第17話

「兄ちゃん兄ちゃん」

 タケルの声がして肩をゆすられた。俺は目を開いた。空はまだ薄暗い。

「もうすぐ朝になるからさ、俺は行くよ。また斉藤商店で会おうぜ」

 タケルが微笑んで言った。俺はぼんやりとして、その顔を見つめている。タケルがニヤッと笑ってから背中を向けた。まだ沢山の人が寝ているので、その隙間を縫うようにしてタケルが歩いて行った。あ! 授業料。200円タケルに渡さないと。

 周りで人が寝ているので大声を出すわけにはいかない。俺は立ち上がってタケルの背中を追う。みんなが隙間なく地面に寝ているので、超歩きにくい。手や足を踏んでしまいそうで怖い。

「タケル!」

 ようやくタケルに追いついて、俺は少しだけ大きな声を出して呼んだ。タケルがこちらを振り返った。

「授業料、授業料。200円」

 俺は100円玉を2枚、手のひらに乗せて差し出した。

「え? マジでくれるの?」

「もちろん。色々教えてもらって助かったよ。ありがとう」

 タケルが遠慮がちに200円を受け取った。

「ありがとう……。あー、兄ちゃんの名前なんだっけ?」

「タクヤ。山本拓矢」

「タクヤ。また会おうぜ」

 タケルが何故か恥ずかしそうにして言った。そして俺らはお互いに手を振って別れた。


 昨日はかなり早く寝たから、たっぷり睡眠はとれた。でも路上で寝たわけだし、体の節々が痛い。疲れもだいぶ残っている。だけど俺は、朝からゴミを拾いに行くことにした。タケルが早朝は狙い目って言ってたからな。それに早くこの仕事に慣れたい。

 ゴミ山でゴミを拾い始める。結構人が集まっているけれど、夜の間に廃棄されたゴミがあるのでそこまで競争が激しくない。わりと順調にごみ拾いができる。午前の早い時間なので気温はそれほど高くない。これなら結構行けそうだ。俺でもたくさん拾える。気合を入れて次々とゴミを拾って行く。

 時間が経つにつれだんだんと人が増えて、競争が激しくなって来た。負けられない。子供やお年寄りが相手でも遠慮をするわけには行かない。お互い、それぞれの生活がかかっているのだ。

 みんなの視線が空の方へ集まっている。俺も空を見上げる。音もなくケージが上空にやって来て、今度はどこに来るのかと思ったら、俺の頭上付近でピタッと止まった。気づいたら周囲には誰もいない。マズい。俺は焦ってかけ出した。その瞬間、背後でバラバラという凄い音がした。あぶねー! ギリギリだった。俺が逃げ出した場所に、すぐさま他の人がワアっと群がった。俺も負けずにゴミに食らいつく。

 なんだかわからないがゴツい金属を拾った! これは結構金になるかも。だけどこいつが頭の上に落ちて来ていたら、俺は確実に死んでいただろう。恐ろしい……。だけど立ち止まっている暇は無い。他の人と肩を寄せあって次々にゴミを拾って行く。

 一応ルールのような物があるみたいで、他の人が一旦手をつけた物を横取りする人はいない。そうしないと結局、争いが起きて効率が悪くなるからだと思う。さすがは日本人。未来の貧しいスラムでも、そういう気質のような物は残っているみたいだ。俺は笑った。笑いながらゴミを拾う。

 みんな相変わらず、チラチラと空を見ながらゴミを拾っている。いつどこにケージがやってくるか分からないからだ。俺も真似をして空を見ながらゴミを拾う。これがけっこうしんどい。首と肩がとても疲れる。

 気がついたら太陽がだいぶ上の方に移動していた。集中していたので、4、5時間があっという間に過ぎていた。ゴミは結構拾う事が出来た。ペットボトルでゴミ袋一つがいっぱいになっている。空き缶などの金属類で、もう一つのゴミ袋も8割ぐらいまった。2つの袋を引きずって歩くのがしんどくなってきた。なので俺は、ジャンクヤードに換金をしに行く事にした。


