失恋

 電車に吐き出された人波が階段から溢れてくる。ひときわ背の高いあのひとは、夏の日差しが眩しいのか左手をかざして影を作った。


「あ」


 あのひとを見つけた日はちょっとラッキー。

 片思いとかじゃない。恋じゃない。芸能人よりは近いけど、でも手の届かないガラスの向こうの人。


 そんなことは分かってた。知ってた。


 それなのに胸がちくりと痛む。

 遮断機が降りてカンカンと高い音を鳴らしている。長い通過待ちの時間が、今日は辛い。目を逸らせばいいのに、視線は知らずあのひとを追う。


 いつもと変わらない爽やかな横顔。時計を見るために上げた左手の指の辺りがきらりと光る。

 カンカンと遮断機が鳴る。どくどくと耳の辺りが脈打っている。車内のクーラーがキツすぎて寒気がする。そうと思ったら、顔の周りが妙に熱い。喉が震えて目の奥が痛い。


「よし、サボろう」


 不意に洸太が言った。


「え?」


 急に変なことを言われて、それを理解しようと頭がぐるぐる回る。だけどやっぱり分からなくて、美春は細めた目で洸太を見た。


「何言ってるの?」


「なんか急にアイス食いたくなった。サボってアイス食いに行こう」


 洸太のことはほんの小さい頃から知っている。お調子者だけど、学校をサボるようないい加減な人ではない。


「急にどうしたの?」


「美春も行こうぜ。付き合えよ」


「やだよ」


 美春も、学校をサボるようなたちではない。たまに居眠りをすることがないとは言わないけれど。


「変なこと言わないでよ。私は行かないし、洸太も行かないよ。バカなこと言ってないで学校行こうよ」


 どうしてもツッコミどころを見出せず、面白みがないと思いながらも真面目に返してしまった。ボケたんだったら申し訳ないけれど、もしそうでも分かり難いフリを投げた洸太が悪い。


「えー」


「えー、じゃない」


 大袈裟に唇を尖らせる洸太を見ていると吹き出してしまった。


「どうしたのよ急に」


 くすくすと笑い声がこぼれる。視線を感じて顔を上げると洸太も笑っていた。


「えー。だって、アイス食いたくねえ?」


「今は食べたくない。寒い」


「寒いってお前、この連日の猛暑日のなか惚けたことを」


 残念な人を見るような目で、ううん、美春を心底残念な人だと認めて、洸太が言った。


「だってエアコン効きすぎだもん。寒い」


 美春は剥き出しの腕を摩って震えて見せた。そこまでは寒くなかったのだけれど。


「じゃあ、放課後アイス食べに行こう」


「いいよ」


 洸太が笑うから、美春も笑った。

 笑ったら、ちょっぴり心が軽くなった。

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