三章

西側へ

49


 馬車がスノール王国を出てから数日経った。

 現在、俺達は西側に入る手前の町、ヒョールに到着しスノール王族専用の屋敷で身体を休めていた。

 ちなみにこの数日間で俺とブレイスは気さくに話す仲までになっていた。そして、今は俺が休んでいる部屋で寛いでいるところだ。

 そんなブレイスに俺は声をかける。


「確かブレイスは剣術師の加護持ちだったな」

「ああ。だから大剣でもいけると思ったんだがやはり俺の体格じゃ駄目だったらしい」


 ブレイスはお手上げのポーズをするが俺は首を横に振る。


「まだ成長する可能性もあるだろう。だから諦めるのは早いんじゃないのか?」

「まあ、そうなんだが片手剣の方がしっくりきてな。だから、しばらくはこれでやっていくつもりだよ」


 ブレイスは腰に下げている剣を軽く叩き笑みを浮かべる。どうやら、片手剣が気に入ったらしい。


「なら、短剣も複数持っておくといい。投げたり使いこなせば二刀流もできるぞ」

「わかった。では、早速この屋敷内に短剣がないか見てくる。ありがとう、キリク」


 ブレイスは楽しそうな表情をしながら部屋を出ていくと本を読んでいたサリエラがこちらを向いた。


「ずいぶん、第二王子は印象が変わりましたね」

「そうか?」

「はい。私が最初にあった時は何だが悩みを抱えてる感じでしたけど、今はそれが取れてる感じです」

「方向性が見えたってことなのかもしれないな」

「なるほど」

「まあ、後は要塞都市アルマーで良い相手が見つかれば良いんだがな」

「それは本人次第です。それよりもキ、キリクさんは良い相手とか……見つけるつもりはないんですか?」


 サリエラは俯きながらそう聞いてくるがもちろん首を横に振る。


「俺は自分の事で精一杯だからそういうのは探す気もないし考えてない」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。それに加護無しで根無し草の冒険者なんか誰も相手にしないだろう」

「そんな事ありませんよ! キリクさんは素敵な方です! 加護がない事を気にしているなら……わ、私が、私が、私が……」


 しかし、サリエラは途中で黙りこむと顔を手で覆い俯いてしまう。そして、突然立ち上がると部屋の外に出ていってしまったのだ。

 俺は呆気にとられたが、しばらくして溜め息を吐く。

 

 やれやれ。戦いばかりの日々だったからこういう事にはどう対応して良いかよくわからないな……


 俺はそう思いながら近くに立て掛けてある剣を掴む。そして鞘から剣を抜き軽く振った。


「もう、大丈夫そうだな」


 俺は頷きながら刀身に映る自分の顔を見つめる。その目は咎めるように俺を見ている気がした。だから、俺は刀身に映る自分に向かって頷く。


「わかってるさ。あの日の約束は忘れない……絶対にな」


 俺はそう呟くと剣を鞘にしまい目を閉じる。そしてあの日を思い出しながら口元を歪めるのだった。



 翌日、俺達はヒョールの町を出て西側に入った。


「キリクさん、西側は魔王軍との戦いで酷い状態になってると聞きましたが今はどうなっているんでしょうか?」


 昨日の事はなかったかのようにサリエラがそう聞いてくる。まあ、俺もその方が都合が良かったのでそのまま合わせることにした。


「西側は剛腕の魔王イシュカ率いる魔王軍との戦いでほとんどの国が滅んでしまってる。しかも、倒し損ねた強い魔物が至る場所に住み着いてしまったから今だに何処も復興不可能な状態だ」

「じゃあ、人の住む場所はほとんどないんですね」

「ああ。現在、西側は要塞都市アルマーとアルマー領にある小国や街道沿いにある町、そして、まだ認められていない獣人都市ジャルダンぐらいしかない」

「そんなに少ないんですか……。ちなみに魔物ってどの程度の強さなんです?」

「場所によってはミスリル級からダマスカス級までいる。しかも群れでいるから出会うと大変だぞ」

「えっ、それ凄く危ないじゃないですか! それにここら辺に魔物がいつ出てきてもおかしくない状態って事ですよね⁉︎」


 サリエラは焦った表情で馬車の外を見るので俺は首を横に振る。

 

