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「気分を変えましょう! というか当初の目的を忘れていました!」


 サリエラはそう言うと歌い終えて各テーブルを回っている吟遊詩人を呼び寄せた。


「はいはい、何を歌いますか?」

「勇者アレス様のもので何かありますか? あ、西側でしか聴けないもの限定で!」

「お客さん、もしかしてこちらで詩を聴くのは初めて?」

「はい、そうなんですよ。何がお勧めなんでしょう?」

「メジャーなものですと、やはり順番に聴くのが一番でしょう。ちなみに、血塗れの騎士、戦場を駆ける雷帝、アルマー領の真の王、勇者誕生の瞬間、勇者と魔王剛腕のイシュカの戦い、去りゆく勇者の伝説、これが基本的な順番になりますね」

「全部ってできますか? 上乗せもしますので!」

「はい。それなら楽器を増やしますか?」

「ぜひ! お金なら大丈夫ですからお願いします!」

「わかりました! では、すぐ声をかけてきますね!」


 サリエラから前払いでかなりの額をもらった吟遊詩人は笑顔で仲間を呼びにいく。その様子を楽しそうに見つめながらサリエラが声をかけてくる。


「楽しみですね、キリクさん」

「……そうだな」

「ところで詩のタイトルになぜアレス様の名前が入らないんでしょうね?」

「……ここでは名前が入っていない詩はたいがいアレスの詩になるからだ」

「さすがは我らが勇者アレス様! ああ、西側に来てよかったって、キリクさん始まりますよ!」


 サリエラは忙しく俺の服を掴んでゆする。俺は仕方なく視線をステージに向けると楽器を持った複数の吟遊詩人が現れ、一斉に頭を下げた。


「皆様、これから勇者様の歌を順に歌っていきます。良かったら聴いてください。後、前に箱が置いてありますので良ければチップをお願いします」


 吟遊詩人達はもう一度頭を下げると音楽を弾きはじめた。

 すると、酒場内はしんみりしたムードから一転、明るいムードに切り替わり客はエールや酒類を頼みだしたのだ。


「やっぱり、勇者の歌はエール片手に聴くのが一番だな!」

「例のところがきたら俺は叫ぶぜ!」


 客は酒が入ったジョッキを片手に吟遊詩人の歌が始まると鼻歌や手拍子をする。それが良い意味で歌に合い酒場内は盛り上がった。

 まあ、俺以外はだが。


 やれやれ。


 俺は溜め息を吐くと歌に夢中になり手拍子しているサリエラや客達を見る。それから壁に貼られた勇者アレスの絵を見つめた。


 良かったな。お前は誰もが尊敬される勇者様だ。だから、そっちへ行ったら少しは労われよ。


 俺はコップを掲げて目を細めるのだった。



 あれから全ての曲を聴き終わった俺達は場が盛り上がっている最中なのに宿へと戻っていた。まあ、原因はもちろんサリエラである。

 

