となり

「アイスーアイスー」


 約束の放課後、変な歌を歌いながら洸太が歩く。美春は笑いながらその後をついていった。


「ご機嫌ねえ」


「おうよ」


 辿り着いたのはコンビニで、オシャレなカフェでも人気のテイクアウトのお店でもない。だけどケースの中のアイスを選んでいると、ちょっと心が弾んでくる。変な歌を歌う洸太の気持ちが伝染したのかもしれない。


 選んだアイスをげて歩道脇のベンチに座った。街路樹が影を作ってくれるとは言っても、やっぱり暑い。真夏の午後五時なんて昼間みたいなものだ。


「あっちー」


 洸太の首筋に汗が光る。私も似たようなものなんだろうな、と美春は思う。真夏に汗だくで戸外に座っているなんて馬鹿みたいだ。クーラーの効いた場所なんて、いくらでもあるのに。


「ほんと、あっついねえ」


 がさごそとアイスの袋を開けながら美春は頷いた。


 馬鹿みたい。馬鹿みたいだけど、楽しい。


「でもあれだなー。お前、明日っから朝見るもんがなくなって暇んなるな」


 梨味のアイスを咥えた洸太が、なんでもないことのようにとんでもないことを口走る。


「何言ってるの? 意味分かんない」


 急にばくばくと打ち始めた心臓をどうしたらいいだろう。何言ってるの? なんで知ってるの? 知ってるんならそっとしといてよ。


 ざくりとピックを突き立てたお餅のアイスに嚙りつく。冷凍庫から出したばかりのそれはまだちょっと硬い。本当は、少し待って柔らかくなってから食べた方が美味しいのに。とにかく何か動いて誤魔化さなければならなくなったのだ。洸太のせいで。


「見るもんなくてつまんなかったらさあ、隣見てみれば」


「は?」


 ますます意味が分からない。


「ほら俺ら、来年は受験生だろ。さすがにちょっと焦るわー」


「え? うん……?」


 訳が分からなくて隣を見たら、洸太はまっすぐ前を向いていた。隣を見ろとか言っておいて、自分はちっともこちらを見ようとしない。


「確実に一緒にいられるのはあと一年半だ。短えよ」


 洸太が口から離したアイスの先から雫が滴れる。


「洸太、アイス滴れてるよ。落っこっちゃうよ」


「アイスかー。マジかー。お前、色気ねえー」


 がっくりと洸太が項垂れる。


「失礼なこと言わないでよね」


「いんや。お前まあまあ残酷。だからあいこ。むしろ足りねえ」


 洸太とは幼馴染みで。気楽で。男も女もなくて。


「明日から隣を見たら、何かいいことがあるの?」


 俯いたままの洸太を見つめる。首には汗が浮いて真っ赤だ。


「あるぞ」


 顔を上げないまま洸太が言った。


「俺が嬉しい」


「なにそれー」


 くすくすと美春が笑う。洸太といると、気楽で、楽しくて。いつも笑っていられる。


「もしかしたら」


「もしかしたら?」


「お前も嬉しくなるかもしれない」


「なるかな?」


「なったら俺が嬉しい」


 顔を上げた洸太がアイスを嚙る。ほとんど溶けたそれを一息に飲み込んで、美春の方に向き直る。


「見てみたくなった?」


 恐る恐るという態で。だけど今まで見たこともないくらい真面目な顔で。美春の心臓を跳ねさせる。


「ちょっとだけ?」


「ちょっとかよ! まあいいや。じゃあ明日からよろしくな」


 洸太が立ち上がったので美春も腰を上げた。


「明日から?」


 美春よりも頭ひとつ分背の高い洸太を見上げる。

 今までそんなふうに見たことはなかった。気の置けない幼馴染みだと思っていた。だけど。


「今日から?」


 洸太が訊き返してくる。照れて首を傾げた顔がなんだか新鮮だ。困っているようにも怒っているようにも見える。なんかもう、いいことが起こりそうな予感がする。


「今から、かな?」


 美春の言葉に、洸太が真っ赤な顔して笑うから。

 美春も笑って、いつもより一歩だけ洸太に近づいた。

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