第81話 道

 

 報告するとは難しい。


 語るのではなく報告する。それは自分の感情を入れないように、客観的に伝えることが求められる。


 伊吹兄妹の部屋に集まった実働部隊ワイルドハントのメンバー。突然の連絡にも関わらず、全員身なりを整えて早々に集まってくれた。感謝すべきなのか、巻き込んだことを謝罪した方がいいのかは分からない。だから余計なことは言わないようにしよう。


 部屋は元より二人の兄妹が暮らす広さしかないので、総勢十人も集まってしまえば少し手狭だ。且つ、私と樒の報告内容によって空気は沈んでいる。


 外では未だに雨が降り続き、雨音は大きくなるばかり。昼間は雪だったのに夜には雨に変わるだなんて。雪のままだったならば、まだ穏やかでいられたかもしれない。……そんなこともないか。


 悪天候と夜も深まった時間帯、予期せぬ緊張感で部屋の重苦しさは倍増する。


 樒に報告の先手を譲られた私は、昼間に桜邸で調べた仮説と、夜の始まりにかかってきた柘榴先生からの連絡を報告した。アテナの武器にマッキを引き起こす薬が仕込まれている仮説については、嘉音から裏付けもされたしな。


「アテナの武器に関しては、仮説でなく真実でしたよ」


「どうして分かった」


「今日アテナに行ったんです。桜の家から帰った後に。そこで嘉音に遭遇したので問い詰めたら話してくれました」


「その方は、以前パナケイアに攻め入って来られた方ですね?」


「そうですよ。リングダガーを持ってる奴です」


 柊と桜の言葉に淡々と答える。嘘ではないよ、ただ全てを語らないだけで。


 私は青色の瞳も、桜色の瞳も見ることはしなかった。


「マッキを引き起こす薬、理性決壊薬は時間が経過すると気化して消滅するそうです。パナケイアは恐らく、実働部隊ワイルドハントが倒した戦闘員の武器に残っていた薬でも発見したんでしょうね」


 皇と並んで見学した解剖室を思い出す。あの時に武器も回収されていた。理性決壊薬も一時間以上は気化しない状態でなくては嘉音達も大変だろう。だからパナケイアの手に渡る頃には、まだ薬が残っていた。そう仮定したことも追加で告げた。


「薬に気づいていながら実働部隊ワイルドハントに教えなかった所を見るに、パナケイアは私達など気にも留めていないのか、実験として経過観察していたのか。何にしても味方ではないでしょ」


「私達に指示を出していたのはそんな連中だったのね。反吐が出るわ」


 樒の言葉に反応はしないでおく。金髪の彼女は「ごめんなさい、言葉が悪いね」と肩を竦め、私に先を促した。


 私の鼓膜の奥で着信音がする。


 帰りを待っていたのに。


 話をしようって、言ったのに。


 ……嘘つき、なんて言わないよ。


 柘榴先生、猫先生。


「電話があったんです。柘榴先生から。私と流海が帰宅した後、先生達を待っている時に」


 自分の気持ちは閉じ込めて、話をした。流した泪のことは忘れて。流海との抱擁も約束も、内緒のまま。


 本部エリュシオンについては報告せず、緩和薬についても伝えず、己の正義も語らず、私は今必要な経験だけを告げた。


 誰も笑わない室内で、小夜が貸してくれたクッションを膝に置く。背中側には膝を抱えた朝凪が座っており、私の背中に少しだけ体温が伝わってきた。


「霧崎さんと、猫柳さんが……流海さんまで」


 朝凪の声は微かに震えている。部屋はより一層重苦しく緊張感漂う雰囲気に包まれた。音と言えば壁掛け時計の秒針と、タオルを首にかけた棗がゆっくりと歩く音だけだ。


 彼女が連れてきた椿は遮光性の上着を脱いでおり、深い緑の髪と瞳がよく見える。猫背気味の男は重たそうな瞼を開き、私から樒へ視線を向けた。


 お淑やかモードの樒は深くソファに腰かけ、両隣に座っている桜と小夜の手を撫でている。ソファの後ろには柊と伊吹が立っており、私と朝凪、竜胆、椿は床にそのまま座っていた。


