第3話 自己紹介

 ミミとリンは辛抱強く無口魔王からの自己紹介を待った。

 しかし、待てど暮らせど何も言ってこない彼を見て、とうとう名前を聞くことを諦めることにした。


「まあ、人によっては名前を知られたくないのかもしれないから、ここら辺にしておくわね。もう少し親しくなったらもう一度名前を聞くわ。でも……そうなると呼び方に困るのよね……」


 ミミはうーん、と唸る。

 名前を聞くのは一時断念したとしても、流石に彼の名前を呼ぶときに色々と困る。

 ということで、ミミとリンの二人は無口魔王にあだ名みたいなものをつけることにした。


「……サイとかどうかしら?」

「…………」

「……お気に召さなかったのかしら。まあ、じゃあ違うあだ名にしましょう。リン、何かないかしら?」

「……何も思いつかないですね。ただ、彼からはものすごい力を感じます。きっとかなり強いと御方だと思いますね。そういうところからあだ名をつけたら良いのでは?」


 リンは無口魔王をじっと見ながら自分が感じたことをミミに話す。彼女は人を少し見ただけで、その人がどれだけ強いのか、ということを感じ取れるのだ。

 リンは優しい表情こそ変えなかったが、ずっと黙っている無口魔王を見て驚いたものだ。今までで見てきた中で一番強い人だと。過去一番強かった人の二倍、いや少なくとも十倍は強いのではないだろうかと。


 ミミはリンの話を聞いてうーん、と悩む。

 目の前にいる男は自己紹介をして、と言っても何も言ってこなかった。だから、あだ名をこちら側で決めないといけないが……このあだ名というのは結構大切なものだと思っていた。

 それと、彼の機嫌を損ねないようなものを選ぶ必要があったのだ。もし機嫌を損ねてしまったら……百年に一度に咲くと言われているほど貴重な花を大量に用意して、千年に一度採れると言われているほど貴重な宝石をこれまた大量に用意して、かなりの金額を使って召喚した『異世界において最強と呼べるほど強い人』に自分たちのお願いを聞いてもらえなくなると思っていたからだ。

 それは絶対に阻止しないといけないことだった。なぜなら、目の前にいる男に自分たちの命が、自分たちが治めている国民の命がかかっていると言っても過言でなかったからだ。

 だからこそ、ミミは必死に彼のあだ名を考えた。あまりにも目の前の男の情報がない。しかし、それでも機嫌を損ねないようなあだ名を、と頭を動かした。

 

 ちなみに、無口魔王の方はというと、ドキドキしながらミミがどういうあだ名を言ってくるのか待っていた。

 この無口魔王。名前くらい言ったほうが良いとは思ったが、色々考えているうちに彼女たちがあだ名を自分にくれる、という話の流れになったので黙ることにしたのだ。

 無口魔王的にはどんなあだ名でも良かった。先程の『サイ』でも諸手を上げて喜んだ。だから、機嫌を損ねる、なんてことはありえない話だった。

 あと、こんなに綺麗な女性が自分にあだ名を授けてくれるなんて……これは褒美をやらないといけないな。なんでもいうことを聞いてやろうではないか。というような気持ちにもなっていた。無口魔王は無口魔王で美しい女性に目がない男だった。


 一分が経った頃だろうか。額に汗を流しながらもミミがようやく口を開く。


「……強者のオーラを纏っていて、リンがものすごい力を感じていると言っていた。万人を地獄に落としそうな感じもするし……ヘルっていう名前はどう……?」

「中々にいい名前だと思いますね。ヘル。うん、しっくりきます」


 リンがコクコクと頷く。

 で、『あなたはどう?』というような感じで二人が俺のことを見てきた。

 無口魔王は『これはなんとしてでも返事を返さないと』と思う。それもそうだ。この無口魔王の名前は『ヘルアニデス』。『ヘル』というのはまさしくあだ名にふさわしいものだった。

 無口魔王は考える。自分はうんともすんとも言えないだろうと。返事をしようとすれば、この場合一週間はかかってしまうだろうと。それではせっかくのチャンスを逃してしまうと。

 だから、なんとしても何かしらのアクションを取らなければならないと思った。

 しかし……


「……反応がないわね。これも気に入らなかったのね。……難しいわ」


 ミミが『このあだ名も駄目ね』という顔をして、次に移る、というような雰囲気を出し始めてしまった。

 これには無口魔王もがっくり。心のなかでは涙を流すくらいにがっかりしていた。

 

 しかし、リンが『ちょっと待ってください』と言ったことによって流れが変わる。

 彼女は基本的にずっと表情を優しそうなもので固定し、あまり感情を表に出さない人だ。しかし、他人の感情の機微には敏感だった。そして、目の前にいる男を観察することによって一つの事実を見つけた。

 この男、話はしないが、嬉しそうな雰囲気とか、がっかりしているような雰囲気は出しているぞ、と。

 そういうことで、目の前の男がミミの『次のあだ名を考えましょう』というような流れに対して少しがっかりしていたことに気がついたのだ。

 リンはこの男がおそらくは『ヘル』という名前が気に入ったのだと判断する。

 

「ミミ。彼のあだ名はヘルが良いと思います」

「……いや、でも、彼は無反応――」

「それは違います。話さないだけで感情はほんの少しだけ表に出ています。私には分かるんです。ヘル、あなたは『ヘル』が良いですよね?」


 リンは無口魔王に何時にも増して優しい表情を向ける。

 二人はしばらくお互いを見つめ合い……リンはうなずく。


「ヘルも『それがいい』という雰囲気を出しています。ではこれで決定ですね」

「……あんた、テレパシーか何か使えるんじゃないの? っていうくらい人の感情を読むのが得意よね」


 

 ミミがジト目をリンに向ける。リンは『全て読み取るのは無理ですよ?』とにっこりする。


 この流れを見て無口魔王は心のなかで歓喜した。『リン、ありがとう!』と大声をだしながら。まあ、口にはだしていないが。 

 

 して、無口魔王は『ヘル』と彼女たちから呼ばれることになった。

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