43話 修学旅行だから! その6

 国際通りに続いて俺たちが向かったのは琉球ガラスの工房だった。


 そこでは琉球ガラスを使った工芸品の販売はもちろん、制作見学、自分好みの琉球ガラス制作なんかもできるようだった。


 まず、職人さんがガラスの溶けたものを吹き棹に巻き付けていく。


 そして俺達は各々拭き棹を型に押しながら、息を吹き込み膨らませていく。


 好みのガラス制作と言っても、俺たちにできることはここまでで、好みの色、作るものに対応した型の選定、そして、息を吹き込む工程までである。


 あとは職人さんが、俺たちが吹いたぶきっちょなガラスの形を鮮やかに整えてくれる。


 俺たちは手作りの琉球ガラスが除冷窯で冷えるのを待つ間、隣のショップで各々買い物をして待つことにした。


 色とりどりの琉球ガラスの工芸品を品定めしながら、時間を潰す。


 買い物に疲れた俺は、店の前のベンチに腰掛ける。すると、美海が隣に座り、声を掛けてくれた。


 「疲れちゃった?」


 明るめの口調で俺の顔を覗き込んでくる。


 「少しな。みんな元気だよなぁ。」


 答えながら空を見上げる。雲の多い沖縄で、この三日間ずっと快晴に恵まれてきた。


 「誠は何か欲しいのないの?」


 美海は優しい母親のような声を出す。


 「そうだな、なんか買ってくれるのか?」


 冗談交じりにそう言うと、美海は得意げな顔をしながら鞄の中をごそごそと漁る。


 「はい。これあげるね。」


 美海はそう言いながら、つい先ほど購入したのであろうここの店の名前の入った紙袋を手渡してくる。


 「くれるのか?」


 問いかけると美海はニッコリと笑って頷く。


 袋をガサガサと開けると中から、小さな琉球ガラスでできたキーホルダーが手のひらに転がってくる。丸い凹凸のあるキラキラとした赤い琉球ガラスのキーホルダーを手に取ると、美海はそれを取り、俺の制服の胸ポケットに付けてくれる。


 俺の胸元にキーホルダーを付け終えた彼女が満足そうに胸を張ると、彼女の胸元には綺麗な青い琉球ガラスのキーホルダーが光っていた。


 「よく似合ってるよ。うん。可愛いと思う。」


 俺の言葉に美海はことさら嬉しそうに笑う。


 彼女の弾けんばかりの笑顔に目を奪われていると、一人の老婆が俺たちの座るベンチへとやってきた。


 「あ、どうぞ。お座りください。」


 俺は老婆に気付いたので席を立ちベンチを譲る。


 「ありがとうね。」


 そう言うと老婆は俺に会釈をしながらベンチに腰掛ける。


 「お二人ともいい色を持ってるねぇ。」


 老婆はおもむろに俺たちに言う。俺たちは胸元の琉球ガラスのことを言っているのだと思い、二人して、それに手を添えると、彼女は控えめに微笑みながら改めて俺たちを見る。


 「ふふふ。お二人とも、本当に綺麗な色じゃ。それも不思議な色だねぇ。きっといろんな経験を積んできたんじゃな。」


 老婆の言葉は優しい語り口調ではあったが、俺たちが過去に戻ったことを言い当てられたような気がして、内心少しヒヤリとした。


 さらに彼女は俺の瞳を覗き込む。


 彼女の瞳は老齢のせいか、白く濁ってはいるものの、その奥底には美海と似たような不思議な光を宿しているように感じた。その為だろうか。彼女に瞳を覗かれた時も不快な感じはせず、不思議な安心感を覚えるほどだった。