 椿は場に似合わない声で樒に問いかける。


「樒さんは、何があったんですか……?」


「私は元々パナケイアに呼ばれてたのよ。武器を持って実験室に来いってね。特別手当出すって言われたからホイホイ向かったら、マッキになった猫柳さんと遭遇したわ。今思えば猫柳さんが暴走した時用の保険で呼ばれたんでしょうね」


 思わずクッションの上で拳を握る。樒は少しだけ私に視線を向けた後、直ぐに椿へ向き直った。


「異様だったわ。実験室の扉を壊した猫柳さんの姿も、彼に追われていた霧崎さんの姿も。私というか、その時は男の樒の方ね。樒は確かに驚いていたし、直ぐにパナケイアの職員に実働部隊ワイルドハントを招集するよう叫んでいたわ」


「そんな連絡、なかったですけど」


「そうよ、なかった。パナケイアは連絡をしなかったもの。今は実験の観察段階だからって」


 伊吹の問いに樒は平然と答える。灰色の男は唇を結び、金髪のヤマイは報告を続けた。


「言ったでしょ、異様だったの。職員は追われる霧崎さんを見過ごして、ありとあらゆるものを破壊する猫柳さんを見つめていたわ」


「猫柳さんはどうして霧崎さんだけを追っていたんですか」


「はっきりとは言いかねるけど、恐らくそれも実験の一つでしょうね。他の職員に向かいかけたら「標的は霧崎柘榴だ」って指示をされてたから。猫柳さんもそれを聞いてた節があるわ」


 樒の言葉に、自分の頬が痙攣した自覚がある。


 何が標的だ、何が指示だふざけるな。猫先生は柘榴先生を望んで傷つけたりしない、襲ったりしない。先生達はいつも肩を並べて、自分に出来ることだけをしてきた人達だったんだから。


 その猫先生に何をした。柘榴先生が何をした。


 私は静かに奥歯を噛んで、クッションの上で拳を握り締めた。沸々と、沸々と。体内で最熱し始めた感情をどうにか押し留めながら。


 小夜が灰色のおさげを揺らす。少女は心底不思議そうに言葉を並べた。


「おかしいですねぇ。それだと猫柳さんは、マッキになった時に意識があったみたいじゃないですかぁ?」


「マッキになる直前の反応でもないよね。そんな余裕っていうか、思考は無い筈だから」


 顎に手を置いた棗から視線を投げられる。私は小さく頷いて、自分の考えも述べておいた。


「頭は冷静な部分を残したまま、体だけはマッキに成り下がった状態とも言えますよね」


 マッキになる段階で訪れるのは理性の決壊。他人の判断なんて出来なくなるし、言葉の理解だって追いつかない。どんな音も聞こえなくなり、ただ己が本当に動きたいまま叫び、暴れて、傷つける。それが私の経験したマッキ状態だ。


 しかし話を聞く限り、猫先生には理性が残っていた。理性が残ってたのに自分の意志では体を動かせない状態。つまり、それが……


「マッキ誘発実験、か」


 柊が低く回答を述べる。銀色の男の言葉に桜は小さく頷きを返し、形のいい唇が動いた。


「私達のマッキを誘発させることが出来たならば、パナケイアはヤマイを殺す口実が出来ますものね」


 桜の声は、今まで聞いたことが無いほど冷え切っていた。桜色の瞳は冷ややかに自分の斜め下を見つめており、柊は頷いている。


「それならば、昼間に話した仮説も筋が通ります。アテナの戦闘員が俺達をマッキにさせることを目論んで武器に薬を仕込み、それにパナケイアは気が付いた。ならばその薬をどうにか採取してヤマイに投与して誘発できれば、結果的にヤマイを消す理由が出来ます」


「アテナの戦闘員の方も、パナケイアの研究員の方も、行いは同じだったと言えますわね」


「パナケイアは私達を、ヘルスに対する危険因子だから殺す。マッキならば化け物だから殺しても許される。それを誘発できるのならば、自分達で起こして殺してしまえってこと?」


