、永愛は微かに上体を傾けて。


 それは、誰にも見せない二人だけの行為。互いを守る為、互いを救う為、二人の唇は重なり続ける。


 二人の関係に名前をつけてはいけない。永愛といばらに愛だの恋だのと謳ってはいけない。


 色香も欲も見せることなく、二人は互いの呼吸を維持し続ける。


 頬にどれだけ手を添えても、腕をどれだけ掴んでも、二人は恋人ではない。何でもない。竜胆永愛と朝凪いばらは、何かになってはいけないのだ。


 実働部隊ワイルドハントのメンバー同士。アテナに行って薬を必要とする者同士。選んだ武器が遠距離と近距離で組みやすい相手だった。


 それだけでいなくては、二人の関係は壊れてしまう。


「いばらちゃんは綺麗だよ」


「永愛は優しくて、あったかいわ」


 永愛は穏やかに微笑んで、いばらは儚く美しい笑みを返す。


 これは互いの救命措置。


 一人は存在が消えてしまわないように。

 一人は体が溶けてしまわないように。


 いばらは青い目を見ないようにして、蜂蜜色の瞳を見つめる。


 永愛は少女の視線に気づきながら、紫色の瞳を見つめ返した。


 何も伝えてはいけない。

 何も口にしてはいけない。


 それでも、何も想わずにはいられない。


 永愛は、いばらの背に回しかけた手を握り締めた。


「いばらちゃんはどうして実働部隊ワイルドハントに?」


「……ヤマイを発症しない為よ。私はどうしても、何をしても、ヤマイだけは起こせない。抑制し続けたいの」


 いばらは美しさに取り憑かれている。


 永愛は隣を歩く白装束の少女を見つめて、喉まで這い上がった言葉は飲み込んだ。


(……俺だけだと、足りないかな)


 告げてはいけない。告げれば終わる。告げれば少女を困らせる。優しく美しい彼女を、傷つけてしまう。


 だから永愛は沈黙を選ぶ。黙って少女の隣に並び、静かに袖を引いて、誰も知らない所で顔を寄せた。


 少女を壁に押し付けたい衝動を抑えて、他人の前では何食わぬ顔をして。


「こんにちは、葉介君、桜さん」


「こんにちは、お疲れ様です」


「こんにちは、竜胆、朝凪」


「こんにちはですわ!」


 永愛は常に微笑んでいた。葉介と小梅がほとんど一緒に行動する様子を見て、その度にいばらが自分の背に少しだけ隠れることも了承して。


 蜂蜜色の目は柔和だ。浮かんだ嫉妬よりも優越感が胸を占めているのだから。


 いばらは何も告げない。葉介は気づかない。小梅は探求と世界にのみ目を向ける。


 永愛はいばらの様子を探った。少女は離れていく銀髪と桜色に視線を向けて、綺麗な唇を開けることはない。


 いばらは実働部隊ワイルドハントの、特に少女達と仲が良い。会話をすれば顔を綻ばせ、涙の前では必死に笑わないように口を真横に結んでいる。小梅の前では常に穏やかだが、少女が銀色と共に歩く姿を見れば眉を少しだけ下げるのだ。


「いばらちゃん」


 永愛はいばらの手を引き続ける。


 いばらも自ら目を逸らそうとしているから、それは慈善活動のようなもの。


 彼女が傷ついているかどうかなど永愛には分からない。少女がどうしたいのか永愛は知らない。


 ただ、もしもその美しい心に亀裂が入っているのであれば、自分の感情を流し込んでしまいと想うのだ。


「純愛なんて存在しないんだよ」


 流海はお湯を沸かしていた台所で告げた。永愛の内面は確かに痙攣し、火照っていた頬からは熱が引く。


 流海が片割れに向ける感情は、永愛からすれば異常である。


 縛り付けるように名前を呼んで、自分だけを見るように仕向けて、涙が他の者を見ることを良しとしない。


 それは我儘で、自分勝手で、しかしながら確かな愛情なのだろうから。


(俺が向ける感情と、何か違うのかな)


 永愛は、目の前で流海と朔夜が会話する様子を見ながらレモン水を嚥下した。


 彼にとって空穂双子は強烈な存在である。


 今まで出会った誰よりも苛烈に正しい言葉を並べる涙と、今まで出会った誰よりも歪んだ執着を吐き出す流海。


 そんな双子が、永愛には強すぎる光源にも見えたのだ。


「朝凪の援護は始終的確で、貴方が援護してくれると知っているからこそ私も正面から殴りかかることが出来ました。元々私の選んだ武器は接近戦用ですし。援護してもらえるともらえないとでは雲泥の差です。ありがとうございます」


 涙の言葉は曲がりない。己が感じた正しさを言葉にして、伝えて、いばらの心配を溶かしてしまう。


「竜胆は一人の相手をきちんとしてくれたではないですか。一対二の場面を背負ってくれた時点で凄いと思いますし有難かったです。一人逃がした事を嘆くのではなく、一人の相手は確実にできた事を認めても良いと思います」


 その実直な姿勢は誰に対しても向けられた。いばらだけでなく、永愛にまで。


「引いたら後悔するんでしょ。なら頑張って引き留めなよ、縋ってみなよ。そうしないと、君は損をする人のままだ」


 流海も涙も分け隔てなく優しいわけではない。自分の志があって、自分で相手を選んで、言葉を渡す。


 二人はきちんと自分の味方を選んでいたから、永愛はその味方に自分が分類されることが嬉しかったのだ。


 その片割れが自分の嫌いな者達に連れて行かれ、残った片割れが救いたいと動くならば、永愛は動こうと決めた。


 自分達を大切にしてくれない相手に、これ以上優勢な立場など取らせたくない。自分を尊重してくれるメンバーを、友人を、犠牲になどさせたくない。


 自分の呼吸を守ってくれる子が、安心できる明日が欲しい。


 だから、永愛は何も迷わなかった。


 研究員を殴ることも、IDを盗むことも、施設に足音を殺して潜入することも。


 予定通りサーベルを手にした永愛は、濡れた服を実働部隊ワイルドハントの白装束に着替えていた。


 朔夜も同じように白装束を纏い、二人は冷えた息を吐く。


「霧崎さんと猫柳さん、何処だろうね」


「霧崎さんは治療されてる可能性があるとして……猫柳さんは、どうだろうな」


 朔夜は歯切れ悪く視線を下に向ける。永愛はサーベルを握り締めて、両目を細めていた。


「……あぁ、もう、壊しちゃおうよ」


「永愛?」


 灰色の目と蜂蜜色の目が合う。永愛は穏やかに微笑むと、朔夜に意思を伝えていた。


「俺、パナケイアなんて大嫌いなんだ」

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