-01.ニックとウィリー
「現在、光学迷彩で姿は消えています。空軍のレーダーにも引っかかっていないでしょう。これは俺の特殊能力で消しているものです。さて、宙返りしてみますね。」
俺はそう言って少しずつ、機体をローリングさせていって180°で静止した。
「体感されればわかると思いますが、重力は常に機体の下に向けて発生しています。慣性も重力制御で打ち消していますので、ほとんどGがかかりません。では直進してみますね。」
俺は北極に向けて進路を取りながら回頭し、速度を音速の5倍まで上げた。
世界で一番早い戦闘機と言われるミグ25がマッハ3.2なのでそれを大きく超えることになる。
「今で時速6,000㎞。音速の5倍程度です。揺れも振動もないでしょ?機体の周りにはこれも開発したシールドを展開して、空気抵抗を極端に少なくしています。もっとも宇宙ではこの速度では物足りなくなりますけどね。」
しばらく唖然と見ていた司令が、質問をした。
「この機体はどこまで速度が出せるのかね?」
「今は実験で第3宇宙速度までは出せていますね。結構安定していますよ。時速に直すと60,100 km/hですか。音速の20倍までは実験で安定して出ているので120,000㎞/hまでは出せますね。」
司令官以下二名も唖然としていた。
第3宇宙速度とは地球と太陽の重力を振り切る速度のことを言う。
つまり、太陽圏からの脱出も視野に入ってくるのだ。
「そろそろ見えますね。あれがこのフライポットの母艦『マザーシップ』です。」
俺はその母艦に接近してハッチから中に滑り込ませた。
この母艦は直径200m、長さ1㎞に及ぶいわゆる葉巻型の母船だ。
「この母艦には約300人ほどの乗組員を載せることができます。さあ、機体の外に空気が充満しましたのでおりますよ。」
俺はブルーのランプがついてからハッチを開けて外に出た。
そのまま司令達を母艦の作戦指令室まで案内して、ソファーを勧めて座らせた。
「この母艦1隻に先ほど乗ってきた4人乗りのフライングポットが100機駐留できます。あ、武器の実射を見せてませんでしたね。帰りにでもお見せしますね。」
「あのポットを1,000機だと…。」
「そうですね。各国に1,000機ずつ納品予定ですね。」
「価格は?」
「そうですね。まあ、1機1億程度で出そうかと思っています。」
「安い!安すぎる。そんな値段じゃテロリストの手に渡るのもたやすくなる。」
「大丈夫ですよ。他国又は他人に譲渡もしくは売却するとその機体は飛べなくなりますから。」
「どういうことだ?」
「現在地を知る方法がありますので、それで訓練以外で他国に侵入したり、他者が操縦していたりすると、機能を停止して墜落します。」
「なっ!」
「もっともそれを統括するのも地球連邦軍の役割でもあるんですがね。ああ、分解しても恐らく技術をまねるのは不可能だと思いますよ。これらは知識のブレイクスルーを果たした人にしかわからない仕組みになっていますからね。」
「知識のブレイクスルー…。つまり、あの資料がこの研究には使われていたということかね。あれはアメリカの財産でもあるんだぞ。」
「あの資料は俺たちの命を狙った代償としてアメリカ大統領から正式に譲渡されたものですよ。もっとも、手は一切触れていませんけどね。」
俺はにやりと笑いながら司令官を見た。
「それで、アメリカには何機の割り当てが見込めるのかね。」
「母艦を30機と4人乗りポットが3,000機、それに1人乗りポットを1万機ぐらいかな。それだけあれば地球の裏側まですぐに駆け付けられますからね。」
「現行の戦闘機は…。」
「う~ん。恐らく不要になってくるでしょうね。『国防』という意味ではこれで十分になると思いますよ。」
「…確かにアメリカ軍全体でも1万4,000機ほどだな。」
「恐らく海軍もある程度は必要なくなると思いますよ。」
「っ。それでは軍人たちは解雇ということかね。」
「いえいえ、そんなもったいないことはしませんよ。地球防衛軍と宇宙防衛軍の2部制になるんですよ。もっとも平時は宇宙防衛軍は海上警戒の任務がありますけどね。」
俺はMITの教授たちと共に作り上げた『地球防衛網』について説明した。
これは地球を取り巻くデブリの処理や飛来してくる隕石の処理、未確認飛行物体の確認など多岐に渡っている。
地上では近隣警戒のための洋上警戒チームが働くことになる。
陸軍はそのままだ。
もっとも『上忍』のように魔導駆動で動かせれれば、地上も安全さが増すだろうけどね。