 「ほほほ。良いね。鍵は全部そろったようじゃ。ちぃと辛いと思うが頑張るんじゃぞ。彼女さん、離すんじゃないよ。」


 彼女の言葉に俺は妙なざわつきを感じ、思わず彼女に詰め寄った。


 「なにか、ご存じなのでしょうか?」


 「何もわかりませんよ。でもね、目の奥をじっと見てると精霊たちが教えてくれるのじゃ。私はそれを伝えるだけ。」


 正直、老婆の言っていることを少しも理解することはできなかった。しかし、彼女の言う事には何か確信めいたものがある。


 「その精霊たちは、他には何か言っていませんか?」


 少し落ち着きを取り戻した口調で老婆に尋ねる。


 「おやぁ、こんなおばぁの言う世迷言を信じるのかね。素直な御仁じゃ。そうさねぇ、ながーい夢を見ていたんじゃよ。それが悪夢だったのか、幸せな泡沫の夢でったのか、それはお前さん次第と言っておるがな。おばぁにはさっぱりわからんよ。」


 そう言って彼女は笑う。俺にもさっぱり意味が分からない。


 「どれ、おまじないでもしようかね。」


 そう言うと、老婆は俺と美海の胸元のキーホルダーを優しく指先でつつく。


 「お買い上げありがとうねぇ。」


 そう言って呆気に取られた俺たちを置いて、老婆は店内へと入っていった。


 「なんだったんだろう。」


 「不思議なおばあちゃんだったね。」


 美海と顔を見合わせる。すると店内から先ほどの老婆が店員さんから背中を押されて出てくる。


 「もう、おばあちゃん。お店うろうろしないでっていつも言ってるじゃない。」


 そう言いながら老婆を母屋の方に連れて行った店員さんと目が合うと、その人は申し訳なさそうにこちらへとやってきた。


 「ごめんなさいね。おばあちゃんに変なこと言われなかったかしら。おばあちゃん、最近めっきりぼけちゃってね。困ってるのよ。」


 どうやら、ここは家族で経営しているようで、先ほどの老婆はこの店員さんの母親のようだ。


 「いいえ、素敵なおばあさまだと思いました。優しく話しかけていただいて楽しい気持ちにしてくれましたわ。」


 美海はそう微笑みながら言うと、俺に同意を求めるように微笑む。


 「うん。とっても素敵なおばあさんでしたよ。なんだか心の奥まで見られているような不思議な気分になりました。」


 俺がそう言うと、店員さんは申し訳なさそうに頭を下げる。


 「おばあちゃんね、前は占いをやっていたから、その癖なのかしらね。あまり気にしないであげてくれるかしら。」


 「いえいえ、嫌な話をされたわけではないので。なんと言うかその、励ましてもらったというか、背中を押してもらえたというか。ありがたかったです。」


 そう手を振る俺に店員さんも安心したのか、もう一度、軽く頭を下げるとまた店内に戻っていった。


 「ねぇ、誠。さっきのおばあちゃん。あれじゃないかな。あの国際通りの。」


 「遠藤さんの言ってた占いおばぁ?あの人が。」


 「多分きっとそうだよ。雰囲気あったし。」


 そう言われてみると先ほどの老婆は神秘的な雰囲気があった。俺に言った言葉もただの妄言とはとても思えない。


 俺たちが顔を見合わせていると、手作りガラスの冷却も終わったみたいで、俺たちは会計を済ませて、工房を出た。


 その後も俺たちは観光名所を時間の許す限り周り、ホテルへと戻ってきた。


 道中の車内ではみんなにお揃いのキーホルダーをからかわれたり、みんなで出来上がったガラスを見せ合ったりしていた。俺と美海が占いおばぁと思われる人に会ったと言うと遠藤さんは大層怒り、ハイヤーを工房まで戻らせようとしていたが、もう占いはしていないと説き伏せると、何とか納得をしてもらえたようだった。


 その後も俺たちの修学旅行はつつがなく進み、帰りの飛行機は無事に地元の空港に到着した。


 送迎バスに乗り、高校まで戻ってきた俺たちは、長旅の疲れも相まってみんないそいそと家路に着いていく。


 俺も帰路に着こうと校門へ向かう。


 「誠!」


 すると後方から、美海が呼ぶ声がして、振り返る。


 「またね。」


 美海はそう言いながら俺に小さく手を振っていた。


 彼女のその言葉を、俺は深く考えることもなく答える。


 「おう。またな。」


 そう言い踵を返す俺に、美海はいつまでも小さく手を振っていた。


 この時の美海はきっと確信していたのだと思う。


 これが、もしかすると俺との最後の別れになることを。


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