 棗が緩やかに片足でターンを決め、青みがかった黒髪が目を隠す。そこで初めて彼女は立ち止まり、座る椿は手を伸ばした。


 椿の大きな手を棗は握る。棗は悔しそうに顔を歪ませ、椿は立ち上がって彼女へ寄り添った。


「そんなの、無いよ。私達なにも悪いことしてないのに。どうしてそんなことされなくちゃいけないの? そんなの、パナケイアもアテナの戦闘員も最低じゃん。私達の周りって敵しかいないじゃん。今まで私達を殺そうとしてる奴らの下で頑張ってたなんて、馬鹿そのものじゃんッ!」


「雲雀」


 椿は穏やかな声で棗を抱え上げる。唇を噛み締めた少女は、黙って彼の胸に顔を埋めた。椿は棗を抱いて、腕時計を確認している。


 棗雲雀のヤマイは、同じ場所に留まると酸欠になるヤマイ。同じ場所と言われる範囲を私は知らないが、椿は右腕だけで棗を抱えている。そして少しすれば左腕で抱え直すところを見るに、体のある位置が変われば良いらしい。


 椿は眠たくなるような動作で棗の背中を撫でていた。


「俺は、難しい話が苦手。のんびり生きてたい。雲雀と一緒に、のんびり、過ごしてたい」


 呟く椿と、小さく鼻を鳴らした棗。深緑の瞳は部屋に向いた。棗を抱え直して、少女の呼吸を守りながら。


 柳のような男の声は、眠たげなまま尖りを見せる。


「だから、雲雀が嫌なことは許せない」


 あぁ、コイツ――殺せる奴だ。


 直感的に言葉が浮かぶ。


 椿鶯は、棗雲雀の為だけに動く奴だと。


「ならばどうすると言うんだ」


 柊の声に責める色は乗っていない。椿に視線を向けた柊は、感情を読ませない姿勢を貫いていた。


「雲雀が望むことを、俺はする。実働部隊ワイルドハントを抜けたいなら一緒に抜ける。それだけ」


「相変わらず窒息しそうな関係よね」


「愛だよ」


 椿の回答に樒は両手を軽く上げる。金髪の彼女はそのまま小夜の頭を撫でて、撫でられる少女は嬉しそうに足を揺らした。


 棗は何も言わないまま椿に顔を押し付けて、彼氏も彼女の指示を催促することはなかった。


 そこで部屋に沈黙が落ちる。


 伊吹は深くゆっくりとした呼吸を繰り返し、桜や柊は口を結び続ける。


 私は刻一刻と進んでいく時計を見つめて、黙るならば動くべきだと考えた。


 集まっても行動しないならば、私は一人で行く。片割れの元へ、先生達の元へ。


 気持ちと体が合致して動きかけた時、私の初動を止めたのは竜胆だった。


「涙さんは、これからどうするの?」


 今まで黙っていた男に問われる。足の裏を合わせて座っている竜胆は、珍しく私の目を真正面から見つめていた。


 私は動きかけた指先を握り直し、当たり前のことを口にする。


「先生達の元に行きます。流海を連れ戻します。その後のことはまだ決めていません」


「……霧崎さんと猫柳さんが、どうなってても行く?」


「永愛」


 竜胆の言葉に焦るのは朝凪だった。彼女は色の悪い顔で私と竜胆を確認し、視線を俯かせている。


 私は竜胆の蜂蜜色の瞳を見つめて、体を寒風が通り抜けていく錯覚を感じた。


 どうなってても。どうなっていても。


 それはつまり、そう言うこと。


 私は気づけば左胸を掻いて、顎を引いてしまう。


 外では雨足が強まっていた。


「そこに……先生達がいるのであれば」


「……そっか」


 竜胆の目が伏せられる。私は不安を体の奥底へ仕舞い込み、自分を発信しない竜胆を射抜いた。


「竜胆はどうしたいんですか」


 いつも周りに合わせられる少年。竜胆はいつも朝凪や伊吹の意見に合わせて、流海や私に心配の目を向ける。しかし自分の確固たる意見を口にすることはほぼ無かったと私は思っているよ。


