第45話
二つ目の融合炉がオークションで落札されて、なんと800万の金額になった。そこからクララさんの取り分の3%、24万円が引かれて、残金の776万円が教会の口座に入金された。
スラムにもATMがある。とりあえず必要な医薬品を買うために、シスターがそのATMに10万円ほどお金を引き出しに行った。教会に帰って来たシスターが「残高が776万円でした……」と、震える声で俺と紗季さんに報告をした。
紗季さんが感極まった感じで天井を見上げて、それから、泣き笑いのような顔で俺を見た。俺はそれに答えて、笑顔で小さく
その後、予定通りにウェブ会議をすることになった。ウェブ会議と言ってもまともな電子機器が教会には無い。なので、コズエ先生に借りている端末をテーブルの上に置いて、音声で会議をすることになる。出席者は俺と紗季さん。それに看護師の資格を持っているシスターが一人。端末の先にはコズエ先生とクララさんがいる。あとはスラムの住人代表として、タケルに参加してもらうことにした。タケルは会議なんて初めてなので、椅子に座ってからずっとソワソワしている。ちょっと可愛そうなくらいだ。タケルには悪いけど、俺と紗季さんはそれを見て、結構和んでしまった。
ゴキブリのフンの処理は、都市部の業者に頼むことにした。コズエ先生からメールで情報をもらっていて、俺はウェブでその業者のサイトも確認した。多めに見積もっても、たぶん100万円ほどで処理をしてもらえそうだ。この件は恐らく、特に問題もなく進むだろう。ベリーハードな世界でも、金さえ払えばたいていのことはあっさりと解決する。サツキさんは、誰よりもそのことを知っていたんだろうと思う。
これで残金が676万円。余裕が有るとはいえ、よく考えて使う必要がある。
病院の設備を整えて貰えないだろうか、と紗季さんが最初に言った。教会に併設されている病院はいつもフル回転だ。それなのに医療器具はオンボロで、ベッドの数はいつも足りてない。薬も基本的なものさえ不足している。コズエ先生がその話を聞いて、例によって使用期限切れの物品を教会に回してくれるという話になった。本来は捨てられているものを、裏ルートで格安に手に入れる。一挙に大量購入すればさらに安くなるということなので、ここは思い切って予算を200万ほど出すことにした。看護婦のシスターが俺たちのやり取りを聞きながら、涙を流して喜んでいた。品目の選別などの細かい相談は、のちほどクララさんとシスターがすることになった。これで残金が476万円。
この先、いつスラムがまたゴキブリに襲われるか分からない。この前みたいに大量の数に襲撃されたら、今のスラムにそれを防ぐ手立ては何もない。スラム全体の外壁を強化するとしたら、金はいくらあっても足りないだろう。新宿スラムはそこそこ広いし、区画整理も全くされていない。どこまでを塀の中に入れるか、みたいな問題も出てくる。道の整備も同じだ。全部を綺麗にするほどの余裕は無い。
見張り台と監視カメラを設置しましょう、とクララさんが言った。監視体制をコンピューターに任せれば、人件費もいらない。カメラがゴキブリの姿を捉えるのと同時に、スラムのスピーカーから警報が発令されるようにプログラムを組んでおく。そうすれば、街を壊されるのは
「あのさ、ちょっといいかな」
タケルが遠慮がちに言った。
「うん、何かある?」
俺は言った。
「もう、あんまり金が残ってないのは分かるんだけどさ。今、教会で配給をやってるじゃん? あれって、もうすぐ終わっちゃうだろ? あれをさ、子供達用に続ける事ってできないかな。えーと、例えば10歳以下に制限して、一日一食でいいんだ。お昼にさ、パン一個と具の無いスープでもあったら、みんな凄い助かるんだけどな。小さい子はごみ拾いであぶれちゃうと、すぐに食えなくなるからさ。それでシンナー吸うやつとか出てきて、道端で死ぬやつもいて。斉藤商店のかあちゃんもさ、それで苦労してるんだよ。金がかかるから、全員は助けらんないし……」
話の後半、タケルの声が少し震えていた。それでみんながシーンとなった。
「配給は続けようよ。ね、紗季さん」
俺は言った。
「そうね、やりましょう」
紗季さんが微笑んだ。紗季さんの物資を利用すれば、そこまでコストがかからないはずだ。
「じゃあ、俺とタケルで配給のことは考えようぜ。みんなもいいよね? なるべく節約して、長続きできる方法を考えるよ。あ、そうだ。俺、屋台の店をやろうと思ってたからさ、配給はそれと並行してやろうかな。大人からはちゃんと金を取って、小さい子は無料にする、みたいな感じで。教会の前に店を出させてもらえたら助かるんだけど。どうでしょうか、シスター?」
俺が聞いたら、シスターが『大丈夫です』と大きく頷いて言ってくれた。
「兄ちゃん、俺もその店で働けないかな? 給料たくさんくれなんて言わないからさ」
タケルが拝むようにして言った。
「ああ、頼むよ。タケルがいてくれたら安心だ。ていうか2人じゃ人手が全然足りないよ。他に、誰か……」
急に、ボロボロと涙が出て止まらなくなった。マイがいてくれたらな。一緒に、凄い楽しく働けただろうに。マイは小さい子が大好きだったから、ご飯を無料で配ると聞いたら、きっと喜んでくれただろう。
泣いている俺の背中を紗季さんがさすってくれている。
「……すみません。情緒不安定だけど俺、仕事はちゃんとやりますので、ご心配なく。たぶんマイも喜ぶと思うから、子どもたちの配給は続けたいと思います。みなさん、それでいいですか?」
なんか強引な言い方になってしまったけど、みんなも納得してくれた。屋台の食材を仕入れるのに、またクララさんが力を貸してくれるという話になった。非常にありがたい。
ということで、476万円から配給の費用を出して、その残額をスラムの警報システムに当てることになった。もし費用が足りなくなったら、またその時に考えればいい。シスターによれば、警報システムに関しては、スラムの金持ちからも多少の寄付を集められるかもしれない、とのことだった。
気がついたら5時間も会議をしていた。時計を見たら午後10時だ。飯も食ってないし、みんなヘトヘトだ。細かいことは後々決めることにして、いったん解散することになった。俺は端末を手に持って、例の穴場スポットへ向かう。
「すみません、長くなっちゃいまして」
俺はコズエ先生に言った。
「いいのよ。面白かった。さっそくクララは警報システムの設計に取り掛かってるわよ。目をキラキラさせちゃって楽しそうね。私は慈善事業なんてまったく興味が無いけど。でも、タクヤが成り上がっていく姿を見たいから、当分は協力するわ」
「ありがとうございます。でも俺、成り上がったりしないですよ。もう金も無くなっちゃうし」
俺は苦笑して言った。
「お金は無くても発電所があるじゃない。融合炉はあと8基もある。地下の深い層は宝の山だし、そこへ行けるのはタクヤだけ。前途洋々じゃない。近いうちにまた、ビジネスの話をしましょうよ」
コズエ先生が意気込んだ感じで言った。
「そうですね、そのうち。今はまだ、そこまでは考えられないですけど。……すみません」
「うん。まあ、仕事は関係無しで、またウチに遊びに来てよ。一緒に飲みましょう? 結局私は、それが一番楽しみかな」
コズエ先生が笑って言った。俺は丁寧にお礼を言って通話を終えた。
凄い気を遣ってもらってマジでありがたい。感謝してもしきれない。できればいつか、コズエ先生に恩返しをしたい。そんな機会が、いつか来れば良いんだけど。暗闇の中で端末を握りしめながら、俺はそう思った。
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