第33話
ということで、俺はマフィアのボスに会うことになった。注文通りにカレーライス一皿を小脇に携え、単独でボスのご自宅へ向かう。紗季さんに地図を貰ったので、それを見ながら道を進む。スラムの内部でも貧富の差は歴然とあって、主に収入と人種などによって居住エリアが別れている。マフィアのボスは、金持ちが多く住む高台エリアにあると俺は予想していた。しかし貰った地図によると、ボスの家は貧民街エリアに位置しているようだ。ここらへんには大きな建物もほとんど無いはず。ゴミ山も遠くない場所だから、俺も以前、近くを何度か歩いたことがある。
俺はボスの家の前まで来た。3階建ての古い建物……ってマジか。この建物を俺は知っている。スラムへ来たばかりのころ、セクシーなお姉さんに広場で拾われて、つれてこられたのがこの建物だった。ここの3階にはあのお姉さん……サツキさんの部屋がある。
地図によると、ボスの部屋は同じく3階となっている。ってことはまさか、サツキさんがマフィアのボスってこと? あのおしゃれな部屋からは、マフィアっぽさは一ミリも感じなかったけどな。いやまてよ、サツキさんがボスの恋人とか愛人、みたいな可能性もあるか。なんかそれってヤバくない? まあ、もう行くしか無い。
俺は建物の外階段を登って3階のドアの前まで来た。意を決してドアを数回ノックする。ドアがカチリと鳴って手前に開いた。そして見たことのある顔が現れた。サツキさんだ。
「いらっしゃい、待ってたわよ。どうぞ中に入って」
にこやかな感じでサツキさんが言った。俺は軽くお辞儀をして、黙って中に入る。
相変わらず居心地が良さそうな部屋だ。前に来たときから大して時間は経ってないけど、なんだか懐かしい。あの時俺は、本当にギリギリだった。今は……少しはマシになったよな? 結構がんばってるよな、俺。
カレーの皿を窓際にあるテーブルの上に置いた。促されて、俺は二人がけのソファーに座った。サツキさんが奥のキッチンで紅茶をいれて、クッキーと一緒に持ってきてくれた。
「元気だった?」
サツキさんが目の前に座りつつ、微笑んで言った。
「なんとか元気です。この前は本当にありがとうございました。まだお金を返せてなくてすみません」
俺は頭を下げて言った。
「いいのよ、あのお金は。あなたに上げたんだから。でもすぐに盗まれちゃったわね」
サツキさんが言って、俺はドキッとした。なんでそれを知っているんだ。
「ご存知でしたか……。あれは結構ショックでした。自分の不注意が原因でしたけど」
「でもよく立ち直ったわね。今は仲間もいるみたいだし。なかなかやるじゃない」
「ありがとうございます……」
「あ、カレーライス食べていいかしら。これ、すごく評判がいいのよね。一度食べてみたかったの」
「どうぞ」
俺は皿を覆っているラップを取り外した。サツキさんがスプーンを手に取って、カレーライスをひとくち口に運んだ。
「ウソ! 美味しい。都市部の店でもこんな味、滅多にないわよ。これ、あなたが作ったのよね、タクヤ?」
お姉さんが微笑んで言った。俺の名前を覚えていてくれたのか。
「俺が作りました。喜んでもらえて嬉しいです、サツキさん」
「あら、私の名前も覚えていてくれたのね。……そうそう、あのとき名前を聞かれて、やっぱりこの子は他とちょっと違うなって思ったのよ。でも都市部の出身ではないのよね?」
「はい。俺の出身は……なんというか、事情が複雑過ぎて、正しく答えるのが難しいんです。すみません」
俺は言った。下手に嘘をつくとまずい気がする。サツキさんが俺の顔を見て、不思議そうにしている。
「あなたのことを調べてみたけど、結局ほとんど分からなかったのよね。この街に来る前の情報が全く無い。都市部の記録にも無い。嘘を言っている感じもしない。誠実な感じはするし……。まあおっしゃる通り、いろいろと事情があるんでしょうね」
「はい、申し訳ありません」
「まあいいわ。わたしはもともと、あなたのことは信頼しようって決めてたし」
サツキさんが笑顔になって言った。ちょっとだけホッとした。話が分かる人でよかった。さすがはマフィアのボス……なんだよな?
「あの、サツキさんはマフィアのボスなんですよね? 俺、知らないことばかりなんで、変なことを言ってたらすみません」
「大丈夫。私もあまり表には顔を出してないし、そうとは知らない人も多いわよ。だけどマフィアのボスっていうのは本当。驚いた?」
「はい。こんなに若くて、その……キレイな人がマフィアのボスとか想像してませんでした」
俺は率直に言った。
「ありがとう。でもね、正直に言うと、あなたが思っている私の年齢を3倍ぐらいにすると、私の実年齢になるでしょうね。はい、計算してみて?」
サツキさんがカレーライスを食べながら楽しそうにして言った。3倍ってマジかよ。えーと、見た目は30歳半ばぐらいのような気がするけど……。
「90歳オーバーとか? 冗談ですよね?」
「最近大台を超えたの。102歳。このスラムに住んで60年。マフィアのボスを務めて30年以上。我ながらここまで生きるとは思わなかった」
小さく笑ってサツキさんが言った。
「もしかしてサツキさん、アンドロイドの方ですか?」
俺が言った瞬間、サツキさんが少しむせながら笑い始めた。そのまま笑いが止まらない。
「すみません! アンドロイドですかって質問は失礼ですよね」
俺は恐縮して言った。
「そんなことない。いいのよ、正しい。もう、脳みそ以外はほとんど人工物だから。ほら、あなたもご存知のコズエ先生いるでしょ? あの人に私もお世話になってるの。あそこのメイドさんのパーツを分けてもらったりして。だからほとんどアンドロイドみたいなものかも、私も」
マジかスゲー。さすが未来。
「サツキさん、コズエ先生とお知り合いだったんですか」
俺はなんとなく言った。
「うん。ちなみに私、コズエ先生にもあなたのことを訊いたけど、守秘義務があるって言われて断られちゃったわ。彼女、この辺じゃ
サツキさんが微笑んで言った。無理やり聞くっていうのが怖すぎる……。
ごちそうさま、と言ってサツキさんがカレーのスプーンをお皿の上に置いた。
「それじゃあ本題に入りましょうか?」
サツキさんが俺の顔をじっと見て、にっこりと笑った。
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