 竜胆は暫しの間を挟むと、一瞬だけ朝凪に視線を向けた。


「竜胆」


 だから私は釘を刺してしまう。周りの顔色を窺って、自分の思いを仕舞い込む相手に。


 竜胆は困ったように眉を下げる。その声は観念したように力が抜けていた。


「……俺は心が狭いんだ」


「大海だと思っていましたが、違ったんですね」


「それは涙さんが、俺の思う「良い人」だからだよ」


 やめてくれよ竜胆。そんなに信用してくれるなよ。


 良い人という表現が、どれだけ私に似合わないか知りもしないで。


 竜胆は両手の指を交差させて離す行為を数度繰り返し、不意に表情を消した。能面のように、決めたように。


 その声は、今まで喋った誰よりも強く――鋭かった。


「俺は、パナケイアを壊したいって思うかな」


 蜂蜜色の瞳に影が射す。


 言葉が研がれた刃になる。


「俺、パナケイアもヘルスも嫌いなんだ。俺達に武器を与えても、メディシンがあるから自分達に向けることはないだろうって思ってる姿勢も。俺に三の印数を刻んだことも、のうのうと生きてるヘルスも。憎くて憎くて堪らない。ヘルスなんてみんな死ねばいいんだ。苦しんで、藻掻いて、絶望しながら死ねばいい」


 それは、感情を発信する為の撃鉄。


 大人しく見せていた男の口から零れるとは思えなかった情動。


 しかし、だからこそ今の彼は人らしく、没個性を個性に変える。


 竜胆永愛はその静かな表情の奥底に、誰よりも煮詰まった思想を持っていた。


「アイツらが俺達を殺してもいい理由を作ってるなら、俺達もアイツらを殺していい理由を作れば良いと思うよ」


「目には目を、歯には歯を。危害には危害だと?」


「いいや、正義には正義だよ。正義の結果が殺しになるだけで」


「貴方は殺せるんですか」


「殺すよ。だって相手は俺を尊重してくれないから。それなら俺には必要ない。害虫と一緒だ。沸いた害虫を殺すのに躊躇しないでしょ」


 竜胆は両掌を合わせ、親指に顎を乗せる。揃った人差し指の側面に鼻先を触れさせる格好は、まるで祈るようだ。人を虫だと例え、パナケイアを平然と害虫だと表しながら。


「もちろん命を軽んじる気はないよ。それぞれにそれぞれの人生があることも分かってる。殺すって簡単に口にしない方が良いことも理解してる。ただ自分と合わない奴は淘汰するのが人でしょ。だからパナケイアは俺達ヤマイを排除しようとする。それがパナケイアの正義だ。アテナの戦闘員となんら変わらない。なら俺だって無抵抗にられたりしない」


 誰よりも柔和だと思っていた男は、誰よりも冷ややかに言葉を吐いた。


「パナケイアがヤマイを殺しきればパナケイアの勝ち。アテナがヤマイを殲滅すればアテナの勝ち。俺達がパナケイアを壊して、アテナにも殺されなければ俺達の勝ち。つまりそういうことじゃない?」


