35.時魔法【11/25】
今週も水曜日が来た。
今週のスキルは【時魔法】というものだった。
『物の時間を勧めたり巻き戻したりできる。時間跳躍ができる』
と、言うものだった。
これってアイテムボックスの『復元』の機能そのものだよね。
ただ大きく違うのは対象物の時間操作ができるということになる。
これは醸造が必要なお酒だったり、発酵食品全般が早くできるというメリットはあるが、他にあまりメリットを見いだせない。
それより次にある『時間跳躍ができる』というところだ。
タイムトラベルができるということなのだろう。
例えば俺がスキルを取得しはじめたころに時間跳躍するとする。
しかしその時間にも俺は存在することになり、俺が入れ替わることにはならない。
当事者ではなくて傍観者、観測者であれば有効な力ではある。
しかし、今のところ有用な使い方が見いだせていない。
寺子屋のメンバーからいじめの現場撮影や、親や教師の発言の撮影をという話もあったが、それをいつだれがどんな方法で撮影したかを明らかにできない点で、公開したり裁判の証拠にすることはできないだろう。
俺はこのスキルをもらう最終日にいったい何が起こるのか。
どんなメールが送られてくるのかは、すごく興味があったが、それを覗き見ることはやめておいた。
過去にさかのぼっての暗殺や事象改変は現代社会に戻ってこれる保証がなくなる。
ゆえにこの魔法は母さんたちが漬物をつけるときに使う以外は封印されている。
はあ~。
こういう現代社会では使いようのないものも多いよね、スキルって。
教授方は独自に穀物や果物を買い入れてきてそれぞれでお酒を造っているらしい。
まあ、個人で楽しむ分には問題はないだろう。
そういえば、アメリカ大統領からも手紙が来てたよな。
そろそろ一度会いに行こうか。
俺はまずドローンを飛ばしてホワイトハウスの様子をうかがい、大統領が一人の時にホワイトハウスに転移した。
周辺を索敵と気配察知で探ると、すでに待ち構えている部隊がいるみたいだ。
俺はまずそれらの部隊から武器を押収して、気絶させておいた。
手足をタイラップで拘束して猿轡付きでだ。
大統領執務室に戻り、姿を現さないまま念話で大統領に話しかけた。
『こんばんは、大統領。就任おめでとうございます。』
「どこだ?誰だ?」
『ああ、足元のスイッチは踏んでも無駄ですよ。先ほどこの部屋の周りの部隊の人たちには眠ってもらいましたから。』
「だれだ?どうやって話している?」
『あなたの頭の中に直接話しかけていますよ。俺はNorioと言えばわかりますか?あなたから招待を受けたので来てみたら、あちこちに俺をとらえるための部隊がいたので用心のためにも姿は現さないでいます。』
大統領は机の引き出しから拳銃を取り出し、あちこちに向けて構えていた。
『そんなにおびえないでも大丈夫ですよ。俺からは危害を加えませんから。念のため、安全のためにもその拳銃からも弾は抜いていますので。』
大統領はラッチを外し、弾倉が空になっているのを見て驚いていた。
『さて大統領。俺と何を話したいんですか?』
大統領は机の引き出しからファイルを一冊取り出した。
「交渉だ。君たちの安全保障について。」
『ほぅ。前大統領は暴力的でしたが、今回の大統領も同じですか。』
「私は暴力的などではない。話し合いによる解決を望んでいる。」
『なるほど。聞きましょうか。』
「ここに先進国首脳会議で20か国の首脳陣から取り付けた誓約書がある。この中に君たちファミリーに手出しをしないという条項が謳われている。読んでみてくれ。」
そう言って大統領はソファーテーブルの上にそのファイルを置いた。
俺はアイテムボックスで取り込んですぐに戻した。
大統領は一瞬消えて誓約書がどこに行ったかときょろきょろしているうちに元の位置に戻ったので、自分の目を疑っていた。
『なるほど。拝見しました。しかしこれはかなり無茶をしましたね、大統領。』
「君たちが起こしたことは前大統領のマイクから聞いている。私も実際にその被害を確認している。一切の手口を残さず戸籍も消え、金塊も消えている。これはやろうと思えば誰でも殺せるという警告と私は捕えている。」
『ようやく怒りではなく真実を見る大統領になったようですね。それにしては30人の部隊を待機させるって物々しいですね。』
「何も抵抗できないとは思っていても、準備を怠ることはアメリカ大統領としてできないことだ。そこは勘弁してほしい。」
『わかりました。じゃあ、彼らの武器をここに置いておきますね。あとで返してあげてください。』
