第46話
ゴキブリのフンを処理するために都市部から業者が来てくれた。彼らが身につけている作業着や道具が、機能的な上にとてもおしゃれで羨ましい。柔らかい素材で作られた電子機器とかを持っていて、まさに未来の世界という感じがする。お客がスラムの人間だからと言って、彼らは俺たちに差別的な振る舞いもしない。まあ、100万近く払うから当たり前か。
現場を見た後に見積もりをざっとして、かかる費用を細かく説明してくれた。有害なフンの処理代が結構な金額になる。これらは違法にどこかへ捨ててしまえば、まあ金はかからない。でもこのフンは病原菌を含んでいるのでそうもいかない。正しく処理してもらうことにした。
業者は来たその日にすべての仕事を終えてしまった。作業員は5人しかいなかったけど、専門の機械を使っていて仕事が非常に効率的だった。最後に現場監督が俺と一緒に現地を歩いて、いろいろ報告をしてもらって終了。フンがあった一帯のゴミまで処理してくれたので、スラムに似つかわしくないような、まっさらで広い空き地が出来た。ここを公園とかにできたら最高なんだけど、無理だよな。実際、すぐにカーゴが上空に飛んで来て、新たなゴミを空き地へ乱雑に落としていった。悲しい。
教会に医薬品が続々と届いている。担当したシスターによると、欲しい物を買うというよりは、使用期限切れの商品を見つけ次第入手する、という買い方にしたそうだ。買い付けはほとんどクララさんに任せている。なので、宅配便のカーゴが来るまでシスター達も何が来るかを知らない。病院にいる患者さんと一緒に、みんなでまるで、プレゼントを待ち望むようにしている。カーゴを開けるたび歓声があがったりして、なかなか楽しそうだ。クララさんはさすがに気が利いていて、カーゴの中に時々、賞味期限切れのお菓子とかも一緒に入れてくれる。だから小さい子なんかは特に、カーゴが届くのを心待ちにしている。
配給をどうやって運営していくか。まずは俺と紗季さんで相談をした。紗季さんの物資はまだ備蓄に余裕がある。ただし、今後ずっと配給をすることを考えたら、物資だけに頼るわけには行かないだろう。クララさんが手に入れてくれた食材に合わせて、料理も変えて行かなければならない。有料で屋台を利用する大人たちに向けて、魅力的なメニューを考える必要もある。
「店の看板はカレー屋にしてもいいですか? それ以外も作るけど、俺、カレー屋をやりたいってずっと思っていたので」
俺は言った。
「うん、もちろん。本当に美味しいもんね、タクヤ君のカレー。……マイさんも、カレー屋の話をしてたね。絶対に、大繁盛するって言ってた」
紗季さんが辛そうに微笑んで言った。俺はすぐに泣きそうになったけど、ぎりぎりで涙を飲み込んだ。
「あの味は紗季さんの物資のおかげです。でも物資は今後、なるべく味付けだけに使おうと思います。在庫もなくなってきてるし」
「うん……。作れる量にも限りがあるから」
そう言って紗季さんが耳を赤くした。……また無神経な言い方をしてしまった。
「えーと、屋台では、基本的に子供からはお金を取らない予定です。ただ、大人でも飢えてる人はいるし、そういう人が来たらどうしましょうか」
俺は言った。
「つけ払いが出来るようにしたらどうかな。それでつけの支払いは、お金以外の労働で支払ってもらうの。シスターと相談したんだけどね、教会と病院は常に人手不足だし、ゴキブリに壊された街の片付けとか清掃とか、探せばそういう仕事もたくさんあると思う。それをやってもらうのはどうかな?」
「あー、それは素晴らしいかも」
それだったらつけで払う人も気が楽だろう。飯をタダで恵んでもらうのも、結構
屋台の開店に必要な費用をおおまかに計算して、俺はその詳細をクララさんにメールした。クララさんからすぐに返信が来て、警報システムの予算も決定した。警報システムの詳細は、難し過ぎて俺は内容の半分も理解できなかったけど、まあこれはクララさんに任せておけば問題ないだろう。
これである程度、復興事業の形が見えてきた。ということで俺は、本格的に屋台の仕事を始めることにした。
スラムに住んでいる人達の、恐らく半数以上がごみ拾いで生計を立てている。ごみ捨て場が一番混雑するのが早朝だ。夜中に出たゴミをみんなで争って拾っている。そして、午前中にひと稼ぎした大人をターゲットにして、多くの屋台がお昼ごろに営業を始める。
一方で、ゴミ山の激しい競争を避けるために、小さい子供の多くが午後から働き始める。ただし、午後のゴミ山にはめぼしいものはほとんど残っていない。当然、稼ぎも少なくなる。
スラムには街灯が無いので、夜は真っ暗になって治安がかなり悪くなる。なので夜中まで営業を続けている屋台は少ない。屋台が閉まる前に残飯を貰いたいので、仕事を早めに切り上げる子供もいる。ただでさえ稼ぎが少ないのに、これでは生活が苦しくなるばかりだ。
タケルと相談して、子供達に便利な店を作ろうという事になった。
朝は午前8時から営業を始める。午前中はゴミ山に行けない小さい子が多く来るだろうから、無料のメニューを多めに用意する。お昼に店を一旦閉めて、従業員は昼寝と仕込みをする。そして午後5時ぐらいに再び開店する。夜の部は、それなりに稼ぎのあった大人をターゲットにして、工夫したメニューを用意する。もちろん、稼ぎが無かった子供の為に配給もする。クララさんに相談して、ソーラー発電の街灯を屋台のそばに2台つけてもらった。そのおかげで、教会付近の夜の治安が少しだけ良くなったし、食材が無くなるまで店も営業が出来るようになった。
屋台は開店と同時に大盛況になった。と言ってもつけで払える店なので、売上はたいした金額にならない。それでも紗季さんの物資とクララさんの仕入れルートのおかげで、材料費はだいぶ抑えられている。なので、なんとか店は続けていけそうだ。
俺とタケルだけではとてもじゃないが手が足りない。そこで、タケルの友達と、小児病棟にいた子供達に店を手伝ってもらっている。ちなみにタケルは人を使うのがすごく上手い。さぼっているやつには良いタイミングで注意するし、頑張っている子供を大げさに褒めたりする。店が忙しい時に冗談を言って、みんなを和ませたりもする。だから俺は、料理を作ることに全力を注ぐことができた。
早朝に起きて料理の仕込みをする。お昼まで休む間もなく働いて、へとへとになって昼寝をする。眠たい目をこすりながら午後3時に起きて、午後の仕込みを始める。それからまた夜遅くまで、カレーの鍋をかき回したり野菜を切り刻んだり。そんな感じで気がつくと、一日が終わっている。本当にあっという間だ。
余計なことは何も考えなくていい。それが今の俺にはとてもありがたい。紗季さんやシスターも毎日のように食べに来てくれて、そういう時は軽く雑談をして笑ったりする。普通に楽しい。小さい子とか、お金がない人に食事を振る舞えるということが純粋に嬉しい。それも凄いやりがいになっている。
屋台を中心にした俺の生活が、順調に回り出している。今は何も考えなくていい。考えるべきじゃない。このまま、ひたすら働こうと思う。
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