第2話 ミミとリン

「…………」


 (……ん?)

 意識が徐々に覚醒してきた無口魔王は、無言のまま目を開け、周りを見る。

 窓から差し込む光からして朝方だろうか。鳥がチュンチュンと鳴いている声も聞こえてきていた。

 彼は自分が知らない間に眠ってしまったのだと判断した。しかし……ふと無口魔王は違和感を覚える。

 そう、彼の目には自分の知らない部屋が映っていたのだ。

 どことなく乙女チックな内装に、女性の甘くて男の部分を刺激するような香り。無口魔王が寝ていたベッドには可愛らしい熊のぬいぐるみが沢山並べられていた。

 

 無口魔王は首をかしげる。

 はて、俺はいつの間にこんな可愛らしい魔王の間にしたのだろうか、と。

 しかし、彼の部屋と比べて今目に見えている部屋は大きさが比べ物にならない。こちらのほうがめちゃくちゃ小さいのだ。十対一くらいの違いだろう。


 無口魔王は状況を整理しようとする。

 自分はティーカップを片手にお茶を飲んでいたはずだ。しかし、そこからの記憶がない。何をしていたのか全く分からない。

 早速躓いてしまった無口魔王。彼はもしや、と考える。俺は人間側に闇討ちされて捉えられてたのではないだろうかと。

 その証拠に、彼の首には大きくて頑丈そうな鉄の首輪が嵌められていた。これがただの首輪ではないことに無口魔王はすぐに気がつく。

 何かしらの魔術らしきものがこの首輪には掛けられていたのだ。無口魔王は首輪に左手を当て、解析魔術を心のなかで唱えた後、件の首輪を調べてみることにした。


 しばらくして。無口魔王はふむふむと心のなかで頷く。

 この首輪は奴隷の首輪で、どうやら隷従の魔術が掛けられているようだと。しかし、自分であればいともたやすくこれを破ることが出来るであろうと。

 この魔王は無口で強面である。しかし、魔術の腕はそんじょそこらのやつには負けない程度にはあり、謙遜をしないのであれば最強を名乗ることが出来るくらいには強かった。

 しかし、そんな彼だったが首輪を壊すことはなく、おとなしくベッドでちょこんと座ることにした。

 無口魔王は、自分に奴隷の首輪を嵌めた人物について興味が湧いたのだ。

 自分が気が付かないうちに何処かへと拉致し、首輪をつける。並大抵の腕では出来ないことだ。

 それに、自分が今いるこの空間も無口魔王をおとなしくするのに一役買っていた。

 彼は久しぶりの女性の匂いでテンションが上がっていたのだ。

 彼はボッチである。なりたくてなったわけじゃないボッチである。そして、彼は若い男性であった。出会いがなくて色々溜まっている男が女の部屋にいるのだ。それはそれはもうウキウキである。

 顔には出していないが、無口魔王は内心では歓喜していたくらいだ。状況が状況なのだが、彼は腐っても魔王。ちょっとやそっとのことじゃ傷すら負わない強い魔王なのだ。

 そういうことで無口魔王は大人しくしていたのだが、突然部屋の扉が開いて若い二人の娘が部屋に入ってきた。

 一人は金髪で性格のきつそうなキリッとした目つきをした女性。もう一人は銀髪でおとなしそうな顔をした女性。ちなみに銀髪の女性は胸が出ており、金髪の女性は胸がほとんど無かった。

 無口魔王は彼女たちを見る。彼女たちもまた無口魔王を見て――金髪の女性が腰を抜かす。

 

