第30話 初東京

モノレールは終着駅に到着し、扉が開いた。


俺の財布には10万円相当の金貨が入ってると思うと、つい財布を何度も確認してしまう。


電車がホームに到着した時、荷物を持った時、改札にカードをかざす時。


うーん 落ち着かない。


ケロっと何も感じてないのはジャックとアンジェリーナさん、ゆりちゃんだけだ。

ゆりちゃんの場合は財布を忘れても、いつものぽあぽあで「あー、やっちゃいました。」と程度で済ませそうだ。


別の意味で不安になってきた。実際、初めていくであろう秋葉原を一番楽しみにしているのは確実にゆりちゃんだ。そして浮かれているのもゆりちゃんである。


乗り換え口から東京環状線のホームに向かう途中。何となく妹を見ると同じ事を考えているのか、ゆりちゃんを不安そうに見ていた。


妹が俺の視線に気づく。

俺が妹にゆりちゃんを目線でさすと、察して拳に親指を立てて俺に見せる。きっとゆりちゃんの事は任せろと言いたいのだろう。


「如月さん、秋葉原まで何駅くらいで着きますか?」

電車にまだ乗ってないのに、残り駅数を聞くゆりちゃん。


「えーと....5駅くらいかな?」

そう言いながら俺たちはホームへのエスカレーターを下る。


「このホーム両側のホーム、どちらか早い方に乗るよ。」

最果てパーティギルド御一行の旗でも持っているかのように案内する如月さん。


ホームに降りる直前に青色の電車が出発するのが見えた。


「あー、電車行ったよ。走ればよかった。」

森がすこしガックリした。


が、ホームに降りるとすぐに緑色の電車がやって来る。


さすが東京、電車間隔が大阪と比較にならないくらい短い。


俺たちは電車に乗った。


「やっぱり東京環状線は楽でいいわ。乗れば必ず目的地に着くから。昔、大阪で東京環状線の感覚で来た大阪の環状線電車に乗ったら、目的地にいつまで経っても付かなくて、気がついたら奈良に連れて行かれたのはいい思い出よ。」

大阪と東京、両方の電車に乗ったことがある如月さんが昔の経験をかたる。


「確かに、慣れれば電車の種類で行先わかるけど、初めて来たらわからないわね。私は和歌山に行こうとしたら関西空港に連れて行かれたことがあるわ。」

鈴も経験あるらしい。


「それは私も経験あるわ。関西空港に行こうとしたら和歌山に着いてびっくりしたわ。余裕持って電車に乗ったからよかったけど、時間がギリギリだったら完全アウトだったわね。あれほどヒヤヒヤしたのはなかなかなかったわ。あの時ばかりはいつも冷静な父も焦っていたのを思い出すわ。」

神山も経験者。


「さすがにそんな大失敗はしたことないけど、慌てて乗った電車が途中でテーマパークの方に行く支線に乗り入れるやつに乗ってしまって、次の駅で降りた記憶はあるな。」

真斗も経験者。


ちなみに俺は真斗と全く同じ経験したことがある。

環状と支線方面と全く同じ電車だから、慌てると間違って乗ってしまうのだ。


それから、今は亡きオレンジ色の電車乗る時は急いでいてもドアの前で一旦行先を見る癖がついた。


「私は大阪に来た時、路線の多さに驚いたわ。イタリアやアメリカとは比較にならないほど、路線が多いもの。」

アンジェリーナには是非東京の路線図を見てもらいたい。


妹はガイドブックの一番後ろの見開きの東京路線図をアンジェリーナに見せる。

「アンジェリーナさん、これが東京の路線図だよ。」


「まるで電子回路ね。」


確かに。


俺の後ろでは森がふざけてつり革で懸垂をする。

「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ。」

神山は森の服を引っ張る。


「みてー、ママ。わっかであそんでるー。」

小さな子どもに指さされた森。

さすがに恥ずかしかったのかつり革懸垂をやめた。


これで思い出が一つできたな。今度教室でいたずらされた時はこの話を暴露しよう。


俺たちは電車を降りて有名な歩行者天国の大通りへとやってきた。


「では、3時間後にここに再集合しましょう。」

ビックリカメラの前で如月さんは言った。


「秋葉原のダンジョン入り口はアニエイトにあるから、ダンジョンに行きたいならアニエイトへ。アニエイトの上階がダンジョン系のお店だから。アニエイト自体は引っ越したらしいから、引っ越し先が書かれた看板が近くあるはず。お姉さん、アニエイトには行かないから新しい場所は覚えていないわ。」