「うーん、アレス様あ」


 現在、ベッド上で俺はサリエラに力強く抱きしめらていた。もちろん抜け出す努力はした。だが、俺の力ではサリエラに歯が立たないのが現実だった。


 やれやれ……。なんてバカ力なんだ。


 俺はサリエラに頬を舐められながら溜め息を吐く。しかし、すぐにサリエラのことが心配にもなってしまう。加護無し根無し草の俺なんかと一緒にいることに。


 まあ、気にしてはいないのだろうな。


 日頃の態度を思い出し俺はそう思っていると、サリエラが寝ぼけながら今度は俺の耳を噛んできたのだ。


「アレス様ーー、あれ美味しいですよお」


 俺は顔を必死にサリエラから離す。


 全くどんな夢を見てんだ……


 俺は横目でサリエラを見ると幸せそうな表情をしていた。俺は呆れながらも頬が緩んでしまう。

 だが、同時に思ってしまうのだ。やはり、サリエラからは離れようと。そして、その先をそろそろ考えようと。

 俺は目を閉じ考えようとしたその時、耳元で声が聞こえた。


「キリクさん……」


 俺は視線を向ける。サリエラは目を閉じ涎を垂らし口をもごもごさせていた。俺は溜め息を吐く。


 まずはこいつの事をどうにかしてやらないとな。


 そう思いながら何かないだろうか考えていたら、収納鞄に入っているノートを思いだす。俺が勇者時代からキリクとして活動するまでに書き留めておいたものだ。

 あれがあれば冒険者や錬金術に関して基本的なことから応用までわかるはずだと思ったのだ。俺は自信を持って頷いた。


 勇者である事がわかってしまう箇所は消してから渡せば俺がもう教える必要はない。

 これで、サリエラは俺みたいな奴から離れられる。


「サリエラ……」


 俺はなんとか片手をサリエラの頭に持っていき撫でる。


「う、うーん、えへへ」

「……これでお前も一人前になれるな」


 俺はサリエラそう言った後、目を瞑る。そして眠りの世界へと落ちていくのだった。



 要塞都市アルマーに着いてから数日経った。今日は獣人都市ジャルダンから来た客人と接触する日である。

 そんなわけで俺はいつもの冒険者の格好ではなく、正装してパーティー会場に向かっているところだ。


「キリクさん、いえ、コール様の今日のお姿、とても素敵ですよ」


 サリエラは俺の着ている落ち着いた色の草花が刺繍された黒い服を見て微笑む。それから肘で突いてきた。仕方なく俺は口を開く。


「……サリー、君の姿もとても似合っているよ」


 俺はそう言いながらサリエラを見る。確かに黄色い宝石が散りばめられた薄い緑色のドレスはサリエラ扮する、コール辺境伯の婚約者サリーに似合っていた。

 ただし、肩と胸元がかなり出ており、正直、目の毒だったが。しかし、サリエラは気にしてない様子で黒い花の形をしたバレッタを見せ微笑んでくる。


「見て下さい。この髪に付けているバレットでコール辺境伯の婚約者とアピールできますよ」


 そして俺の腕に手を絡ませてきた。正直、一瞬だけ見惚れてしまったが、すぐ演技である事を思いだし俺は腕を解く。


「……サリエラ、俺達がやるべき事はパーティー会場でのブレイスのフォローと、獣人都市ジャルダンから来る客人を探しだして接触することだ。あまり余計な行動はするな」

「わ、わかってますよ……」


 サリエラは口を尖らせ何か言いたそうにするが、俺は目を合わせない様に横を向く。

 本音ではサリエラにパーティーを楽しませてやりたい。だが、マルーの事を考えるとこれからの行動は失敗できないのだ。


 勇者パーティーが動いているとはいえ、相手は元英雄に魔族、そして裏にまだ誰かいるはずだ。

 念には念を入れないといけない。まあ、その前に……


 俺はパーティー会場である煌びやかな大広間を見る。そして時には魔族よりも厄介な貴族を。

 案の定、サリエラを伴いながらブレイスと共にパーティー会場へと足を踏み入れると好奇の視線が飛んできた。

 特に隣りにいるサリエラはなおさらだった。


「う、美しい……」

「どこかの姫君じゃないか?」

「あんなに綺麗なエルフは初めて見たわ」


 連中の視線が気になったのか、サリエラは少し恥ずかしげな表情で俺の方に身体を寄せてくる。

 その為、今度は俺の方に連中の視線が飛んできた。


「なんだ、あいつは……」

「ちっ……」

「なかなか良い男じゃないの」

「えっ? あ、あいつなんかより俺の方が……」

「羨ましい羨ましい羨ま死……」


 どうやら、色々と言われているみたいだが、そこまで悪い感情はないようだった。

 とりあえず、変に声をかけられないよう隣りにいるサリエラに頑張って作り笑いを浮かべる。

 するとサリエラは顔を真っ赤にして俺に密着するぐらい身体を寄せてきた。それが良かったらしい。周りの連中はあきらかに落胆した様子を見せ離れていったからだ。


 これで俺とサリエラに声をかけて来る連中は少なくなるだろう。


 俺は少し離れた位置にいたブレイスを見る。既に何人かの若い貴族女性に声をかけられているようだった。


 あっちも大丈夫そうだな。そうなると……


 俺はパーティー会場をゆっくりと見回す。すぐ今回の目標を見つけることができた。


 あれか。なら早速始めさせてもらおう。


 俺はサリエラを伴い目標に声をかける。


「その着ている服はキモノですか?」


 俺は別大陸で主流の服を着た人物に話しかける。すると、その人物の兎の耳がピクッと動き、面白いものを見るような目で俺を見返してきた。


「あら、ご存知ですか? ええと……」

「私はスノール王国から来ました辺境伯のコールと申します。隣りにいるのは婚約者のサリーです」

「サリーと申します」


 すると目の前の人物は顔の下半分を隠した扇子をおろし微笑んできた。


「これは遠路はるばるご苦労様です。わたくしは獣人都市ジャルダンから来ましたリズペット・ツキカゲと申します。よく、この服に関してご存知でしたね」

「何を言ってるいりのですか。キモノは有名ではないですか」

「ふふふ、ご冗談を。このパーティー会場の大半は知らなかったですよ」

「仕方ないですよ。ここにいるのはまだまだ知識がない若い者達ですから」

「あら、あなたもずいぶんと若く見えますけど……。隣りの方がエルフということはもしかしてあなたも?」

「あなたのご想像にお任せします」

「ふふふ、面白い方ですね。それでわたくしに何様でしょう? お相手はいるようですから、このパーティーには別の目的で来てるのでしょう?」

「ええ、私の目的は友人の相手探しの手伝いと……。獣人都市ジャルダンのお客人とお近づきになることですね」

「……へえ、コール辺境伯様は変わった方ですわね」


 リズペットは目を細め俺を値踏みする。そこで、俺はブレドから預かっていた手紙をリズペットに渡すと読んだ彼女は驚いた表情を向けてきた。


「……驚きましたわ。これは本当……いえ、この印と封書は間違いなくスノール王国のものですね。そちらの要求はなんです?」

「二つあります。一つは交易、そしてもう一つは私達を獣人都市ジャルダンに招待することです」

「一つ目は願ったり叶ったりですわね。ただ、もう一つは目的がさっぱりわからないのですが……」


 そう言うとリズペットは目を細めながら再び俺を値踏みする。

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