23
翌日、依頼を受けた精霊使いが屋敷の広間に集められた。人数は五名で執事の紹介によりサリエラ以外の名前を知る事ができた。
ミスリル級冒険者ドナテロ。
ミスリル級冒険者サナエ。
ゴールド級冒険者ギダン。
ゴールド級冒険者バドルグ。
ドナテロとサナエ以外は仲間を連れてきている。ちなみに彼らはドナテロに対して何も言わなかった。
「キリクさん、やはり精霊を隠す方法があるのかもしれません……」
「だが、ギダンという奴はドナテロを不審な目で見ていたぞ」
「それはあの人が不審者そのものだからではないでしょうか……」
嫌悪感を隠さずそう言ってくるので視線をドナテロを向ける。今は露出が多い格好をした猫耳族の獣人、サナエを涎を垂らしながら見ていた。確かに不審者その者である。
だが、それでも俺はギダンの側にいる二人に視線を向けた。こちらの方が俺にとっては不審者だから。分相応な装備をするギダンと違い、明らかにゴールド級では買えない高級な装備をつけていたから。
まあ、ただし俺のように安い装備品のように見せてはいるが。
だからこそ怪しいんだがな。
そう思っているとサリエラが顔を寄せてくる。
「キリクさんどうしました?」
「……いや、なんでもない。それより他に精霊を感じない奴はいるか?」
「いえ、やはりあの変な人からしか」
サリエラはドナテロを見ずに言ってくる。もう顔を見るのも名を言うのも嫌らしい。思わずドナテロに憐れみの表情を向ける。しかし、すぐに視線だけ動かした。サナエが俺を見ている事に気づいたからだ。
なんだ?
そう思っているとサナエが近寄ってきた。
「あら、可愛い子がいるわね。私サナエっていうの。あなた名前は?」
「……キリク」
「良い名前じゃないの」
そう言うと顔を近づけてくる。だがすぐに離れた。まあ、俺がサリエラに引っ張られたのだが。
「ちょっと! やめてもらえませんか!」
サリエラは俺を庇うように立ちサナエを睨む。しかしサナエは飄々とした表情で口を開いた。
「あら、どこからか虫の声が聞こえるわ。いったい何処から聞こえるのよお?」
そう言ってわざと辺りを見回す。そのためサリエラは真っ赤になりながら頬を膨らませた。
「むーー‼︎」
そんな二人のやりとりを見ていると、今度は下品な笑みを浮かべたドナテロがこっちに歩いてきたのだ。
「おいおい、お二人さん、そんな雑魚っぽい奴より俺と遊ぼうぜ」
「うえっ! キモいんですけど。虫ちゃん相手にしてあげて」
「誰が虫ですか! こんな不審者みたいな人は嫌に決まってるでしょう‼︎」
二人は嫌悪感を見せながら離れる。その行動にドナテロは眉間に皺を寄せる。
「あっ⁉︎ なんだ、二人共ちょっと良い顔してるからってよお! 俺様が遊んでやるよ‼︎」
そして二人に掴みかかろうと腕を伸ばしたのだ。俺はすぐにドナテロの腕を掴み捻りあげた。
「やめろ」
「ぎゃああーーー! 痛えぇよ! な、なんか前もやられた気が……くそっ! 離せ‼︎」
ドナテロは痛がりながらも暴れようとする。仕方なく俺は意識を刈り取るために手刀を構える。しかしすぐに手を下ろした。上品な服を着た壮年のエルフが広間に入ってきたからだ。
「大変、遅くなってすまない。私がこの屋敷の主であるラハウト伯爵だ。で、何をやっている?」
ラハウトは俺達を訝しげに見てくる。俺はドナテロを離し肩をすくめた。
「挨拶をしていた。そうだろう?」
するとドナテロは俺を睨みつけるだけで離れていった。今はまずいと判断したのだろう。おかげで問題ないと判断したラハウトは再び喋りだす。
「……では早速説明する。君達に送った手紙の内容通り、精霊王ケーエルの神殿で魔王信者に邪魔をされずに精霊下ろしをしたい。そこで精霊使いの君達に、別々のルートで神殿に向かって欲しいのだが……」
「質問があります」
バドルグが手を上げる。ラハウトは説明を止め頷いた。
「いいだろうバドルグ。敬語はいらないから話してくれ」
「わかった。俺達に別々のルートで神殿に向かって欲しいとのことだが、魔王信者が神殿近くに待ち伏せしていたら意味がないだろう? それとも何か対策をしているのか?」
「ああ、神殿にクランを先に待機させている。だから、魔王信者が近づいたら矢と魔法で蜂の巣にするつもりだ」
「あら、それなら私達を一緒に連れてってくれれば良いのに。どうしてそうしなかったの?」
