-01.CD発売日
俺たちは一昨日届いて仕分けされているはずの着物の洗浄修復や、バッグの洗浄修復など、各カルテを確認しにホープマンションの方に分散していってもらった。
ここには俺と美香と真子の3人だけが残った。それぞれのバンドリーダーだ。
美智さんと話す前に美智子さんだけ個室に来てもらって、状況を確認した。
「結構彼女追い詰められてたみたいよ。一応指示通り、10億のお金は会社として出資することに合意してくれて、すでに振り込みも完了して、初回プレス100万枚の製作費は支払われているはずだわ。問題は彼女のレーベル、1,000万円の資本金でしかなくて、出資したことで、うちの会社が乗っ取った形になっちゃったの。」
確かにそうなるか。100万枚とは思わなかったが、10万枚プレスするといった時点で資金繰りが無理そうなので出資を願い出たんだけど。
1枚プレスするのにCDはもちろんライナーノーツなどの印刷物、販売促進のためのポスター、チラシその他宣伝広告費もかかるだろうと考えていた。一枚当たり1,000円の原価がかっても10万枚で一億円かかるからね。資本金が少ないと危ういなと思ったんだ。無理して借金してとなるとそれこそ会社が乗っ取られる可能性があるからね。
「それとスタッフ不足でCDの印刷手配なんかも彼女が全部一人でやったみたいなの。そのせいで彼女のライブハウスはここのところずっと閉店しているわ。」
「大体状況はわかりました。美智さんと話してみますね。あ、それと美智子さん。全米でCDデビューができそうなんですよ。あの送別会のライブの後、プレジデント自らがマネージメントを任せてくれないかとオファーをもらってたんだ。あまりにもバタバタしてたんで話すことすっかり忘れてたよ。」
「「「ひぃ~。」」」
美香、真子、美智子さんがそろって悲鳴を上げた。
それらも含めて美智さんと話をするから立ち会ってくださいね。
俺たちはようやく着替えが終わった体で、美智子さんの座っている会議テーブルに着いた。
「美智さん一人に任せてごめんなさい。それとインディーズレーベルからの脱却おめでとうございます。これからはメジャーレーベルとして胸が晴れますね。」
「私にはあの暇の頃が遠い昔のように思えて懐かしく感じ始めているのよ。」
俺は美智さんにメモリーカードを渡して大型ビジョンに送別会での映像を流すようにお願いした。
「こ…これは?あなたたち、どこで演奏してきたの?」
「俺たちが渡米することは話してたと思うんですけど。俺たちMITに入学が決まったんです。これは俺たちの送別会を教授たちが開いてくれて、その時にお返しにと歌詞を英語にして俺たちの曲を歌った時のものです。映像は使ってほしくないですが、音声ならお渡しすることはできますよ。」
美智さんは食い入るように画面に集中していた。
「……あんたたち、又演奏の腕が上がった?」
「そうかな?あまり実感ないですけどね。義男のカホンと俺のブルースハープそれに翼のウッドベースでMITのキャンパスでよく路上ライブしてましたからね。その時の映像も確か残ってたはずですからあとでお見せしますね。」
俺はスキルでドローンを授かった時にふと思いついてこれで撮った映像でPVを作れないかと思ってサングラスした状態で撮影したんだ。
後で見返すと結構いい映像が取れていた。
思いのままにカメラアングルが調整できるからね。オープニングは上空から降りてきたカメラが俺たちの目線でぴたりと止まって、ブルースハープで吹き始めるところのアップから始まるんだよね。5台のカメラを同時に回して、同時に撮影して後で編集してみたんだけど、結構かっこよく取れてるんだよね。
「こ…これ。このPV撮影したチームは誰?」
「いや、俺たちですよ。」
「編集は?」
「もちろん俺たちですよ。」
「こ…この映像、こっちのPVの方のやつ。テレビ局に提供しちゃダメかな?」
