第6話 感性が合うから誘った
「京都の夏って暑すぎると思う」
「盆地ですからね。40度近くまで上がることもあるみたいですよ」
「人間が生きてていい気温じゃないよね、それって」
「東京ですら熱気で息苦しくなりますしね」
京都がそうじゃないかと言われれば、そんなことは全然ない。
ホテルから渡月橋を目指して歩いてきただけで、汗が止まらなくなっている。
これで湿度が低ければいいんだけど、なんだって日本の夏はこうジメジメとしているのか。
「肇君。暑い」
「俺もです」
「だからホテルにいればよかったんだよ」
「わけもなく京都まで引っ張り出されたんですから、観光名所のひとつぐらい行っておきたくなるでしょう」
「暑いのに?」
「暑いけど」
言い出した手前口にはしないけど、正直ホテルでダラダラしてた方がよかったとは思う。
「見たらパパっと帰ろう。そして温泉に入ろう。汗を流したい」
「それに関しては賛成です。暑い」
もうさっきから『暑い』って感想しか出てこないぐらいに暑い。地球からいじめられてるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
「あ、ほら。見えてきたよ」
「いいですね。俺、ああいう雰囲気好きですよ」
春海さんが指さす先、目当ての渡月橋が見えてきた。
桂川に架かる橋は、作りこそ鉄骨や鉄筋コンクリートだそうだが、見た目は十分に景観を楽しめるものだ。
せっかくだから写真ぐらい撮っておこう。
「ここからじゃ、ちょっと遠くない?」
「ですね。もうちょっと歩きましょうか」
「しょうがないから付き合ってあげるよ」
「春海さんの旅に付き合ってるのは俺ですけどね」
「そこは素直に『ありがとうございます』って言っておけばよくない?」
「立場ははっきりさせておきたいので」
「減らず口め」
なんとでも言えばいい。この旅の間、俺は絶対にこのスタンスを崩さないと決めているんだ。
「こういう橋とかって、見るもんであって渡るものじゃないですよね」
「渡っちゃったら普通の道路になっちゃうよね」
「景色の一部として楽しむのが正解だと思います」
「それが目的の人もたくさんいるみたいだよ。ほら」
本当だ。
渡月橋が近づくにつれ、橋に向かってカメラを構えている人が増えてくる。
「そう言えば、何でホテルを嵐山にしたんですか?」
「来たことなかったから」
「春海さんらしいですね」
「一度行ったことあるとこに行ってもしょうがないでしょ。肇君もそういう考え方をする人だと思ってるけど?」
「ご明察。よく分かりましたね」
「その辺の感性が合うから誘ったしね」
……またそういうことを言う。正直、悪い気はしないけど。
「それにほら、こっちの方まで来ると京都っぽさがなくなって面白いかなーって思って」
「絶賛、京都っぽい風景目指して歩いてますけど?」
もうすぐ渡月橋をいい感じに眺められるところまで来ている。
「ほら、この辺ってもう碁盤の目じゃないじゃない」
「あー、確かに」
「京都って言えば、通りは碁盤の目ってイメージが強いけど、嵐山の方まで来ちゃえばもうそんな感じでもなくなるんだよね。せっかくだし、そういうちょっと外した感じのとこに行きたいなーって思って」
「いいですね。清水とか二条城は中学の修学旅行で行きましたし」
「嵐山とは正反対の場所だ」
「その通りです」
そう考えると京都って意外と広いのかもしれない。
修学旅行も三泊四日あったけど、東山の方しか行かなかったし。
やっぱり向こうの方が観光名所が多いからなんだろうか。
「写真撮るならこの辺ですかね」
「あ、ちょっと待って」
「写る気満々ですね」
スマホを鏡代わりに前髪をちょいちょい弄る春海さん。
うん。好きだ。
「いいよって、……どうしたの?」
「いえ、唐突に自分の本音と向き合うことになって困惑してるだけです」
「何それ。おもしろい」
春海さんはカラカラ笑ってるけど、こっちはそれどころじゃない。
いや、まあ、そうなんだけど。そうなんだけどさぁ!?