「安心しろ。ここら辺にプラチナ級以上の強い魔物は現れない。あれがあるかぎりな」


 俺は舗装された道の横に等間隔に立つ魔術文字が刻まれた支柱を指差す。だが、サリエラはわからなかったようで首を傾げた。


「あれはなんですか?」

「魔物避けの魔導具だ。あれが効果を発揮してる限り半径三十メートル範囲はプラチナ級以上の魔物が入ってこられないんだ」

「それなら安心ですね。もしかして町を囲う壁に使われたりする魔導具と一緒なんですか?」

「同じものと見ても良い。ただ、それだからこそ問題があるが」


 俺が指で輪を作るとサリエラは理解したらしく手を打つ。


「魔導具の維持費ですね。たしかにこの数は相当かかりそうですよね」

「ああ。だから通行料が金貨十枚取られるんだ。まあ、一部は冒険者を雇う為の依頼料などにも回されているがな」

「確かに避けるだけじゃなく狩って減らさないといけませんよね」

「だから、定期的に西側以外の冒険者を雇うんだ。アルマー領からは人手が出せないからな」

「大変ですね」

「だがその分、要塞都市アルマーは強固な守りで固められている。勇者パーティーが攻めてもきっと防げるはずだぞ」


 俺はそう言いながら要塞都市アルマーにいる騎士団を思い出す。彼らは俺に徹底的に鍛えられ大陸最強の騎士団にまでなったのだ。


 きっと今も地獄の特訓をしているだろう。何せあいつらはそれ以上の地獄を見たんだからな……


 俺は魔王軍に蹂躙された町や村を思い出していると、サリエラが目を輝かせながら覗きこんでくる。


「キリクさんって博識ですよね! 良かったらもっと要塞都市アルマーについて教えて下さい」

「まあ、古い知識になるが良いぞ」


 俺は頷くと昔の記憶を辿りよせながら口を開く。

 かつて要塞都市アルマーはアルマー王国領を守る砦の一つでしかなかった。だが、ある事がきっかけで砦を中心に街ができていき要塞都市になったのだ。

 ちなみにアルマー王国は要塞都市アルマーが完成すると同時に滅んでいる。

 まあ、その原因を作ったのは俺なわけなのだが、介入しなかったら今頃はアルマー領自体がなくなっていた。もちろんこの事を話すつもりはない。

 史実に基づいた内容のみをサリエラに話した。まあ、それでもずいぶん驚かれたが。

 

「アレス様が腐った貴族を魔王軍が攻めている場所に放り込み状況を理解させさせたですか……」

「ああ。半分近くは亡くなったらしいぞ」

「でも、改心した貴族は凄い良い人達に変わったんですね」

「元々、腐った王家に嫌々従っていた連中も多かったらしいからな。だから、改心した貴族は腐りきったアルマー王国を捨て、砦に移動して魔王軍と戦い始めたんだ」

「更には避難民も受け入れ、大きな壁を作り要塞都市を作り上げたと……。うー、私、アレス様の事をこんなに知らないなんて……」


 サリエラは悔しそうに頬を膨らませる。知らなかったのがよっぽどだったらしい。


 そういえばこいつも勇者アレスの信奉者だったな……


 俺は溜め息を吐くとサリエラに声をかけた。


「……まあ、仕方ないだろう。今話したことはアレスが勇者になる前の出来事だし、アルマー領で起きた事は他国の領地で本にしたり歌にする事を許可してないからな」

「えっ、どうしてですか? 絶対、人気でると思うんですけど……。あ、なるほど。知りたければお金を持ってアルマー領に来いですね」

「当たりだ」

「徹底してますね」

「まあ、アルマー領で取れる資源は他国領でも簡単に取れてしまうから、こうするしかなかったんだ」

「うー、そうなるとアルマー領には私の知らないアレス様の歌が沢山……。キリクさん、これは酒場に行くの決定ですよ!」


 サリエラは目を輝かせながらそう言ってくる。もちろん俺は首を横に振る。何せ俺の詩なんか聞いても面白くないからだ。

 すると、サリエラが俺の肩を揺すってきた。

 