 換金したら180円になった。めちゃくちゃ嬉しい。午前中だけでこれだけ稼げれば、初心者にしては上出来ではなかろうか。180円を握りしめて俺はジャンクヤードを後にする。もっとゴミを拾おう、と思ったけど足がガクガクだ。キュルキュルとお腹が鳴った。少し休憩をしたほうが良さそうだ。昼飯を食おう。

 空になったゴミ袋を引きずって、ゴミ山周辺の掘っ立て小屋を観察しながら歩く。どんぶり飯とか麺類の屋台がたくさんある。雑貨店もある。商品の値段は斉藤商店よりも少し高い。ここらはゴミ山とジャンクヤードに近いから便利だけど、節約の為にはあまり買い物をしない方がいいだろう。


 比較的清潔そうな屋台を選んで、俺はテーブルに腰をおろした。

「注文は?」

 屋台のおじさんが水を出してくれた。無料の水だ……ありがたい。

「安くて量が多いのがいいな」

 そう言って俺は水をがぶ飲みした。

「うどんなら大盛りで30円だよ」

「あ、じゃあそれを下さい」

「はいよ」

 そう言ってから30秒くらいでうどんが出てきた。はや! まだお昼前なので店は空いている。食事をしている人もまばらだ。屋台のおじさんも暇そうにしている。

「お店は儲かってますか」

 俺はうどんをすすりながら訊いてみた。

「いや、駄目だね。材料費が上がる一方で、だからといって簡単に値上げするわけにもいかないし。まったく儲からん」

 おじさんが苦笑して言った。

「不景気ですねー」

 俺は適当に言った。

「景気が良かった時なんて無いけどな。でも今は特に酷いよ。子供や老人は、これじゃあ生きていけないだろう」

 けっこうおしゃべりなご主人だ。俺はここぞとばかりに情報収集をすることにした。この世界の経済とか政治とか、まだ全然わかっていない。


 屋台のおじさんと、そのあと30分ぐらい話をした。ほとんど愚痴みたいな感じだったけど、知らないことばかりなのでかなりためなった。話を要約すると、食材の値段が高騰して、みんなの暮らしが厳しくなっている、ということだった。食材は都市部から横流しされてくる。その裏ルートを牛耳っている政治家とマフィアが存在していて、一般人は何も口出しできない。口出しをすれば命がない。ちなみに、この世界の食料は、ほとんど工場で作られている。大気も土壌も汚れているので、畑をつくって野菜を栽培しても、まともに食べられるものはほとんどできないそうだ。水と食料を抑えている一部の金持ちが、大勢の貧乏人を支配している。貧乏人が這い上がる方法は無い。ベリーハードな世界。

 俺は屋台のご主人に礼を言って立ち上がった。その瞬間、どこから現れたのか数人の子供が、俺の残したうどんのスープに群がった。……しんどい。俺もこれをやってたけど、他の人が飢えているのを見るのもけっこうキツい。飯をまともに食えてないせいで、やせっぽちの子供や老人が路上でたくさん暮らしている。だけど俺だってギリギリだから、何もできずに無視するしかない。どうにかならないものか……ならないだろうな。

 飯をくってめちゃくちゃ眠いわけだが、あと少しだけごみ拾いをすることにした。「働かないもの食うべからず」と言うけど、「べからず」どころか、現在の俺は働かなければすぐに餓死することになる。その危機感をモチベーションにして俺はごみ拾いを続けた。空き缶を10個拾ったら、うどんが一杯、みたいなことを考えて精一杯働く。前の世界でバイトをしてた時は、彼女と遊ぶことをモチベーションにしてたんだよな、俺。なんて恵まれていたんだろう。

 スモッグでくすんだ空がオレンジ色に染まってきたので、仕事を切り上げることにした。ゴミを売りに行ったら60円になった。今日一日の売上は240円だ。タケルが平均300円稼ぐわけだから、初心者の俺にしたら大健闘だろう。なんとかこの調子でやっていければと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る