サナエは妖艶な笑みを浮かべる。しかし、ラハウトはいっさい表情を変えずに答えた。
「残念だが、うちのクランは拠点防衛向きであって護衛に向いてなくてね。その所為で大切な三人の精霊使いを殺されてしまったんだ……」
「それはご愁傷様ね」
「……うむ、それで今回は確実に精霊使いを届けられるよう計画を立てたのだ」
ラハウトがそう言った後、サリエラが軽く手を上げる。
「あの、それが手紙に書かれていることなら狙われている精霊使いを少人数で移動をさせるのは余計危険では?」
「そこはゴールド級以上の冒険者に依頼を出したから心配していない。前回は一般人や簡単な戦闘しかできない精霊使いを雇っていたからな」
「なるほど……」
「それに今回は神殿への行き方を指定しない」
「どういう意味ですか?」
「今日の夕方までなら好きなタイミングで好きなルートを利用してもらって構わない。もちろん私に教える必要もないってことだ」
「要はこの中の誰も信用するなってことか」
俺がそう言うとラハウトは目を細める。そして値踏みするように見てきながら頷いたのだ。
「その通り。神殿にいるクラン以外は誰も信用しなくていい」
「クランは信用できるのか?」
「彼らには短期間だが魔法で制約の誓いをさせてる」
「なるほど……」
俺は今回の依頼がなんであんなまどろっこしいものだったのかやっと理解する。要は味方に裏切り者がいて、そこから情報が漏れ三人の精霊使いが殺されてしまった。だから今回はこういうやり方をしていると。
そうなると、この説明も嘘が混じっているだろうな……
裏切り者が混じる冒険者達を見た後、俺はラハウトに顔を向ける。
「よくわかった」
「では続きを話そう。夕方近くにこの町から精霊王ケーエルの神殿に勤務する者達を馬車に乗せ私も一緒に向かうのでよろしく。ちなみに彼らは引退した冒険者だから戦力にはならないからな」
「ちっ、そんな使えねえ糞野郎共をなんで雇うんだよ?」
ドナテロがそう聞くとラハウトは淡々と答えた。
「君はドナテロだったね。君もいつか使えない糞野郎に成り下がるだろうから、それまでにはわかるだろう。まあ、彼らの年まで無事生きてたらだが」
「くっ!」
ドナテロは顔を真っ赤にさせてラハウトを睨む。だが結局黙ってしまった。するとラハウトは手を叩き俺達を見回す。
「ということだから後は頑張ってくれ」
そう言うと執事と共にさっさと広間を出て行ってしまった。途端に室内は不穏な雰囲気に包まれる。それはそうだろう。裏切り者がいるとわかったのだから。
まあ、俺からすればサリエラ以外全員怪しく感じているが。
だから、すぐサリエラに外へ出るようジェスチャーする。サリエラも同じ感じなのだろう。すぐに頷き俺と共に屋敷から出た。
「ここなら大丈夫そうですね」
町の人気がない場所に到着するとサリエラがそう言ってくる。それから素早く地図を広げある一帯を指で囲った。
「この範囲が私達が進む道です。街道を中心に左側に森と山、そして右側に森と山とだいたい五ルートある感じです」
「思っていたより広いな。これなら魔王信者も全員は狙いにくいだろう。話しを聞いてて懐疑的な部分もあったがこれを見たら納得もできる。それで、どうする?」
「右側の森のルートにしましょう。どっちみち戦闘はあると考えた方がいいですからね」
「そうだな」
俺は感心しながら頷く。常に何かあるという考え方は良いと思ったからだ。
それに必ず接触してくるだろうしな。
離れた場所に建つ建物に視線を向ける。先ほどから誰かに見られているのだ。だが俺は気づかないフリをする。街中で声をかけてもシラを切られるだけだからだ。
それにここで戦闘になったら他の魔王信者に警戒される可能性もある。だから俺は何もせずに歩き出した。
「見られているがこのまま行くぞ」
「え? だ、大丈夫なんですか?」
「警戒されたくない」
そう答えると意図を理解したサリエラは頷く。そして俺達はそのまま気づかないフリをしながら右側の森に入っていった。
しばらく進んでいると案の定、誰かが距離を詰めてくる。
「サリエラ準備しろ」
そう言ったのになぜかサリエラは頬を膨らませながら密着してきたのだ。俺は思わず聞いてしまう。
「何をやってる?」
「理解させないと駄目なんです」
「……理解?」
正直、言っている意味もわからなかったが考える時間も今の俺にはなかった。サナエが満面の笑みを浮かべながら現れるたからだ。