こんな唐突に来なくてよくない?
何、『うん。好きだ』って。素直かッ!!
「撮らないの?」
「撮ります。撮りましょう」
「いぇーい。年下男子と旅行デート中ー」
「……」
それも不意打ち。
本音を自覚した瞬間にぶっこんでくるのはズルいと思います!
「肇君。なんか微妙な表情してるよ」
「微妙な心境ですから」
「何それ」
「少年旅情」
「意味わかんないよ」
「俺もです」
あ、ダメだこれ!
唐突にダメだ!
春海さんへの感情に無駄に振り回されてる。
「じゃあ、次はこっち。ほら、写って」
「うす」
「唐突に男子感出してきたね」
「男子なんで。男子高校生」
「意味わかんないよ、それー」
意味わかんないのは俺もです。
っていうか、ダメでしょ!? 同じ画角に収まろうとしたら! 距離近いし!!
「距離あるね」
「うす」
「もうちょっと寄って」
「うす」
「いや、寄ってないから」
寄れる心境にありませんからねぇッ!?
絶賛意識中なんですよ、春海さんを!!
「もしかして私、汗臭い?」
「や、そんなことはないです。全然。むしろ俺の方が汗臭いと思います」
「え、そう?」
「──ッ!?」
唐突ッ!!
唐突に顔寄せてくるのやめて!!
え、ていうか美人。何この人。普通に美人なんだけど。
「なんか今の肇君、おもしろいね」
「俺的にはただただキモいと思うんですけど」
「うん。そうだね」
「ですよねー」
いや、言ったのは俺だし、なんか変なテンションになってキモい自覚もあるけど、春海さんに肯定されるとそれはそれでしんどいものがある。
めんどくせぇな! 男子心!!
「なんか疲れました」
「うん。ひとりで盛り上がってるなーって思ってた」
「なんなんすかね」
「思春期なんてそんなものだよ。ということで、写真撮ろ?」
「春海さんは楽しそうですね」
「うん。なんか今の肇君いいなって思った」
ねえ、わかる? 俺今、ものすごい幸せを実感してる。
春海さんに『いいな』って言ってもらってすごい舞い上がってる。
……我ながらキモいっすね、はい。
「ほらほら。写真」
「はい」
「もっと寄って」
「こんぐらいですか?」
「いぇい」
「いぇい」
パシャ、と軽い電子音。
観光名所で好きな人とツーショット。なんか、なんかいいな!
「肇君?」
「あ、いや。なんかいいなって思って、こういうの。俺、春海さんとの旅行、結構楽しんでます」
「唐突な素直」
「旅先では開放的になるってやつですね」
「うーむ」
「どうしたんですか?」
春海さんがニヤニヤしだした。どういう表情、それ。
「ちょっと嬉しかった。今の」
「どれ?」
「『結構楽しんでる』って言ってくれたこと」
「素直な感想です」
「今のも。嬉しい」
お?
「春海さんと旅行に来れてめちゃくちゃ楽しいなー」
「やめてやめて。ニヤける」
「突然だったけど、来てよかったなー」
「だからやめてって」
おお?
これは、……春海さんが照れてる!?
レアだ。なんかレアな春海さんがいる!!
「ちょ、なんで写真撮ってるの」
「なんか今の春海さんレアだなって思って。記念」
「なんの記念。ダメだって」
「顔隠さないでくださいよ。せっかくの美人が台無しですよ」
「そういうこと言うのもダメー」
やば。これ、めっちゃ楽しい。
何このイチャつくカップル感。バカみたいだけど楽しい。
「もうダメ。終了。ホテルに帰ろう」
「もうちょっとゆっくりしましょうよ」
「ダメです。これ以上は浮かれちゃうから禁止」
「十分浮かれてるように見えますけど?」
「だからもう浮かれないようにしないといけないの。ほら、帰るよ」
そう言って背を押してくる春海さん。
夏場の京都の暑さに包まれている中でも、背中越しに感じる手のひらの熱は特別だった。
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