「…なぜ日本とアメリカが合同で指揮を執るのだ?それに日本への割り当てはどれぐらいになるのだ?」
「日本は暴走しがちなアメリカに対する抑止力ですね。母艦50機に4人乗りポットが5,000機、それに個人乗りのポットが1万機に個人用母艦が10機ですね。個人用母艦には個人用ポットが1,000機収容可能です。」
それを聞いていた司令はいきなり怒鳴りだした。
「なぜ我が国の技術を使って、日本の下につかねばならないのだ。世界の盟主はアメリカだと決まっている。」
「…はぁ。だからアメリカには主導権を渡したくないんですよ。その野蛮さは類を見ないですからね。ヨーロッパでつまはじきに会うほどの犯罪者たちの子孫ってことなんでしょうね。」
俺がそう言うとブルブルと司令は震え出した。
「いいですか?別に日本独自の技術として日本が主導権を握ってやるのもいいんですよ。そちらの国の失策とはいえ、70年以上も日本を守ってくれていたのは事実ですからね。それに敬意を表して、代表をお任せしようと考えていたんですよ。それにこの技術はアメリカのものではありません。MITの教授たちも認めていますが、これは我々日本チームが開発した技術です。勘違いにもほどがあるな。次の宇宙軍司令に期待するしかないでしょうね。」
すると、今まで黙っていた衛兵の一人が突然話し出した。
「ま、待ってくれ。もし今この交渉が決裂するとどうなるんだ?」
「決まってますよ。アメリカ抜きで世界連邦樹立のために動きますね。もっとも大統領は参加の意向を表明してくれてますから、アメリカ軍としての参入が一番遅くなるだけですしね。その頃にはアメリカの居場所も立場もなくなってるでしょうけど。そうなる前に声をかけたんですけど残念ですね。」
俺は席を立とうとしたところ、もう一人の衛兵に引き留められた。
「待ってくれ。指令の暴言は謝る。この通りだ。その地球連邦政府、地球連邦軍への参加は、絶対だ。そんな武力を他国が持っていて、アメリカだけが持っていない状態など1日たりとも考えられない。ぜひ、初期からの参入を許してほしい。」
そう言って頭を下げた。
…なるほど。衛兵だとばかり思っていたけど、この二人が参謀なのか。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私はスペースフォースの参謀を任されているニック・ブライト少将だ。彼は同じく私の補佐をしてくれているウィリアム・ピール大佐だ。」
俺はそこで初めて二人に向けて握手を求めた。
「こちらこそ挨拶が遅れました。玉田紀夫です。」
二人と握手を交わした。
「では、未来ある日本とアメリカのために話を聞いてくださるのは、ブライト少将とピール大佐ということでよろしいですか?」
「できればニックとウィリーとでも呼んでくれ。」
「OK。ニックとウィリー。さて、それでは司令官は私の提案を受け入れてはもらえないのでしょうか?」
指令はまだ震えながら下を向いていた。
どうにも第二次大戦からの戦勝国としてのプライドが、首を縦に触れないようだな。
俺は以心伝心で、司令官を眠らせ、俺と会った時からの記憶を消していった。
突然眠り始めた司令にいぶかしながら、緊張した面持ちでニックが聞いてきた。
「指令が突然眠りだしたのは君の力の所為かね?」
「はい。眠ってもらって、私と会った時からの記憶を消させてもらいました。そうしないと地球に帰った後にいろいろと指示を出されても困りますからね。特に俺たちに対しての殺害指示など。」
俺はにこりと笑いながら話した。
この二人なら、これから先もうまくいくだろう。
まだ若いしね。空軍学校を卒業したエリートだよな。
俺はテレポートで指令を司令官室のソファーに送り届けた。
いきなり目の前から指令が消えていったので、二人とも驚いて俺の顔を見ていた。
「指令には司令官室のソファーでお休みいただいています。お年も召されているので、そろそろ退官の時期なのかも。」
俺はそう言って仕切りなおした。
「さて、では未来の地球の話をしましょうか。」
俺がそう言うと、横のソファに大統領が現れてにこやかに話しだした。
「やはりあの老人には無理だったか。Norio。試してくれてありがとう。」
大統領は俺に頭を下げた。
それを見たニックとウィリーの二人はいきなり直立不動になり、大統領に向けて敬礼した。
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