7 最後の会議
「ヒドイ目に合った・・・・・・・・・」
「自業自得だな。ま、これに懲りたら滅多に他人使って実験せんこったな」
縁側で項垂れている泰平に、彼の式神大内左馬介政義が忠告する。
『それでもアイツよりかまだマシだと思うぜ?』
そう言って政義が指差した方向には、恋人達子を始めカズガノミコト、瑞穂、沙奈江になすがままにされている親友龍二の姿があった。
彼は悟ったように諦めた仏のような表情で時が過ぎるのを待っているようだった。
もしくはたれぱんだのようにリラックスしきった彼を見た尚香と趙香がいたく気に入ったようで、達子らと一緒にじゃれ始めた。
「・・・・・・そうだね」
『けど相手が龍二や達子だったから良かったものの、他の人だったらお前、晶泰の旦那からどんな仕打ち受けたか分かったもんじゃねぇぞ』
「うい」
「ちゃんと反省しとけ」
「うい」
政義はそこを離れたが、一つだけ言っていなかったことがあった。
(まさか旦那が「アイツらなかなか似合ってたから、今度その筋の仕事全部アイツらに任せようかな」なんて言ってたことは、口にすまい)
知らぬが仏、だった。
「にゃ~~」
龍二の緩みまくった惰声はそんな彼の心情を表しているかのようだった。その顔は悟りを開いた賢者か、もしくは諦めの境地に達した愚者である。
さて、オオクニヌシを始めとした大人連中は彼の部屋に集まって最後の会議を開いていていた。
「いよいよ魔族の本拠地に攻め込む。忌憚のない意見を聞きたい」
魔族の重要拠点アマガハラを陥落させたことで、敵にまわっていた同族の一部が帰順した。これにより、アマガハラとその周辺を領することが可能となり、ゼウスの国領に進攻することが容易になった。
「薄情な奴らなこった」
進藤龍彦は苦虫を噛み潰した顔で外を見た。
「まぁいいじゃないか親父。今はないよりかマシさ」
確かに、アマガハラ陥落に比べれば些細なことかもしれない。が、龍彦は得心することができなかった。
(奴らには少し脅しをかけておくか)
それで手なずけるしかないと感じた。無論、彼らには黙ってだ。
「こうなった以上、ゼウスは全勢力を持ってアマガハラを奪還しにくるか、直接この地に攻め込んでくるだろうよ」
龍造が静かに言う。恐らくそれが妥当な所だろう。魔族が全力で来ればこちらに太刀打ち出来るだけの力はなく、相変わらず戦力差の溝は埋まっていないのだ。
しかし、勢いは神族側に来ている。この機を逃すことはできなかった。
「俺達は二手に別れた方が良さそうだな」
「そうですね。そうしていただけると助かります」
龍彦はそう言ってオオクニヌシに顔を向ける。その時、フツヌシが挙手した。
「龍彦殿。差し出がましいようですが。これは我らの問題故、我ら全員で明日は攻め入りたいのだが…」
「フツヌシ殿。それは私から言おうとしていた所です。貴殿らには、これまでのこともある故、存分に暴れてもらいたい。ただ、俺達も手ぶらじゃいれないからサポートはさせてもらう」
元々これは彼らの問題であるから、龍彦達には関わりのないことであるが、関わった以上、最後までとことん付き合ってやるのが進藤の人間であった。
「晶泰と知介、成良は置いていく。俺と龍造はオオクニヌシと共に行く。南雲一行、未奈、安徳、泰平、劉封、劉禅、関平、呉の将達をここの守備に回す。孫、瑞穂、沙奈江、明、萌、星彩、趙香、魏・蜀の将達は俺達と来てもらう」
編成を聞いた龍造が疑問を呈す。
「親父、偏りすぎてないか?」
「目的はゼウスを討つことだ。これでも足りないくらいだぞ」
「しかし」
ふん、と龍彦はせせら笑った。
「大陰陽師安倍晴明を先祖に持つ陰陽大家後藤家の当主晶泰と嫡男泰平にその傍系の池田、この進藤の血を分けた戸部に佐々木の倅、数多の戦を生き抜いた呉国歴戦の猛者共がここを守るんだぜ龍造? 十分だろ?」
確かに、守る点で言えば攻守に優れた土御門系後藤流陰陽術は適していると言える。更には周瑜や孫権ら古の世で活躍した武将達が攻を補う形だ。
