第38話 創作ネタ その1

 シルバーウィークの3日目。この日まで会誌の原稿が手つかずだったパレットは、必死でネタを考えました。天気は見事な秋晴れでいい行楽日和です。気温もすっかり秋の雰囲気で、何も申し分ありません。ニュースを見ると、各地の行楽地には人が溢れていると言うものばかり。

 パレットは窓の外のいい感じの青空を見上げながら、大きな溜息をつくのでした。


「はぁ……こんないい天気なのになぁ……」


 彼女は基本夜に創作活動が捗るタイプなのですが、夜になると課題を明日に延ばしにしてしまいがちな悪い癖がありました。頭の中に話が出来上がっている場合はサクサク書けるのですが、そうでない場合は考えても考えても中々話が思い浮かばないのです。


「ああ……。飲んだら一発で話の思いつく薬があればいいのに……」


 夜でそうなのですから、朝に考えても執筆が進む訳がありません。うんうんとうなりながら、時間は無情にも過ぎていくのでした。

 会誌は会員みんなが同じテーマで作品を作り上げます。今回のテーマは『未来』。パレットは普通に考えるのでは面白くないと思い、SF以外のジャンルで話を書こうとしていました。そう、勝手にハードル上げていたせいで何も進んでいなかったのです。


「ああ、こんな時に限って違う話のネタばかり思い浮かぶしぃ……」


 考えすぎて頭の中が爆発したパレットはベッドに寝っ転がりました。両腕を枕にして天井を見つめます。まぶたを閉じたら寝てしまうので、必死に見慣れた天井を見つめ続けました。


「眠っちゃダメだ、眠っちゃダメだ、眠っちゃダメだ……」


 ネタの思い浮かばない時は、どれだけ考えを集中しても思い浮かびません。創作とはそんなものです。パレットがあきらめかけていた時、自室のドアが勢いよく解き放たれました。


「頑張っちょるかねー!」

「ああ、ミッチー、よく来たねえ」

「ムフフ、聞いたよ? 何も書けてないんだってね」


 今日も当たり前のようにやってきたミッチーは、何故かパレットの事情を知っていました。彼女が家に来た時にパレットママが口を滑らせたようです。とは言え、そう言うのが今回初めてと言う訳ではないので、パレットは事情を察しただけでノーダメージ。

 それどころか、彼女は同じ創作仲間として友達に頼る選択肢を選びました。


「ミッチーはもう描けたんでしょ? どんな話にしたの?」

「やっぱ未来だから素直に未来の話にしたけど?」

「やっぱそうかあ。私何も思い浮かばないんだよねー」

「小説なんだから思いつけば一晩でイケるでしょ。まだ間に合うって」


 ミッチーもすぐには協力的になってくれません。会誌に載せる作品は一人あたり4ページ。短編小説一作分くらいの長さです。文章量で言えば4000文字前後でしょうか。確かに、調子のいい時は一晩で書ききれるくらいの文章量です。

 ただし、それはすでに頭に中に構想があり、何ならプロットも書いていてすぐに執筆にとりかかかれるなら、と言う条件での話でした。当然、今のパレットには何もかもが足りません。


「何も思い浮かんでないんだよー。助けてー」

「いや私マンガ描きだし? 小説の事は分かんないよ」

「創作ってところは同じでしょ? 私テーマから話を考えるの苦手かもだよ。考えれば考えるほど別の話を思い浮かんじゃうんだよー」

「ほう? 例えばどんな?」


 ミッチーはこの話に食いつきます。ネタを思いついたら話したがる性分のパレットは、ついついその呼び水に誘われてしまうのでした。


「主人公はある日突然手の甲に謎の模様が浮かび上がるのね。それは聖痕だと言う事で勇者に仕立て上げられちゃうの。ちょうどその頃、王国では魔界の動きが怪しくなっていて、タイミング的にも良かったのよ」

「ほう、ファンタジー作品ですな」

「それで様々な冒険をして仲間も増えて、いざ魔王城に臨むと言うところで衝撃の事実が明らかになるんだよね」

「おお、そこ一番大事なやつ!」


 ミッチーはすっかりパレットの話に夢中になっていました。新ネタ談義はその後も続き、結局パレットは会誌の話のネタのヒントも思い浮かばないまま話し込んでしまいます。ミッチーが帰った後、パレットは頭を抱えてしまいました。


「ああっ、結局何も進んでない……」


 けれど、友達に新作ネタを話して頭の中がスッキリしたのか、夜の入浴中にすーっと会誌の話のネタが降りてきます。風呂上がり、それを覚えている内にパレットはサクッと短編小説を1本書き上げたのでした。

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