第20話 井戸水
始業式の翌日、当然のように普通の授業の日々は始まり、パレット達も真面目に授業を受けています。とは言え、まだまだ夏を引きずった暑い日は続き、生徒達は水筒を持って通学していました。ひとつで足りない生徒は2つ、3つと持ってきています。中には凍らせたペットボトルを持ってきている子もいたりして。
パレットもミッチーも休み時間になる度にちょっとずつ水筒の水を飲んで喉を潤します。水と言ってもお茶なのですけどね。
2時間目も終わり、パレットの席に早速ミッチーが水筒を持ってやってきました。
「パレチー、今日もあっついねぇ……」
「そいや、今日の夜は雨がパラッと降るみたいだから涼しくなるかも」
「マジで? やった」
「当たるといいけどね~」
パレットは雑談をしながら水筒のお茶をコップに注ぎます。今は直飲み水筒が流行っていますけど、彼女もミッチーも昔ながらのコップ式水筒を使っていました。
「くーっ! うまいっ!」
「パレチーのは何茶?」
「うーん、よく分からん茶。お母さんが健康を考えて色々ブレンドしてくれてんだよね」
「へぇ、ウチは麦茶だよ。健康茶、いいなぁ……」
ミッチーはパレットの母親特製のお茶を羨ましがりました。その眼差しを目の当たりにしたパレットは、友達の顔を見つめます。
「ちょっと飲んでみる?」
「うん、ちょーだい」
「ま、味は個性的なんだけどね……」
パレットはミッチーが差し出したコップにお茶を注ぎました。ちょうどコップ一杯分まで注いだところで、ミッチーは一気にそれを喉に流し込みます。
「くー、うま……? 何だか特殊な苦味と言うか、不思議な味だね」
「まだ飲む?」
「いや、ありがとう。あたしは麦茶でいいや」
「言うと思った」
パレットの特製お茶の味が分かったところでお茶談義は終わり、昨日のテレビドラマの話題に移ります。その後も楽しい雑談は続き、休み時間は終わりました。
その後も何やかんやあって時間は一気に放課後に飛びます。パレットが帰る準備をしていると、そこにミッチーがやってきました。
「パレチー、帰るんでしょ?」
「あ、うん。一緒に帰ろ」
「それもいいけど、ちょっと部室に寄ってみない?」
「でも今日は開いてないんじゃない?」
パレットが口にした部室とは視聴覚教室の事。彼女達の所属する文芸愛好会は週に一度だけこの教室を部室として使っているのです。まだ今日はその日ではなかったため、パレットは行っても無駄だと主張したのですが、ミッチーが野生の勘でどうしても行ってみたいと譲らないので、渋々パレットもそれに従うのでした。
特別校舎の最上階の突き当りに視聴覚教室はあり、部屋の前まで来たパレットはそのドアに手をかけて振り返ります。
「開いてなかったらどうするの」
「その時は帰るよ」
「じゃあ行くよ、あれ……?」
ドアが開かない確認をして帰ろうと思っていた彼女の思惑はあっさり裏切られました。鍵がかかっていなかったのです。ドアを開けた先には1人の先輩の姿がありました。パレットはこの意外な光景に目を丸くします。
「え、先輩?」
「おお、どしたん? 今日は集まる日やないよ?」
「先輩こそ」
「うん、まぁ図書室で読書するよりこっちの方が落ち着くけんね」
視聴覚室で1人本を読んでいたのは文芸愛好会の頼れる先輩、大西先輩でした。先輩は狐耳女子で、創作の実力でもコンテストの最終選考に残るくらいの実力の持ち主です。2人とは部活の時以外での接点はなく、謎の先輩と言う認識でした。
「先輩はいつもここで読書を?」
「まぁ入ってきいや。近くで話そ」
「は、はい」
大西先輩に誘われて2人はすぐに言われた通りにします。近くの席に着席したのを見計らって、先輩は水筒を取り出しました。
「喉乾いてるやろ、美味しい水でも飲み」
「あ、どうも……」
「有難うございます」
先輩から水筒を渡された2人は共に自分のコップにそれを注いで、ほぼ同じタイミングで喉に流し込みます。喉に流れ込んだその味はまるで市販のミネラルウォーターのようでした。
後輩2人が自分の持ってきた水を飲む様子を、先輩は優しく見守ります。
「美味いやろ?」
「あ、美味しいです。井戸水ですか?」
「ほうよ? ウチの井戸水。暑い時はこの水が一番なんよ」
「いいな~。井戸水」
ミッチーは先輩の井戸水を羨ましがりました。パレットも同じ事を思ったのですが、先を越されたので黙ります。先輩は自分のコップにも水を注いで一気に飲み干しました。
「く~、美味いっ!」
「ところで、先輩はいつも部室開けてるんですか?」
「まぁ担任が顧問やけん融通が効くんよ。大抵おるけんいつでも来てええよ」
「「やった!」」
愛好会の集まりが週に一回しかないのを残念に思っていた2人は、この先輩の言葉に声を弾ませます。この日は先輩と色々お喋りをして、2人は先輩の事を深く知る事が出来たのでした。
「先輩、ラノベ以外も読むんですね」
「色々読むよ。何でも好きやし」
「さすがは先輩! すごい!」
「いや別に好きなだけやけん……」
そんな感じで雑談をしている内に下校時間になったので、この日はここでお開きです。パレットもミッチーも明日からは毎日部室に来ようと心に決めたのでした。
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