13. お友達になった?
火事から数日後、クリニックの外来診療も再開し、火傷の程度の低い患者8名はその後も通院するという条件付きで退院した。
しかし未だ2名が入院している。
そのうち1人は消防士として消火に当たっていた
ヒカルがガーゼを取り替えるためにカワムラの病室に入ると、隣の病室のタクミの状態について聞きたがった。
彼の皮膚もまだ完治にはほど遠いくらいめくれている部分が目立ったが、痛がる様子は見せなかった。
「俺も3歳になる息子がいるから可哀想で可哀想で……親御さんは頻繁に来てるかい?」
ヒカルは言葉を濁して微笑む。
実際、タクミの母親は入院してから1度しか、それも火事の2日後にしかきていなかった。
入院などの手続きは、母親の妹、すなわちタクミから見たら叔母が代わりに行った。
とは言ってもその叔母もタクミに愛情を持っている様子はなく、事務的に、クリニックから連絡して呼び出したときにしか訪れない。
タクミは日々窓の外を眺めて過ごしていた。
シングルマザーで正社員として働く母親が来られないのも無理はなかったし、タクミもそれについては仕方ないと言っていた。
しかしどうしてもヒカルは、そう言ったときのタクミの顔に浮かぶ悲しみの影を見逃すことができずにいた。
ヒカルが浮かない顔をしていることにカワムラは気付いていた。
もしかして親御さんはあまり来ていないのではないか、と口に出す前に、個室のドアがノックされる。
カラカラと音を立てて開いたドアからカワムラの妻と息子が現れた。
いつも髪をひとつに結って柔らかな色合いのカーディガンを羽織っている妻と、彼女と手を繋いで人見知りなのかいつも恥ずかしそうに目をきょろきょろさせている息子、そしてその2人を見て嬉しそうに微笑むカワムラは絵に描いたような幸せな家族だ。
息子は彼の母親と手を繋いだまま父親に駆け寄る。
「パパ、身体大丈夫? まだ痛い?」
「まだ痛いや、見ないほうがいい。皮が……べろべろーん! ってなってるからね」
「あはは、べろべろーん!」
息子は白目を剥いて舌を思い切り出して上下に動かすカワムラを見てゲラゲラと笑いながら彼の真似をした。
皮がべろべろーん! はあながち間違いではないな、とそのときヒカルは思っていたが、息子はもちろんそれは冗談だと思っている。
興奮気味に起きた順に学校でのことや友達のことなどを伝える息子の話の時系列は現在に近付いていた。
「このお部屋に入る前、隣のお部屋の子とお話したんだ」
「そうそう、タクミくんって言ってね、あなたと同じ火事で……」
「知ってるよ。
「ううん、挨拶して、それから名前教えて、すぐタクミくん呼ばれてどこか行っちゃった。仲良くなりたかったな」
ヒカルが時計を確認する。
たしかにタクミが検査室で検査を受ける時間だ。
しかしそろそろ終わる頃だろう。
ヒカルはソウの肩に手を置いて、
「タクミくんそろそろ戻ってくるよ。もっとおしゃべりする?」
「うん!」
ソウは初めてヒカルに笑顔を見せた。
彼はタクミと話せる喜びから、ヒカルがほぼ初対面だということを忘れているようだ。
ヒカルはソウに手を振って病室を出た。
部屋にはもうすでにタクミが戻っていた。
例に漏れず窓の外を見つめている。
ヒカルが入ると、嬉しそうな顔をした。
本人はそんなつもりはないはずだが。
「タクミくん、ソウくんとおしゃべりしない?」
「ソウくんって隣の部屋にお見舞いに来てた男の子?」
うん、と頷くと、返事の代わりにさらに嬉しそうな表情を見せた。
「じゃあ呼んでくるね」
立ち去ろうとするヒカルのエプロンの裾をタクミは皮の剥けた赤い腕で掴んだ。
咄嗟にそちらの腕を使ってしまったようで少し痛みに顔を歪めるが、すぐに平然とした表情に戻る。
「僕がお隣の病室に行っちゃだめかな」
ああこの子は同年代のソウだけでなく、親と同じくらいの年齢の大人たちとも話したいのか。
ヒカルはそう思って、「もちろんいいよ」と答える。
病室を出る前にガーゼを交換し、ヒカルはタクミの手を引いて移動した。
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