妹とゆりちゃんは新アニエイトへ、志帆と森、神山、真斗はダンジョン上のお店へ、一ノ瀬と鈴はデートへ、ジャックは如月さんの案内で電気街に行くらしい。


真斗達と一緒にダンジョン装備のアタッチメントやアクセサリーを探しにダンジョン上のお店に行こうと思っていたが、気が付いたら妹のお節介でアンジェリーナと二人っきりで行動することになった。


「それで、どこへ行く?」

俺の質問にアンジェリーナは答えた。


「ダンジョン!」


東京ダンジョンの護符を念のために買っておくか....


ーーーー


秋葉原入り口は東京ダンジョンの中でダンジョン装備をしていない人の出入りが最も多い。


というのも、ここはダンジョン攻略の入口だが、それと同時に東京ダンジョンの秋葉原入口といえば、闘技場だ。


ダンジョンの入口を入ると、古くて乗り心地悪そうな土砂を運ぶ用のトロッコに無理矢理扉をつけたような車両と、先端にボロボロの機関車が止まっている。


天井には、闘技場行き無料トロッコと書かれた錆びてボロボロの看板がかけられている。


「アンジェリーナ、闘技場に行くのか?」

おそらく目標は闘技場だろうが、念のために確認。

「そうよ。一度行ってみたかったのよ。」

「なら、あのトロッコに乗るか。」


このトロッコに席などない。改造貨車4両に機関車が1両。人を詰め込めるだけ詰め込むとブザーが鳴り、扉が勝手に閉まる。

普通の鉄道会社のように安全確認など全くなし。


そしてトロッコが出発すると、これまた満員のトロッコとすれ違う。


大阪ダンジョンの列車ほどはスピードは出ていないが、感覚的にきっと40キロは出ているだろう。


15分くらい超満員列車に乗る様に揺られ、駅に到着する。扉が一斉に開き乗客全員が降りる。


俺たちもその人の流れに乗り、トロッコを降りた。


トロッコを降りてホームの端の部分に大きく東京ダンジョン闘技場フロアと書かれた少し斜めに傾いた看板が掲げられている。


ネオンのように光る看板の文字のうち、東京の京の部分が壊れかけのようにバチバチとたまに音をたてながら不規則かつ怪しげに点滅する。


「いいわね、このなにがあるかわからない雰囲気。」

アンジェリーナは俺の手首ではなく手を握る。


よく周りを見ると、グループで来る人が多いがたまに男女カップルも少なくは無い。


どうやら一種のデートスポットでもあるようだ。

野球観戦やサッカー観戦にカップルで行くようなものなのかと思ったが、よく考えるとカップル2人でダンジョンに入るので、パーティ登録のためにダンジョン入り口で絶対手を握るので多いのかと冷静に分析する。