「どうしてですか! 一緒に行きましょうよ!」

「やる事が色々あるんだ。ブレイスと行けば良いだろう」


 俺は窓の外をボーッと眺めているブレイスに視線を向けるとサリエラの眉間に皺がよった。更には顔を近づけ低い声で言ってきたのだ。


「えっ、何を言っているか全然わからないんですけど? キリクさん……一緒に行ってくれますよね?」


 俺は得体の知れない恐怖を感じ思わず頷いてしまう。サリエラはすぐに離れ笑顔になった。


「良かったです。私、楽しみにしてますね」

「……ああ」


 俺はそう答えた後に俯く。


 間違いなくダマスカス級ぐらいの覇気はあったな……


 そう思いながらしばらくサリエラとは顔を合わせないように俯いていると、ブレイスの声が聞こえた。


「うわ、なんだあれは……」


 俺は思わず顔を上げブレイスが見てる先に視線を向ける。そして口を開いた。


「西側の観光名所の一つ、龍の森と叡智の木だな」


 そう説明しながら俺も目の前に広がる広大な森と、その奥で天まで届くほどの高さに成長した巨大な木を見つめる。するとブレイスが驚いた表情をこちらに向けてきた。


「あの距離であの大きさだと山より大きいんじゃないか?」

「調査隊の報告では叡智の木の高さは千五百メートル、太さは三百メートルと言われ、龍の森から真っ直ぐ歩いて叡智の木に着くのに徒歩で最短十日はかかるらしい。まあ、現在は立ち入り禁止になっているから入れないんだがな」

「それってあの森が危険だということか?」

「ああ。まず強い巨獣がいる。それと龍種の痕跡もあったらしい」


 俺は思いだしながら説明する。何せ調査隊のメンバーだったからだ。そして、ダマスカス級の巨獣や魔物に何度も襲われ死にかけたのだ。

 まあ、主にある人物だが。それを思い出し俺は溜め息を吐いているとブレイスが身震いしながら口を開く。


「龍種までいるのか……。じゃあ、龍人族もいるのかな?」

「どうだろうな。この何百年間、彼らを見た者はいないらしいからな。もしかしたら海を渡って他の大陸に移動したのかもしれないぞ」

「確かにドラゴンやワイバーンに乗れば移動できるだろうな。けれど、なぜ彼らは突然いなくなったんだ?」

「魔神グレモスとの戦いに疲れたとか、人の醜い部分に嫌気がさしたとか言われてる。まあ、本当かどうかはわからないがな」


 俺が肩をすくめると、サリエラが手を上げてきた。


「中央に移動したとかではないのですか? あそこは魔王軍から一番遠い場所ですよ」

「残念だが中央が否定している。各国に手紙まで出してな」

「そうなのですか……。でも、あそこって隠し事が多いんですよね? 神々の争いにもほとんど絡んでこないですし」

「なんだ、本を読んだのか?」

「はい。しっかりと勉強してますよ。それで私考えたんです」

「何をだ?」


 俺がそう聞くとサリエラは自信ありげに口を開いた。


「神々の戦いに中央も巻き込まれていると私は思ってます。けれど、そこには人々には知られてはいけない何かがあって、それを隠す為に中央に関する話しがないのかと」

「なかなか面白い考えだな」

「えへへ」


 サリエラは誰もが見惚れるような笑顔をしたブレイスは鼻の下を伸ばしてしまう。それに気づいた俺はサリエラに睨まれる前に助けることにした。


「ちなみにブレイスはどうだ? 中央に勉強しに行っただろう。お前の考えも聞きたい」


 俺が質問を投げるとブレイスはすぐに表情が戻り、真面目な顔で腕を組む。


「ええと、あそこは隠し事が多いからな……。俺もサリエラ殿の考えと同じだ。それに付け足すなら、魔神グレモスは中央にある異界の門ってのを狙ってるんじゃないかと俺は思ってる」

