遮断機の鳴るあいだ

早瀬翠風

ダイヤモンドクロス

 カンカンカンと音を鳴らして遮断機が降りる。ゆっくりと進んでいた路面電車がガタンと車体を揺らして停車した。美春にとっては馴染んだ光景だけれど、実は他所ではあまり見ないらしい。踏み切りに止められる電車なんて。

 四車線の道路のまんなかに、美春の乗る路面電車の線路は伸びている。電車と並ぶ朝のラッシュの車列の向こうに、路面電車と直角に交わる郊外線の駅舎があった。そこは階段五段分くらい高くなっていて、電車から降りた通勤客が次々と流れ出てくる。


 カンカンカン、と遮断機の音は続く。駅に電車が滑り込む少し前、乗客が乗り降りする間、それから道路を横切って長い車体が消えてゆくまで。遮断機は美春たちを堰き止める。

 それは朝の混み合った電車の中で待つにはとても長い時間で。だから美春は、このダイヤモンドクロスという大層な呼び名のついた通過待ちの時間が嫌いだった。


「あ」


 つり革に掴まった美春は小さく声を上げる。


 今日もいた。


 駅から吐き出される人波の中に、頭ひとつ飛び出たスーツ姿。何かスポーツをしているんだろうか。がっしりと引き締まった体に、さっぱり短めに整えられた髪。社会人になって日の浅いまだあどけなさを残す顔は、けれど美春からすれば随分大人びて見えた。


 ふふ、と笑みがこぼれる。

 あのひとを見つけられた日は、ちょっといい日。ふわふわと気持ちが浮き立って、退屈で眠い授業もなんだか頑張れてしまう。


 長く足止めされるダイヤモンドクロスが嫌いだったけれど、今は違う。カンカンカンと遮断機の鳴る時間は、胸を高鳴らせてあのひとを待つ時間。もちろん見つからない日もあるけれど、たぶん会社勤めのあのひとは、だいたい毎日降りてくる。だから、だいたい毎日ちょっといい日。


 片思い、って言うほど大袈裟なものじゃない。なんかいいな、って思うだけ。一服の清涼剤。元気の素。ほのかな憧れ。手が届くなんて思ってない。


 そのひとは歩道まで下りると美春と一緒に遮断機が上がるのを待つ。美春はドキドキしながらその横顔を見つめる。

 やがて遮断機が上がってそのひとは歩きだす。美春の乗る電車は少し遅れて、ガタンと音を立てて走りだす。あっという間にそのひとを追い越して、みるみる遠ざかってしまう。美春は身を乗り出して、できるだけ長くその姿を見ていようと視線を移す。


 来年は受験生だから今みたいな余裕はなくなるのかもしれないけれど。高二になったばかりの今は、そんなことに夢中だ。

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