「まあ、そこは社長判断でお願いします。俺たちは顔ばれしたくないので、宣材写真なんかを出すときにもその辺は徹底してくださいね。」
「あんたたちにはいつも驚かされるわ。まあ、それが快感になってくるからやめられないんだけどね。あなたたちテレビに出る気はある?」
「う~ん。今のところないですね。どうしてもと言えば断りませんけど。」
「どうしても。どうしても一件断り切れないところがあるのよ。SETVの柴田洋子キャスター。あの子、私と同期なのよ。高校時代のね。そして私がレーベル立ち上げた時に協力してくれて、私がやってたバンド『シェリー』のギターでもあったのよ。その彼女が独占インタビューを申し込んできたの。できればそれにこたえてあげたいのよ。」
「OK。です、美智子さん。早速段取りしましょうか。どうせなら美智さんのライブハウスで撮影しましょう。インタビューを受けるのはこの3人だけということで。それとも謎の作曲家Michiもデビューしちゃいましょうか?」
と俺が調子に乗ると、お茶を飲んでいた美智子さんが大いにむせた。
俺はいたずらが成功してにやりとした。
「まったく、お兄ちゃんは。」
と、美香に頭をはたかれた。
「それと次のライブはどこでいつやるのかという問い合わせも引っ切り無しなのよ。のり君たちいつが開いてるの?」
「う~ん。9月末か10月中頃ですかね。その頃には俺たちMITの授業始まるんで、渡米しますけどね。」
「え?じゃあバンドの活動は?」
「そのライブ限りで当分はレコーディング位だけで済ませたいですね。あ、そうそう。MITの学長自ら俺たちの全米でのプロデュースを買って出てくれまして、俺たちこの冬にでもアメリカでデビューするかもしれませんよ。」
美智子さんは驚いてがたと椅子から転げ落ちかけた。
「そ…そんな大事なことは早く言いなさいよ。」
「だって、今まで美智子さんの話を聞いてたんじゃないですか。それにその話思い出したのもさっきだったし。言ってもらえたのがおとといだったんで帰国のバタバタですっかり忘れてたんですよ。彼が言ったからには確実に段取りして待ってるでしょうね。」
「は…すごいわね。」
「何他人事のように言ってるんですか?その全米での販売プロモーションを率いるのは学長だとしても、俺たちのセールスプロデューサーは、美智さん。あなたですよ。すぐに渡米のためのパスポートや就労パスも申請しておいてくださいね。」
「え?」
「英語なんてすぐ話せるようになりますから。」
「え?え?イヤイヤ、無理だって。」
「大丈夫ですから俺に任せておいてください。」
俺は慌てだした美智さんをしり目に、日本とボストンに音楽スタジオを作ることを考えていた。
「あ、それから今回のうちからの出資はあくまで一時金ということで資本金に組み入れちゃってくださいね。で、CDの売り上げからそれを完済。晴れてグースレーベルは資本金101,000万円の会社として100%美智さんのものに戻りますからね。」
「へ?じゃあ借入金ってこと?」
「その方が美智さんも俺たちの介入なく好きにできるでしょう。アメリカにも歌のうまい子結構いましたから、美智さんがスカウトしてきて日本でデビューさせたらどうですか?何なら俺がプロデュースしますよ。」
「お兄ちゃん、そんなこと言って柾田教授との研究はいいの?そんなことしてる暇がお兄ちゃんにあるとは思えないけど。」
う~ん、そっか。音楽プロデュースも面白そうなんだけどね。
そんな話をしているうちにお昼を過ぎ出前で取ったうな丼を食べて、美智さんは呉竹市民ホールに向かった。
お昼からのCD発売のために長蛇の列ができていて現場で指揮を執る必要があるためだ。
「本当はあなたたちにも出てほしいけど、今の状態であなたたちが出ると混乱が倍加する気がする、というかそれしか考えられないからあなたたちの手助けは遠慮するわね。」
そう言って急いで現場に向かったのだ。
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