それにカップルでダンジョン攻略する人も少数だがいることだし、共通する話題にもなるのか。


映画がデートの定番なのは話題を共通化させるためだとも聞くので、それと同じなのだろう。


フロアの入り口を入るとすぐに入場ゲートがあった。ゴールドコイン銀行のカードかダンジョン通貨の支払いみたいだ。料金は1回入場小銀貨1枚。つまり百円だ。


思ったよりも安い。


「さあ、行くわよ。」

グイグイと俺を引っ張るアンジェリーナ。


ゲートは個人カードをかざして入る。俺たちの個人カードにはゴールドコイン銀行カードの機能も入っている。


ゲートを通ると同時に、自動改札機の切符のように闘技場案内という細長い冊子が出てきた。


俺は思わずその冊子を取る。


冊子は広げることができ、この闘技場の地図が書いてある。

この闘技場は3つのメインの大闘技場、6の小闘技場、そして小さな予選会場が100ほどあるらしい。


観戦できる種目はモンスターVSモンスター、モンスターVS人間(複数あり)、人間VS人間。予選会場は人間VS人間と、モンスターVS人間用の予選用らしい。

そして大闘技場と小闘技場の全試合が賭け対象。


試合が始まる15分前に受付開始、試合開始時間に受付終了、オッズで掛け金倍率が決められ全掛金の8割が払い戻し、1割が勝利した人間に支払われる。


そして闘技場で戦って死んでも、ポーションなどの消費アイテムを除いて全て怪我なく、戦う前の状態で復活できるらしい。


そして重要と強調されている部分には、


ダンジョン内を治外法権と取って賭けるか、日本国内と思って賭けないかはあなたの自由です。


と書かれている。



グレーなんだな、要するに。


「チャン、第三闘技場で、人間VSドラゴンの試合があるみたいよ。私ちょっと見てみたいわ。」

至る所にあるディスプレイを見るアンジェリーナ。

投票券購入受付は残り5分、つまりあと5分で試合が始める。


「なら、急ごう。」

俺は看板を頼りに第三闘技場へ向かう。


第三闘技場の観客席はほとんど満員で、立ち見が多かった。


「皆さん、まもなく投票受付終了します。投票券は皆さん購入しましたか?」

フライングボードに乗った実況お姉さんが空中を自由に飛び回りながら言う。


闘技場の中心にはとても大きな空中投影映像。そして同じ映像が観客席至る所にあり、今は全てお姉さんのフライング姿が映っている。


「はーい、投票受付終了しました。本日第3闘技場第5回戦目の倍率は人間側2倍、モンスター側1.3倍、総額掛け金はなんと今日最高額の金貨1万2百枚。今回の出場者、ドラゴンスレイヤーになりたいパーティが勝利した場合、ドラゴンスレイヤーになりたいパーティには金貨1020枚が送られます。では出場者の入場です!!」


手を振る男4人パーティメンバー。会場は大盛り上がりだ。4人の耳には同じパーティを示すためか、お揃いの黄色の耳当てが付けられている。


俺とアンジェリーナは投票券を買っていないが会場のボルテージに引っ張られてテンジョンが上がる。


「ではまもなく闘技場にドラゴンが出現します。今回のドラゴンは能力倍率1.002のほぼ平均的なドラゴンです。出現と同時に試合開始です。」


遺跡で戦ったドラゴンより少し小さめだろうか、体を丸めて寝ているドラゴンが光と共に闘技場に出現する。


「試合開始です!!」


寝ているドラゴン。起こさないようにゆっくりと近づく2人。


残り2人は背負っていた荷物を下ろし、なにかを組み立てる。


「今回のドラゴンスレイヤーになりたいパーティはこれまでに何度か本戦出場経験があります。」


丸まって寝るドラゴンの背中に男2人がリュックを下ろす。


「出場回数20回、そのうちモンスターに勝利したのは8回です。勝率は現在40%、ドラゴンと戦ったこともあり前回は惜しくも破れましたが、ドラゴンもかなり弱っており、ギリギリの勝負だったと聞いています。」