「……何故そう思う?」

「中央付近にはダンジョンがないだろう。あれって何か理由があってダンジョンが作れないんじゃないかと俺は睨んでるんだ。だから魔王は大陸の端から攻めてきてんじゃないか? 中央にある異界の門を狙うために……」


 俺は思わず腕を組み目を細める。それから感心しながら口を開いた。


「驚いたな……。ちなみにブレイス以外にそういう仮説を立てた人物はいるか?」

「いや、中央は中央、外部は外部って考えの連中が多かったからな。多分、俺だけじゃないかな?」

「そうか……」


 俺は組んだ腕を解きブレイスを見つめる。


「ブレイス、その考えはあまり他の連中に話すなよ」

「わかってる。中央に睨まれるからな」


 ブレイスへ笑みを浮かべて頷く。どうやら、俺が思っている以上に頭の回転が早いらしい。


 ステラ似ということか。


 俺はそんな事を思っているとサリエラがブレイスに声をかけた。


「第二王子、そんなに中央って危険なのですか?」

「いや、国としてはむしろ良いところだよ。しかも中央の技術力はどこよりも進んでいるから大陸一過ごしやすい場所なんだ。ただし立入禁止地域を調べようとしなければだけれど」

「もし、勝手に調べたらどうなるんです?」

「重い刑になる。他国の貴族や王族だろうが。だが、それでも素晴らしい場所だよ。特にローグ王国はね」

「へえ、ぜひ行ってみたいですね」


 サリエラは俺に顔を向けてくる。しかし俺は首を横に振った。


「……俺は行けない。中央に行ける条件がないからな」

「条件ですか?」

「冒険者ならアダマンタイト級以上、それに何かしらの功績を獲てないること。更に何処かの国の推薦状か中央の招待状がないと無理なんだ」

「面倒ですね……」

「ああ、だから基本的に冒険者は行けないと思ってもらっていい。ただし、結界師の加護を持ってるなら手ぶらで行けるがな」

「結界師? どうしてなんですか?」

「異界の門の周りに結界を張る為、結界師が沢山必要なんだ。何せ異界の門から出てくる強い生物を閉じこめないといけないからな」

「生物? 魔物じゃないんですか?」

「噂では、異界の門から出てくるのはこの大陸にいる人族や動物に似たような生物らしい。まあ、あくまで噂だから本当かどうかわからないが……」


 俺はそう話た後に昔の事を思い出す。一度、中央のローグ王国に行こうとしていたことを。何せ俺もブレイスと同じ考えに辿り着いていたからだ。

 だから、中央に行き魔王との関連を調べようとしたのだ。だが、当時は常に前線に出ていたことと気づいた時は北側の魔王討伐に行く直前だった。

 だから、悩んだ末に俺は魔王討伐を選んだのだ。


 いや、違うな。あの場所に本当は行きたくなかっただけだ……


 俺は二人の顔を思い出す。そして俯き顔を手で覆った。何せ勇者時代に中央へ行っていたら何かしら気づけていたかもしれないのだ。


 俺はどこまでいっても駄目だな……。だから神々はあいつを勇者にすれば良かったんだ。


 俺は心底そう思ってしまう。そして自分の情けなさに深く溜め息を吐いていると、サリエラが心配そうに顔を覗きこんできた。


「キリクさん、疲れた顔をしてますが大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ」


 そう答えたがサリエラは首を横に振る。


「全然、大丈夫そうじゃないですよ。まだ病み上がりなんですから少し休んで下さい」


 そう言って俺を強引に引き寄せ横にさせる。いわゆる膝枕をされている状態になった。

 なので、俺は悪いと思い起きあがろうとした。だがサリエラに頭を押さえつけられてしまう。


「休んで下さい。いいですね」


 そして圧をかけてきたのだ。俺はもう言う事を聞くしかなかった。だが、言う事を聞いておいたのは正解だったらしい。

 すぐに眠気に襲われ俺は眠りの世界へと落ちてしまったからだ。

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