龍彦はオオクニヌシに眼で合図を送る。これでどうかなと問うている。
「お任せします」と眼で語った。
コウフラハは自室でボケッとしていた。何も考えず───とはいかないが、取り敢えずボケッとしている。
『何ボケーッとしてやがる』
「・・・・・・何かボーッとしてたい」
コウフラハは誰かと話していた。
『そろそろだぞ。覚悟を決めとけ』
「そう、だね」
ぼそりと呟く。
その時は近いうちに来る。それまでに己の覚悟を決めねばならない。
ふう、とコウフラハは息を吐いた。
「いつからいたんです? 未奈さん」
「・・・・・・ずっといたわよぉ?」
モフッと黒淵未奈はコウフラハに抱き着いた。ふくよかな胸であった。
「おかーさん達も忘れないでね?」
「ごめん忘れてた」
「あら、失礼な子ね」
コウフラハは殴られた。
「それで、コウちゃん覚悟は決めたの?」
イザナミが訊くと決まったと彼は言った。
「僕はお父さんと戦うよ」
本心は戦いたくないし、戦いなんてないほうがいい。けど、きっと父はそうすることを望んでいる、そう思った。
「後悔しないわね?」
アマテラスの顔がその時一瞬だけ母ミナツキノヒメに見えた。
「うぃ」
「そっか」
未奈は彼の頭を撫でた。それからギュッとした。
「で、コウちゃんは誰と話していたの?」
ズズッと三人の顔が寄ってきた。
「えっと、それは・・・・・・・・・」
コウフラハは顔を反らした。
「ミシェルビッチが討たれたか。ミカエル」
「はい。アマガハラも陥落したとのことです」
腹心ミカエルから報告を受けたゼウスは椅子に深く座り直した。
まさか前線基地のアマガハラが神族に奪われるとは思ってもみなかった。たとえそれが人間の力を借りたものであっても、実力は認めねばならない。
ゼウスはミカエルにミシェルビッチを討った相手が誰なのかを問うた。ミシェルビッチは魔界では知らぬ者がいないトップクラスの実力者である。それを斃したとなると、相当な力を有していることになる。
「噂によればあの少年とか」
「そうか」
ゼウスは虚空を見上げた。
ミカエルは黙っていた。実は彼、ゼウスに秘密にしていることがあった。
数時間前に遡る。
ミカエルはゼウスの部屋の前でウロウロしているアキレスを見つけた。
「何してんだアキレス?」
「あ、あぁ、ミカエルか」
彼らは昔からの大親友であり、アキレスはミカエルの理解者の一人でもあった。
「ゼウス殿に報告するんだろ? 何を躊躇う必要がある?」
「えっとだな・・・・・・・・・」
どうも歯切れが悪い。
「こっちこい」
ミカエルはアキレスを自室に誘った。
「すまんなミカエル」
アキレスはどっかり椅子に腰掛け、深く息を吐いた。
「それで、何であそこでウロウロしてたんだ?」
「あぁ。俺達が負けて、アマガハラが盗られて、ミシェルビッチが討たれたのは知ってるな」
「あぁ。聞いている」
「当然、奴を討った者も知ってるな?」
「無論だ。確か・・・・・・龍二、と言ったか」
その少年がそう呼ばれていたのを以前聞いたことがあった。どうもオオクニヌシの知り合いらしい。
それくらいなら何でアキレスはあんな所をウロウロしているのか皆目検討もつかなかった。
「それがどうした」
「あの少年は何なんだ?」
突然アキレスは眦が裂けんくらいに見開いた。が、ミカエルはその意味が分からなかった。
「奴の中にはいくつ魂があるんだ?」
「・・・・・・あぁ」
それを聞いてようやく合点がいった。
異界から来た彼らの中で唯一特異な存在だったのがあの少年だった。
通常、人間は一つの
しかし、あの少年は少なくとも自分を含めて四つの魂と共存していて、争うことなく身体を使いあっているという自分達の常識を盛大にぶち破ってくれた。
「───お前、あの少年の中にある魂、四つだと思ってるだろ?」
唐突にアキレスが訊いてきた。
「ああ」と当然のように答える。
「それ、違うぞ」
アキレスは言った。
「は・・・・・・・・・っ?」
「『五つ』だ。あの少年の中には五つの魂が混在してる」
「おいおい・・・・・・・・・」
