金色とは言えない休日 7
「ただいま」
帰宅し、暗いフローリングの廊下を進む。
居間の明かりは点いていることから、叔母さんがいることはわかっていた。いつもならどこか余所余所しさを抱えながら『おかえりなさい』と顔を見せるものだけど、今日はそれがない。取り込み中のようだ。
居間の扉を開けて中へ入ると、叔母さんは受話器で話しながらも、神妙な面持ちをしていた。
「少しは考えてあげた方がいいと思いますけど……ええ、ええ。それはわかるわ。でも、あの子は――」
僕の方を一瞥して、なおも話し続ける叔母さん。
相手は想像がつく。しつこいというか、心配性というか、執着的というか……僕の母親からの電話であろう。
「あなたの気持ちは理解できるけど、あの子に同じ期待を寄せるのは間違っていると思うわ。せめて、しばらくはそっとしておいてほしいの。……だから、それは」
長そうだ。
毎回毎回気遣ってくれる叔母さんには感謝しかない。
僕は心の中でお礼を言いながら、そっと居間を後に。二階の自室へと向かった。
◇◇◇
「どうしてですか」
「どうしてと言われても、箇条くんには最初から言っているだろうに。学生一個人のために記事の一枠を取る余裕はないと」
「一個人? もはやこれは一人二人どころの話ではないと思いますけど。あの噂は学校中に広まってます」
「なんにしてもだ。君の記事は載せられない」
「……部長も、人殺しの噂を信じているクチですか」
「信じているわけではないよ。ただ新聞部として、載せる記事の優先順位を付けているだけさ」
電話越しに、私が所属する新聞部の部長がため息をもらす。
「君は、あの噂を聞きつけた当時から執拗に情報を集めているようだけど。その熱意を他に向けてほしいものだね。入部した当時は期待の新人とまで呼ばれていたのに、どうして途端にあの噂ばかりを集めだしたんだい?」
「っ、」
「件の生徒となにか関わりがあるのかい? もし個人的感情を持ち込んでいるのなら――」
「もういいです。夜分遅くに失礼しましたっ!」
「あ、ちょっ」
一方的に電話を切る。
懲りずにまた掛け合ってみたのだが、今日も今日とて掲載の許可は下りそうになかった。今回は『ただ確証のない噂について注意喚起するだけ』と控えめな提案をしたのにもかかわらず、部長は聞く耳持たず。
分からず屋で融通が利かない男だとは思っていたけど、ここまでくるとさすがにイライラせずにはいられない。
「はぁああ……」
単に注意喚起をちょこっと載せるだけなのに。あの部長は私か、それとも先輩が嫌いなのだろうか。頑なに先輩がらみの記事を遠ざけている節がある。
「ムカつく」
携帯を放り出し、ぼふん、とベッドに倒れ込む。
天井を見つめながら、私は考えた。
先輩は優しすぎる。
自分を貶める噂を流す彼らのために、わざわざ『悪い人』という役を受け入れ、演じている。向こうの心が弱いだけなのに、それを引き合いにも出さず、一人で背負っている。
先輩は言った。
先輩が悪役を続けている限り、彼らは周囲に当たり散らすことも、自暴自棄に走ることもない、と。
だから悪役を降りることはない、と。
でも、それでは先輩ひとりがつらいままだ。
私は、少しでも先輩のチカラになりたい。
ゆえに第三者である私が噂そのものを抑えて、せめて風当たりだけでも弱めようとしたのだけど、ダメだった。
なにか別の方法を考えないと。
「……先輩のばか」
音のない自室に、先輩へ向けられた罵倒が静かに流れる。
私は知っている。
頻繁に先輩の下駄箱に入っている手紙が、実はラブレターなんかではないことを。むしろ逆の酷い内容であることを。ときどき、昼休みに体育館裏に呼び出されていることを。人目を避けて裏通りを利用していたこともそう。部活に所属していないのもおそらくは同じ理由だろう。
「少しは、先輩からも頼ってほしいんだけど」
そんな願望を抱きながら、私は再度、ため息を吐いたのだった。
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