「やっほー! キリク、会いたかったわー!」
「なんで、あなたが来るんですか! 違うルートに行って下さいよ!」
「はあ? 私が選んだルートにたまたまキリクがいたんじゃない。伯爵だって好きにやって良いって言ってたでしょう。あ、その無駄に長い耳は飾りものね。ごめんごめん」
「むー、キリクさん。あんな人はほっといて行きましょう!」
「いや、ほっとくわけにはいかないな」
「えっ? な、なんでですか⁉︎ まさかああいう人が好みなんですか……」
サリエラはショックを受けた顔をするため、呆れてしまったがなんとか剣を抜く。
「違う、敵だ」
「ふえっ?」
「剣を抜け」
「は、はい!」
サリエラが慌てて剣を抜くとサナエが肩をすくめてきた。
「どういうことキリクー、私は敵じゃないわよ」
「屋敷からずっと俺達を見てただろう」
「それは、キリクと仲良くなりたかったのよ」
「それじゃあ、なぜドナテロが精霊使いじゃない事に気づかなかった? 精霊使いなら気づくはずだろう」
「面倒だから気づかないフリをしてただけよ」
「なるほど、また右耳が動いたということは今の言葉も嘘か」
「なっ!」
サナエは急いで自分の右耳に手を持っていく。しかし、すぐに俺を睨んだ。
「……騙したわね」
「悪いな、適当に言ったことが当たったらしい」
肩をすくめるとサナエは笑みを浮かべ両手を上げる。
「参ったわね。不意を突いて二人の動きを封じようと思ったのに……。怪我させちゃうかもだけど真正面からやるしかないわね」
「殺す気はないってことか」
「そうよー。私、殺し屋じゃないもん」
「誰に雇われた?」
「ある商会に大金で雇われたってのは教えてあげる。アダマンタイト級冒険者サリエラの足止めをしろってね」
「足止めか……」
そう呟くとサリエラが前に出て剣先をサナエに向ける。
「サナエさん、残念ですがミスリル級のあなたには無理ですよ」
「ふふふ、それならおあいにく様、私も実力ではアダマンタイト級よ」
そう言うとサナエは両手に三本の鋭い爪が付いた手甲を装備した。どうやら近接格闘が得意らしい。
正直一番、捕まえるのが面倒な相手である。だが、俺はサリエラにサナエを任せることにした。サリエラなら十分な相手だと思ったから。それにサナエの話を聞き神殿の方が気になったからだ。
「悪いがここを任せていいか?」
「はい。大丈夫です」
「えー、キリクも一緒に遊ぼうよ」
「お前が足止めしたいのはサリエラだろう。俺が混ざると足止めできないし死人がでるかもしれないぞ……」
「……それは困るわね。じゃあ、私はこの虫ちゃんを相手にするわ」
「誰が虫ですか! キリクさん、さっさと行ってください。ここからは女の戦いです!」
「あ、ああ。わかった。じゃあ頼むぞ」
サリエラの雰囲気に若干後退りしそうになるが我に返り神殿に向かって走り出す。だが、しばらくして走る速度を更に上げた。急いだ方が良いと判断したのだ。沢山の冒険者が散っていった光景を思い出したから。そして、ニヤけた笑みを浮かべるテドラスを。直後、拳に力が入る。
そして俺は限界まで走る速度を上げるのだった。
◇
サリエラside
キリクさんが去った後、私はサナエさんに声をかける。
「……あなた精霊使いですよね。なんで魔王信者の仲間になったのですか?」
「仲間? 違うわよ。さっきも言ったけど私はある商会に大金で雇われただけよ」
「お金で雇われようが、私達の邪魔をするなら魔王信者と同類ですよ」
するとサナエさんは憎悪のこもった瞳で私を睨む。
「まあ、なんとでも言えばいいわ。けどね、もらった分は仕事をしっかりしなきゃいけないの。それに……私にとって精霊王も魔王も何もしてくれない糞よ。ならお金をくれる方につくのが道理でしょう‼︎」
「サナエさん……あなたに何が……」
「うっさい! あんたみたいなお金に困った事がなさそうなお嬢様には私達の気持ちなんかわかんないのよ‼︎」
サナエさんはそう叫ぶと、四つん這いになり獣のような動きで私に向かってきた。そんなサナエさんを見て何か事情があると確信する。
「なら、やることは一つね……」
そう呟くと私はサナエさんに剣先を向けるのだった。
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