ちょっと待てよと口を挟みそうになるが、次の一言でミカエルはそれすら忘れた。
「しかも、〝五つ目の奴〟の力は俺達は勿論、ゼウス殿やオオクニヌシのそれを遥かに凌駕する」
そしてアキレスは自分とその少年の戦いの一部始終を詳細に語ってくれた。
「・・・・・・・・・」
沈黙した。彼の語るところでは、その少年は実力の半分もだしていなかったらしい。
「底知れない力の持ち主だった。戦っていて楽しかったが、つらい」
とまぁ、そんなことがあった。
この時彼はぼけぇっとしていた。
「ミカエル」
はっとすると、ゼウスはヌッと顔をギリギリまで近づけていた。「わわっ」と彼は慌てて一歩引いたのでバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「な、何ですか?」
「頼みがある」
その時の彼の顔は真剣そのものだった。
「zzz・・・・・・zzz・・・・・・・・・」
部屋の主龍二は惰眠を貪っていた。決戦の日は近いということで、今のうちに寝れるだけ寝ると公言して、まさに実行中であった。
それを眺めているのは、彼の中の住人達である。顕現して主を見守っている。
「むにゃ・・・・・・どんどん食えやこらぁ・・・・・・むにゃむにゃ」
何とも心地好い寝顔だった。
「コイツ、夢ん中で料理作ってんのかよ」
「いいじゃないか。主殿の束の間の休息ってやつさ。好きにさせろよ」
ふふんと紅冥龍は龍二の頬を突いて遊んでいた。
「にゃ~♪」
猫そのものだった。
「可愛いものだ」と言ったのは前世である宗十郎龍将である。
「さ、無駄話はこれくらいにせい」
長老格の伏龍が言うとぴたりと止まった。
「わしらはこれから敵の本拠地に乗り込むのじゃ。対策の一つや二つ話し合うのが普通じゃないか?」
「まぁ、対策はあっても困るもんじゃないしな」
伏龍は己が主が主力として期待されているだろうと自身の見解を述べた。反対する者はいなかった。
しかし、と伏龍は座している面々を眺めた。
「『将軍家最強の守り刀』に『時の龍』、『紅蓮の龍王』に『狂龍』。何とまぁ壮大なメンツが揃ったものじゃな」
いるのは、その時々で最強の名をほしいままにしてきた実力者ばかりである。
「主役はあくまで神共よ。わしらは脇役に徹すべきじゃ」
「それが打倒だろ。でしゃばるのはよくねぇわな」
「その分、雑魚相手に存分に暴れてやんよ」
「俺達はなるたけオオクニヌシらが
そこで問題は宗十郎龍将の存在である。彼の存在を知るのはここにいる三龍とアキレスだけである。
「まぁそれとなくアドバイスくらいするさね」
「まぁそれならよいか」
正直な気持ちを言えば、進藤家史上一二を争う最強の武人である『鬼相模』一人いれば、相当楽な展開が予想できるわけだが。
「面白みに欠ける」
と龍将は吐き捨てた。
「成長するからこそ人間は面白いんだよ。ま、ここじゃ神になるがな。それでなくても、これは奴らが解決せねばならぬ問題だ。部外者の俺達がとやかく言ったりでしゃばる筋合いはねぇ」
「ふふん成程。それもそうじゃな」
「宗十郎。お前いいこと言うねぇ」
ケラケラと紅冥龍が笑う。
「さて、すまぬがちょいと座を外すぞ」
どこへ行くと龍将が問えば、バカ共の所と応えた。
「あのバカ共も来るのじゃろう? なら、余計なことせんように言うておかねばな。ただでさえ破天荒神出鬼没の童共じゃからな」
手をひらひらとさせて伏龍は部屋を出た。
「なら、俺はオオクニヌシらの会議に参加するとするか」
「おい紅。俺も混ぜろ」
紅冥龍と紅龍はぞろぞろと部屋を出る。
「・・・・・・俺は戻るか」
宗十郎龍将は龍二の中には戻っていった。
その頃、神族一同は集まって魔族の本拠地スミノサマカ侵攻作戦について話し合っていた。
「邪魔するぞ~」
と不躾な挨拶で入ってきた二人を彼らは蔑むような眼で睨んだ。
(あらあら、嫌われてらぁな)
(いやいや今のは百パーアンタの態度が悪い)
軽いツッコミを紅冥龍に入れる紅龍は、列席者の中に見知った人物を見つけた。
「紅龍か。こっちこい」