「……な!? ……こ、こいつ寝ているときはいい感じの顔だったのに今の顔は人殺しの顔だわ!? リン! 危険だからあいつに麻痺の魔術をかけて頂戴!」

「ミミ。私達が彼を異世界から召喚したのにその言いぐさは失礼です。本当は奴隷の首輪だってつけるのだって反対だったのですから。顔の怖さくらい我慢してください」


 金髪の女性、ミミは叫び声を上げ、銀髪の女性、リンは表情を変えずに話す。

 二人は訳あって異世界から最強の人物を召喚したのだ。で、現れたのがこの無口魔王(意識なし)。

 無口魔王は知らないが、寝ているときの顔はなかなかにイケメンだ。

 そんな彼を見て、ミミは不覚にも胸がときめいた。かっこいいと思った。

 一方のリンは、彼を見てもいつもの優しそうな表情は変えなかった。しかしながら、表情を変えないだけで彼女もまた胸をときめかせていた。

 二人共、イケメンには目がない乙女だったのだ。

 まあ、起きているときの彼を見て、ミミは心臓がバクバクとさせているが。ときめきで心拍数が上がっているわけではない。恐怖で上がっているのだ。

 ちなみにリンの方はというと、彼の恐ろしい顔を見ても怖がること無く、むしろ好感度を上げて胸のときめき度も上げていた。リンは強面の男性も好きな質だった。

 まあ、そんなことを知る由もない無口魔王は、ミミの腰抜けを見て『これはやってしまったようだ』と思う。

 補足すると、この時点までは無口魔王は二人の言っていることを理解できていない。なぜなら二人の使っている言語が魔王のものとは違ったからだ。

 しかし、ここは流石だというべきだろうか。無口魔王はそれにうろたえず、心のなかで翻訳魔術を唱えて彼女たちの話している言葉を理解できるようにした。


 ちょうどそのタイミングでミミがリンに手を引いてもらいながら立ち上がり、咳払いを一つして無口魔王に話しかけた。


「ごきげんよう、異世界から召喚された人。私はここザルス王国を収めている超絶偉い人よ」

「はじめまして。私は同じくザルス王国を収めているリンと申します。私とミミの二人がこの国の王様とか女王様みたいな感じですね」

 

 二人が優雅な仕草で無口魔王にお辞儀をする。

 彼は『おお、なんとも育ちの良さそうな人たちだ』と思う。もちろん口には出さない。実際、二人が着ている服は無口魔王から見てもなかなかに高級そうなものだった。光の反射具合というか、漂うオーラみたいなものがお高そうだったのだ。


 『異世界から召喚された人』という言葉が気になったが、ここは無口魔王。質問することが自分には出来ないことだと分かっているので、彼女の言葉を疑わずに自分は異世界に来たのだと信じた。普通はもっと疑ってしかるべきなのだが、彼にとってこれは好都合だったので、自分の良い方に解釈したとも捉えることが出来るだろう。

 

 二人のことを少しずつ分析していっている無口魔王だったが、ミミが『で、あなたの名前を聞いても宜しくて?』と言ってきたのを聞いて思考を停止させる。

 いや、分析する思考を停止して、自己紹介へと脳のリソースを全て回したと言うべきだろう。

 彼は心の中で今この状況で最適な自己紹介を組み立てていく。

 今の自分はザルス王国とかいう全く聞いたことも見たこともない国に召喚された身であると思われるから、おとなしく自分の名前をいうべきだ、とか。

 いやいや、自分は魔王であるからして、何をしてくれているだ? と禍々しいオーラをだしながらいうべきだ、とか。

 それだとみっともないから自己紹介をしてから詰問するべきだ、とか。

 まあ、いつもどおり延々と頭の中で考える。

 今のペースで行くなら、あと二日ほどで自己紹介を出来るようになりそうであった。


 しかし、彼女たちは彼のことを全く知らない。なぜなら、異世界から召喚した謎の男だったからである。つまりは、この男が無口で、返事をするのにバカみたいな時間を要することなど露も知らない。

 となると、必然的に数十秒待った辺りでしびれを切らすのは当然であろう。

 ミミはこの目の前で人殺ししそうな顔をしている男に勇気を振り絞ってもう一度名前を聞くことにした。彼女はもしかしたら聞こえなかったかもしれないと思ったのだ。


「あなたのお名前は?」

「……………………」

「言葉が通じていないのかしら?」

「……………………」


 反応なし。

 彼女は彼の聴力に問題があるのかと思い、無口魔王の頭に直接声を送ることにした。


 <あなたのお名前は?>

 <……………………>


 こちらも反応なし。

 脳内に直接声を届ける場合、例え相手と使っている言語が違っても魔術が勝手に翻訳してくれるはずなので、言葉が通じないなんてことはありえないはずだった。もちろん、聞こえないということもありえない。

 

 ミミはこれらから、自分が目の前の強面野郎に無視されていると判断した。

 彼女にとってはこれは屈辱的なことだった。ミミは誰もが認める美女。男に声をかけようものならコンマ一秒で返事が帰ってくるレベルなのだ。だから、過去一度も無視をされた、なんて経験はなかった。

 ミミは自分が怒っていることを見せつけるために体を震わせる。

 もちろん、これしきのことで怒ったりはしない。これは彼になめられないためのポーズである。心の中では『恐ろしい顔をして美女である私を無視。……中々面白い男じゃない。いいわね』と思いながら少しだけ顔を赤くしていた。何が面白いのかは本人以外分からない。

 リンの方は、相変わらず優しそうな表情を変えずに胸をときめかせていた。中々肝が座っていて好感がもてる人ですね、と思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る