そう言って部屋の隅に機関銃や拳銃それに部隊員が来ていた迷彩服などを積み上げておいた。
それを呆気に取られて見ていた大統領は口を開いた。
「聞きしに勝る力だな。現代の魔術師といったところなのかな?君たちの力は。」
『そうですね。そうとってもらって結構ですよ。』
「ふむ。では早速交渉に入ろうか。先ほどの調印書だが、これの効力が発揮するためには条件がある。それぞれの国の代表者と面会することだ。そうすればその国での君たちの行動は黙認されることになる。もちろん、アメリカでもだ。」
『自分の国の利益優先で証拠もなしで戦争を仕掛ける国がよくそんな約束めいたことを言えますね。』
「それらは歴代の大統領が行ったことだ。私は違う。」
『それを証明するためには今まで隠してきたそれらを公表するしか方法がないとあなたは解っていますか?』
「……いや、それはできない。」
『そうでしょうね。だからこそマイクも俺たちを抹殺しようとした。アメリカが不利になることを極端に嫌がりますからね。アメリカを作った一族を抹消してもその精神は残り続けている。実に嘆かわしいことだ。』
「君に潰されたあの一族と軍産複合体は、そのほとんどが敵対組織や今まで子飼いとして使っていた連中に消されたよ。金持ちからも存在さえもデータ上から消された人間がどうなるかは思い知っているつもりだ。」
『なるほど。少しは話ができそうだ。』
「ではお願いしたい。FRBから奪われた金塊を元に戻してほしいのだよ。」
『受取先の無い金塊を?』
「受取先はアメリカ連邦政府とする。その保証人として先に挙げたG20の各国首脳人が名前を連ねることになる。」
『なるほど。続けて。』
「あの金塊はあの一族のものであり、一族のものではない。つまり、世界中の共有財産としてドル本位制とユーロ本位制の担保になる。」
『…』
「そのためにG20でアメリカの誓約の補償を行うことにしたのだ。各国にとってもこれは対岸の火事ではない。自国でも君たちを怒らせたり、君たちに銃口を向けると起こりうる災厄だ。」
『災厄とはずいぶんな良いようですね。自分たちが喧嘩を打った相手が自分たちよりはるかに強い力を持っていたことに気づいた途端災厄扱いですか。』
「いや…これは失言した。ほかにたとえが思い当たらなくてね。」
『それぐらいでちょうどいいですよ、ミスタープレジデント。』
「おぉ…。では。」
『いいでしょう。その誓約書をもって前大統領の犯した俺たちへの殺人未遂はチャラにしましょう。』
「それではようやくアメリカは解放されるのだね。」
『…何からの解放かはわかりませんが、前大統領の償いはこれで済ませましょう。しかし、先の話のアメリカ大統領の言質が信用できないという点は動かしようがないのですよ。』
「それはこれからの私の動向を見てもらうしかない。」
『…信じる者は救われるって宗教は信じないたちでしてね。救われてはじめて信じる気持ちがわくんですよ大統領。過去の同時多発テロ、日本への第二次世界大戦へのきっかけとなったハルノートの全貌を記者会見で話してもらいましょうか。ここ近年で行ったアメリカの最も汚いウソを国民の前で話してください。』
「それはできん。」
『なるほど。あくまで現状維持でいいということですね。アメリカの汚いウソには各国が辟易しているんですよ。それをその誓約書をもって訪問して話し合ってきますか。』
俺はテーブルの上の各国首脳が調印している誓約書をアイテムボックスにしまった。
『一両日中にFRBの金庫に金塊は戻るでしょう。しかし、あなたは大変大きな勘違いをしている。アメリカは決して俺から解放などされませんよ。いつでも同じことがあなたの身にも起こることを自覚してくださいね。あなたが発した言葉や行動はすべてモニターしていますよ。もちろん隣の部屋で気絶している部隊をあなたが呼び寄せたことも知っています。嘘は無理なんですよ、大統領。』
大統領は怯えだした。
『あなたが勇気ある大統領であることを祈りますよ。あなた方が俺に交渉しようとしている時点ですでに間違っているんです。あなた方が過去に他国に対して行ったように俺の足元にひれ伏さないうちはあなた方を許すつもりはないですからね。あなた方が世界にやったことをこれからはあなた方が受けるのです。もっとも、次の大統領が決まるまででしょうけどね。この分だと結構速そうですね。あなたのメンタルではもたないでしょう。』
俺はそう言ってそこから転移してジャパン・ラボに戻った。
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