「メディシンやプラセボはどうする。俺達は誘発されなくとも、いつかはマッキに落ちていくぞ」


「パナケイアを壊したって、資料を残しておけば作れないことはないと思いたいんだよね。元より材料を採って来てるのは俺達だ」


 柊に対して竜胆は淡々と答える。腕を組んだ柊は目を細めて、竜胆は私に視線を戻した。


「でもやっぱり、誰かちゃんと分かってくれる大人が欲しいとも思う。だから霧崎さんと猫柳さんには生きてて欲しいかな……不純でごめんね、涙さん」


「それが竜胆の意見ならば、謝罪はいりません」


「……ありがとう」


 竜胆は「俺の意見はここまでかな」と瞼を伏せて、朝凪の方は一切見なかった。朝凪も何も言わずに私の背中に体重を預け、指先で袖を握ってくる。


 私は彼女に何も返せないまま、竜胆から伊吹へ視線を向けた。灰色の瞳も私を見ていたらしく、男は肩から力を抜く。


「貴方のゴールは決まりましたか?」


 寒く雪がチラついた昼間。伊吹は無限マラソンを終わらせる兆しを見つけて、止まっていた。目的と手段を見誤って走り続けていた男は、どんな道を選ぶのか。


 伊吹は小夜を見た後、感情を殺した表情を浮かべ続けた。


「昼間言ったろ。俺の突飛な妄想。それが今は正しいと思ってるよ」


 伊吹は灰色の髪に指を指し込み、前髪を雑に上げる。男は眉間に険しい皺を寄せて、灰色の瞳は暗く沈んでいた。


 ――この不毛で不合理な状況ってさぁ……アテナの戦闘員全員殺して、パナケイア潰せば終わるんじゃねぇのかなって


 私は伊吹の言葉を再生して、肯定も否定もしなかった。


「現実になりそうですね」


「現実にしていいと思うか」


「私の志の邪魔にはなりませんので、ご勝手にって感じです」


「放任かよ」


「邪魔して欲しいんですか?」


「いいや。ただ手伝って欲しいとは思った」


「私は私の心が優先ですので、手が空いたら要相談です」


「そうかよ」


「何の話ぃ~?」


 私と伊吹の会話に小夜が興味を示す。私は黙って小夜に視線を向けて、兄は妹の頭を手袋をつけた手で撫でていた。


「俺が正しいと思った話」


「ふぅん?」


「小夜は何も、心配すんな」


「はぁい」


 小夜は場に似合わない声色で頷いて、兄に対して深く追求しない。


 私は立ち上がって朝凪から離れ、小夜の膝にクッションを返した。樒も立ち上がって空気に笑みを浮かべる。食えない奴だな、ほんと。


「それじゃーまぁ、私と涙ちゃんはパナケイアに殴り込みかな。奪われたものを取り返さないといけないものね」


「ですね。流海も何かしら考えてるでしょうし。あ、伊吹、すみませんが服このまま借りて行きます」


「俺も行くから待て。上着も着ろ」


「俺も行くよ」


 伊吹は私にクローゼットから出した上着を投げつけて、竜胆も立ち上がる。


 桜と柊は黙ったままで、椿も棗をあやしている。小夜は可愛らしく両手でクッションを叩いていた。


「ッ、涙さん」


 私が状況を確認していれば、不安そうな朝凪に手首を掴まれる。私は紫色の瞳を見て、喉を締め付けられた気がした。


 この子は優しい。それでいて、傷つきやすい。他人の気持ちを考えてヤマイを告げず、抱え込んでしまう子だから。


「朝凪、私がどう動くとか、流海がどうとか、考えなくていいんですよ」


 膝をついて朝凪と視線を合わせる。彼女は目を丸くして、その瞳には薄く泪の膜が張っていた。


 朝凪の手を握って、柔く力を込める。どうか貴方が、他人の何かまで背負ってしまわないように願って。


「貴方は貴方が思うようにしていいんです。私が選んだ道を貴方も一緒に選ばなくて大丈夫。朝凪は朝凪の道を、自分で選んで、自分のことだけ背負えばいい。他人のことまで背負わなくていい」


 朝凪の喉が鳴る。


 綺麗な両目から雫が落ちる。


 朝凪は両手で私の手を握り締めて、肩に額が乗せられた。


「私、いま、何が正しくて、どうしたらいいとか……分からないんです。ごめんなさい……ごめんなさぃ」


 どうして貴方が謝るのか。貴方は何も悪くないのに。貴方が悪いと思う事なんて何一つないのに。


 私は朝凪の頭に頬を寄せて、彼女の気持ちが楽になれば良いと思わずにはいられなかった。


「いいんですよ。行動を誰かに合わせても、気持ちが合わなければ苦しいだけです。だから朝凪、貴方は貴方を好きでいられる選択を探して、見つけて、進めばいいんです」


 朝凪の肩が震える。私は、顔を上げた彼女の前髪を柔く触り、立ち上がった。


 私の正しいを取り返す為に。私の幸せを求める為に。


 これ以上奪わせない。傷つけさせない。


 私は樒、伊吹、竜胆と共に雨の中へ進み出る。


 武器を持て、敵を知れ、歩みを止めることなど許さない。


 私は流海を治す。流海が血を吐かなくていいようにする。元気になった流海と手を繋いで、一緒に明日を生きるんだ。


 私の正義を邪魔する者は、総じて私の敵になる。


 どれだけの人が私達を害だと言っても。殺すことが正しいのだと思想を掲げても。私はそんな正しさ認めない。


 これは――正義と正義の戦いだ。

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