ドラゴンの近くでなにやら仕掛けを設置する男2人。そして設置が終わるとすぐにドラゴンを離れる。


「前回のドラゴン戦は起きた状態でのスタートだったですが、今回は寝ている状態でのスタート。これは若干人間側の優勢か?」


ドラゴンに近づいていた2人がある程度ドラゴンから離れると、なにかを組み立てていた2人に合図を送る。


「ドラゴンのそばに仕掛けられたものはおそらく水属性爆弾でしょう。」


組み立てて出来上がったのは、大量の砲弾と、それを乗せる紐の付いた板だった。

1人の男が板についた紐を持って、男と砲弾を持ち上げる。


「板の上に載っている砲弾は水属性砲弾、本来大砲に入れて使用するタイプのものです。空中に持ち上げてドラゴンに落とすのでしょうか?」


合図と共にドラゴン近くで大きな爆発音と、煙が立ち上がる。そしてドラゴンが大きく悲鳴を上げて飛び上がった。


「最初の仕掛け、水属性爆弾の攻撃は成功したようです。寝ている状態からの攻撃、頑丈なドラゴンでもこの一撃はきっと大ダメージでしょう。」


会場は大盛り上がり。


「そんなわけないじゃない。たいして大きなダメージはないわよ。」

実体験があるアンジェリーナは実況にケチをつけた。


確かに、あの程度の爆発ではドラゴンへのダメージはそれほど大きくないだろう。


「昼寝を爆弾で邪魔されたドラゴン、かなり機嫌が悪そうです。」

ドラゴンは大きな咆哮を上げて、目に入った地面にいる男に向かって火炎弾を吐いた。


「きました、ドラゴンの火炎弾。この技に何人の出場者が飲み込まれたでしょう。前回、ドラゴンスレイヤーになりたいパーティもこの炎に焼かれ破れました。」


男2人に火炎弾が当たる直前、火炎弾はなぜか数秒止まり、男2人がその隙に逃げて回避する。


「でました。謎の火炎弾回避技。前回のドラゴン戦でもこの技が何度も使われています。一部の噂では静止スキルか、絶対防御盾スキルかのどちらかだと噂がありますが、詳細は一切不明です。


ちなみに現在販売されている最新版のスキル図鑑では、静止スキルは触れたものを一瞬静止させる能力、絶対防御盾スキルは一瞬だけどんな攻撃でも防ぐ盾を出現させることができる能力とあります。」


逃げ出した男をドラゴンが追いかけようとする時、空中にいる板に乗った男が砲弾を掴み、ドラゴンに向かって砲弾を投げる。

砲弾はドラゴンの頭に命中、ドラゴンは空中の男2人にも気づいたようだ。


「砲弾が、次々と投げられていきます。水属性砲弾は約20kg。砲弾の速度もかなり速いです。この重たい砲弾を空中の足場の悪い場所から全力投球。


いま測ったところ、球の速さは200キロを超えています。流石のドラゴンもこの砲弾の雨は痛いのか、回避しようと飛び回ります。」


そりゃ、逃げるだろう。当たると普通に痛いからな。


「しかし、球のコントロールがいいからか、何発も攻撃をくらうドラゴン。


何度か火炎弾を吐こうとしますが、砲弾の攻撃に邪魔をされて吐くことができません。」


空中戦を必死に見るアンジェリーナ。

「あー、もどかしい。いい作戦なのに、当たりの数が少ないわ。」

実に楽しそうだ。

さっきから「行けー」とか「そっちじゃない」とか叫んでいる。


ドラゴンが隙を見て火炎弾を吐く。

なんとか火炎弾を避け、砲弾を投げるを繰り返す。


確かに面白い。


「おっと、先ほどドラゴンの火炎弾を避けた地上組にも変化が、なんとドラゴンの火炎弾と同じような火炎弾を作り出しました。そしてそれをドラゴンに....撃ちました。」


地面からの火炎弾が、空中砲撃を避けることに必死なドラゴンのお腹に命中した。

ドラゴン、大きく口を開けて悲鳴を上げる。


「おっと、命中。これは痛い!」


そして大きな口に水属性砲弾が放り込まれる。


「ついにドラゴンの口に水属性砲弾が投げ込ました。」

胃の中で爆発したのか、悲鳴と共に口から砲弾の煙が出てくる。


「闘技場で何度も出場者を葬り去ったドラゴンですが、何度か倒されたことがあります。VS人間ではその全てで、口内へ攻撃を中心に行われていました。


ドラゴンは体表は鱗で覆われて頑丈ですが、目、鼻、口には鱗がありません。ドラゴンの弱点、それは鱗のない部分。特に口への攻撃はドラゴン最大の弱点、内臓へと攻撃が届くことが多く、ドラゴンに勝つには口を狙えが最近の闘技場出場者の流行りでもあります。」


俺たちはそれを知らなくて苦労したな。

俺はドラゴン戦を思い出す。


観客を見ると、カメラで試合を撮ったり、メモをしている人がちらほらといる。ここはモンスターの戦い方の勉強の場でもあるようだ。


ドラゴンは態勢を立て直し、一気に空高く舞い上がった。

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