掴む小さな手


 闇人の登場に俺は剣を抜こうとすると、胡散臭そうな顔をしながらグラドラスが止めてくる。


「くくくっ、心配ないよ。彼女の首付近を見ると良い」


 俺はそう言われ警戒しながらもアリスの首付近を見ると、隷属の首輪が付けられているのが確認できた。


 ……闇人を奴隷化したのか。

 しかもプレート部分にはロゼリア文明文字が刻まれてるな。

 なるほど、グラドラスが何か実験しているということか。

 しかし、何処で見つけたんだ?


 俺が探る様な目でグラドラスを見るとニヤニヤしながら喋り出した。


「彼女は魔王のダンジョンから出てきたところを捕またんだよ。格好に関しては僕は道化師を連れて歩く趣味はないんでね」


「なるほど、情報源はこいつか」


「まあ、彼女だけじゃないんだけど、やっとこの魔導具が完成してね。色々情報を聞き出した結果、ロトワール王国にあった魔核の奪取は魔王がやられたら発動する仕組みになっていたみたいんだよ。ちなみに指示をしたのはダイヤのクラウン、ステフだそうだ」


「他の魔核は何故狙わなかった?」


「クラブは過去に英雄にやられ、スペードはスノール王国でやられ、ハートはレオスハルト王国に行く前に僕に捕まったって感じだね」


「……なるほど。スノール王国の闇人はそんな任務もあったのか……。それで魔核を使って何をするつもりなんだ?」


「それは彼女も知らないらしい」


「本当か?」


 俺はアリスを睨むと顔を近づかせながら満面の笑みで返してくる。


「はいいいぃぃーー!」

 

「……やれやれ」


 俺は溜め息を吐いた後、グラドラスにレスターの研究ノートを渡してやる。


「これは?」


「レスターの研究ノートだ。魔核の実験結果が色々と書いてある」


「なんだと⁉︎」


 グラドラスは驚いた表情を浮かべた後、研究ノートを食い入る様に読み出す。

 その為、俺は時間潰しに何か本でも読もうかと思っていたらアリスが声を掛けてきた。


「ご主人様のお友達さまああぁ、紅茶飲みますううぅーー⁉︎」


「いらん、何が入ってるかわからんからな」


 俺が素っ気なく言うと研究ノートを読んでいたグラドラスが顔を上げて突然、指先に魔力を高めた。

 するとアリスの首輪に刻まれたロゼリア文明文字が淡く光り、その瞬間アリスの雰囲気が一瞬で変わったのだ。


「お客様、毒などは入っていませんので安心して下さい」


 アリスは丁寧に頭を下げた後、俺を見つめてくる。

 その表情には先程の狂気さはなく、知性と品格があった。

 その為、俺は思わずグラドラスを見るとニヤッと笑った後、アリスの首を指差す。


「アリスの付けてる首輪には闇の力の副作用みたいなものを一定時間抑える力があるんだ。ちなみに彼女はかつて王族の侍女をしていたらしいから入れた紅茶の味は一級品だよ」


 グラドラスがそう説明するとアリスが再び俺を見つめてきたので仕方なく頷く。


「……わかった。入れてもらおう」


「かしこまりました」


 アリスは再び丁寧に頭を下げると部屋を出ていった。


「グラドラス、お前とんでもないものを作ったな」


「まあ、僕ほどの存在になればあんなものといいたいが、あれを作るのは大変でね……。魔力回路が複雑で、おそらくもう作れる気がしないよ……」


「お前がそこまで言うのなら量産化は難しいか……」


「おっ、他の闇人も治したいと?久しぶりにお優しい我らが勇者様の顔が出てきたか」


「茶化すな……。それよりレスターの研究ノートを見てどう思う?」


「魔核が魔王を作り出す鍵ってのは僕も賛成だね」


「なるほど、ちなみにレスターは今、行方不明なんだが居場所はわかるか?」


「いや、知らないね。彼とは是非、この件で話し合いたいと思ったんだけど残念だな……」


「じゃあ、ノリスの爺さん頼みか」


「ノリス殿か。僕の方でも当たってみるよ。ところで魔核について危険な事がわかったわけだけど、何故魔王のダンジョンに持っていくんだろうね?」


「魔王ラビリンスに魔王になる方法を聞きに行くのか魔核に耐えれる魔族を探すかしか思い浮かばないな」


「ふむ。なら結局は調べに行くしかないな」


「進軍に参加するのか?」


「いや、別行動するよ。こっちは案内人がいるんだからね」


 グラドラスがそう言うと部屋に戻って来たアリスを見つめた。


「こいつに案内させるのか?」


「ああ、アリスにある方法を使ってもらって近道を探せる。まあ、その為には条件がいるけどね。だから、キリクも戦闘を回避しながら潜れるよ」


「……俺を巻き込むなと言いたいが、依頼があるからな。だか、本当に大丈夫なんだろうな?今の俺は本当に役立たずだぞ」


「そこは何とかフォローするよ。それに今、キリクの力をどうにか取り戻せないか考えてる最中だから期待してくれ」


「別にそんな事をしなくても良いんだがな……」


 俺がそう言うとグラドラスは鼻を鳴らし、お手上げのポーズをする。


「勘違いしないで欲しいが君に死んで欲しくないからやってるわけじゃない。中央の件で手伝って欲しいから力を取り戻して欲しいだけだよ」


「……それを聞いたら余計、力を取り戻したくなくなったぞ」


「何言ってるんだ。僕以外に君に生きて欲しいと思ってる人達がいるだろう」


 グラドラスにそう言われた瞬間、俺はすぐにサリエラの顔を思い浮かべてしまうが、その瞬間、俺の腕を掴む小さな手を見て我にかえる。


「……俺が必要ないと思っているから良い」


 俺がそう答えるとグラドラスは、俺をジッと見て来たがそれ以上何か言ってくる事はなかった。

 そんな重くなった雰囲気の中、アリスが紅茶をテーブルに置きながら俺に笑みを浮かべてきた。


「お客様はずいぶんと闇に魅入られてますね。とてもとてもとても……素敵ですわ」


 最後の方は俺の耳元で囁きながら離れていったので、すぐに俺はグラドラスを睨む。


「……グラドラス、あの首輪はちゃんと機能してるのか?」


「……もう効果が切れかけてるだけだ。一度切れたらしばらくは気狂いのままだよ」


「なら、そうなる前に退散するか」


 俺はそう言うと紅茶を一口飲んで立ち上がる。

 すると、若干慌てたグラドラスが声を掛けてきた。


「キリク、魔王信者とダンジョンの件、もう少し練った後に連絡を入れるよ。後、穢れた血縁者だが、ダークエルフには気をつけろ。情報にはないが関係はしてるはずだ」


 グラドラスがそう言って来たので、手を軽く振りながら部屋を出るが、ついでに入り口近くにいたアリスに声を掛けることにした。


「確かに一級品の香りだった」


 俺がそう言うとアリスはニタァッと笑い舌舐めずりしたので、俺は溜め息を吐きながら宿を後にするのだった。

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