彼らを手招きするのは龍造と龍彦である。
「ん? 紅龍。コイツ誰だ?」
「俺は紅冥龍。こーめーって呼んでくれや」
その後二人は会議に加わった。
魔族の本拠地スミノサマカに行くにはアマガハラから二、三の町を越えて行かねばならないのだが、そこにはゼウス直属の部下が待ち構えている。その実力は神族幹部クラスに匹敵する。
「そいつらの撃破は俺達が引き受ける。お前らには無傷でスミノサマカまでたどり着いてもらわねぇと困るからな」
龍彦が告げる。
「お任せしても?」
「任せるも何も、まさかお前らは満身創痍で奴らに挑むつもりか?」
「だな。オオクニヌシ殿、ここは進藤殿の好意に甘えては如何?」
「しかしだなぁ」
前段階で納得したはずだったが、いざそれが近づくにつれて果してそれで本当に良いのか分からなくなってきてしまった。
「オオクニヌシ。お前だって彼らの実力は知ってるだろ? なら任せちまえよ。適材適所と言うものだ」
イザナギが笑う。龍彦が続く。
「さっきも言ったが、今回の作戦はお前らが〝主役〟だ。〝主役〟のお前らに潰れてもらっちゃ困るし、この問題はお前ら自身で解決せねばならん。イザナギの言う通り、お前はゼウスのことだけを考えろ。後のことは一切合切俺達に任せろ。なに、お前が思うほど、俺達人間はやわじゃねぇよ」
クククと彼は腰の太刀を抜いた。
妖艶に輝く刀身のそれは、どこか『龍牙』を髣髴させる。しかしこの刀は『龍牙』ではない。『龍牙』を基に、龍彦が新たに打ち直した
銘を『藤朝臣進藤龍将 号・
「・・・・・・分かりました」
「そういうわけだ紅龍。早速これに書いた奴ら集めてくれ」
ヒョイと投げて寄越した紙を受け取り、中を見てから、おうと応えて紅冥龍を連れて部屋を後にした。
「オオクニヌシ邸守備軍総大将は晶泰に任せる。遠征遊軍は俺と孫、子龍、元譲・妙才に分けて各々お前らを援護する。他はまた別に考える」
「分かりました」
「編成は任せる。決まったら知らせてくれ」
そう言って龍彦は部屋を出た。
藤宮明は、相棒の
「集まったな」
呼びつけた張本人である龍彦は真昼間から酒を喰らっていた。
「さ、それじゃ俺達も決めるもん決めようや」
とは言ってるが、実際龍彦の頭の中で既に編成は決まっているわけだが、それはそれである。
「まず・・・・・・孫、子龍殿、元譲殿、妙才殿、お前ら部隊の隊長な。異論は認めないからそのつもりで」
「それはまたえらく急なお話で」
「文句はあるまい。ある程度やってくれたら後は好き放題暴れてくれて構わないぜ」
「よし、アタシやる!」
なんか眼から炎を出してやる気に満ち溢れている御仁が一人。
「姉者ぁ」
うなだれる妙才だった。
「よしよし結構結構。さて、それで、明と萌に沙奈江に瑞穂を分けるとして、魏と蜀の猛者共も分けーの、ほんで───」と勝手に決めていった。
そうそうと龍彦は泰平を見た。
「安徳と泰平に未奈、劉封、劉禅、関平、南雲とその一行に呉の猛者達はここの守護な」
「───」
「はーい」
「俺達が勝ってもここが取られちゃ負けも同じだ。守備大将は晶泰だから安心しろ」
「何だ、暴れられねぇのか」
「そういうな伯符殿。ここに攻め入る連中はゼウス直属の精鋭である可能性が高い。つまり強敵揃いというわけだ」
ニヤニヤする龍彦。
「なら引き受けた!」
孫策はやる気になった。
「公謹殿。伯符殿のお守りは任せた」
「任せて」
「砕達もしっかりやってくれ。死なすなよ」
「任されてやるぜ龍彦。コイツらのことは俺達が全身全霊をかけて守ってやんよ」
「頼むぜ。しくじったら〝総長〟にチクるからな」
「龍彦様お願いしますそれだけは勘弁してください」
豪龍達がブルブルと震えていた。
「ま、それはさておき」
龍彦は集まった一同を見据えた。
「死ぬな」
それだけ言った。それだけだったが彼らの心に強く響いた。
「作戦まで休息しろ。これが最後の戦いになる」
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