塵と消えゆく
旋回中の
「ちょ、おい……敵の攻撃魔法は」
「問題ない。直撃でも“痛い”だけ。麻痺も四半刻で消える」
「いや、待てナルエル。上空数百フートで、それは大問題なんじゃないのか?」
「大丈夫ですよミーチャさん。発射前に魔法陣が発光しますから」
言いながらヘイゼルは、機体を少しだけ傾ける。一瞬前までいた座標を、“雷霆”が貫いていった。ビリビリと空気が震え、機体の間近を通った雷で髪の毛が逆立つ。痛いで済むとは、とうてい思えん。
「ミーチャ、ハネル、扉から離れて」
俺は窓から外を覗き込んでいたハネルさんを機内に引っ張る。機体横にあるランチャーから
「見て、ハネル」
正面の窓から見つめるハネルさんをチラリと振り返って、ナルエルが声を掛ける。
その直後、バシューンと短い発射音が響いた。小さな炎と銀の誘導用ケーブルを引いて、ミサイルが飛び出す。弾体がクリクリと軌道修正される動きが、暗闇ではよく目立つ。
“雷霆”の砲座が粉微塵に吹き飛ばされると、固唾を飲んで見守っていたハネルさんが息を呑んだ。
高度を落として旋回しながら、ヘイゼルとナルエルは残敵の確認を行う。俺の視力では暗いなかを見通せないが、燃えている城壁の明かりに照らし出されているのは壊れてひしゃげた砲座の残骸だけだ。
「
「問題なさそうですね。ゲミュートリッヒに向かいます」
どうやら残った敵はいないらしい。ヘイゼルは機体を西南方向に向け、わずかに高度を上げる。水平飛行に入ってすぐ、ハネルさんがホッと息を吐いた。安堵したというより、爆発の威力に驚いて固まっていたようだ。
「……な、なんだ、あれは……」
「“とー”は異界で最も基本的な、最も多く使用された“みっそー”。その美点は威力や先進性ではなく、簡易さと簡潔さ」
興奮状態のハネルさんと、冷静ながらドヤ顔をしているであろうナルエル。お前もちょっと前まで、いまのハネルさんおんなじだっただろうが。
とはいえ天才魔道具職人のナルエルは、誘導ミサイルの原理を知った後に魔法陣で再現してみたというから呆れる。
「“飛翔”と“誘導”は魔法の基礎。“破砕”も、そう高度な術式ではない。問題は効率」
「なるほど」
凡人の俺には何が“なるほど”かはわからんが、ナルエルとハネルさんは納得したようだ。
「なあ、ナルエル。効率が問題って、どういうこと?」
「魔法の理論構築において、常について回る課題。簡単に言えば、“殴った方が早い”という」
そうなの? こっちの人間はミサイル並みの効果を出せるのか?
と思ったが、詳しく聞くと話は逆だったようだ。
「“飛翔”は物体を飛ばすなら簡単。“誘導”も術式だけなら単純。“破砕”など物理的干渉の基礎。でも、三つを同時に、高度に、高威力で行使できる者はいない。高位の魔導師団を集めれば可能、だけど無意味」
なるほど。俺もようやく理解した。この世界の技術でも、ミサイルを再現はできる。机上の空論としてなら。
実際に行使するには、戦術級の複合攻撃魔法が可能なほどのリソースが必要になる。それこそ、“身体強化で殴るのと同程度の攻撃魔法に存在価値はあるのか”、って話だ。
「ん〜? それじゃさ、ナルエルとハネルさんは異界の技術の何を感心してんの?
俺の質問に、ナルエルとハネルさんは揃って考え込む。答えがないわけじゃない。たぶん俺という知識と意識の低い一般人にどう伝えたものかと悩んでいる風。エンジニアとか理系専門職がよく見せるリアクション。
「装飾のない意志」
「そうだね。そこは同感だ」
技術力とかではないのか。とはいえ、この世界も物質的にさほど貧しくはない。科学を代用するように魔法や魔道具があるから、文明程度も大きく劣ってはいない。部分的には元いた世界よりも優れた面もある。
ナルエルのような天才から見ると、異世界文明に対して知識欲に駆られるのは優劣ではなく差異か。
「“ぶりてん”の奇跡は、ほぼ全てがそう。わたしが、初めて見たのは、“すてん”だったけど……」
それは……遠隔監視機能のある金属板で、かな。それとも、ゲミュートリッヒに着いてからの話か。いずれにせよ、ナルエルにとって、
「正直に言えば、不細工だと思った。意匠も、造作も、精度も、お粗末だと。なのに、意図は簡潔で、明白。そして強固な意志が感じられた。正確には、
「
操縦席でヘイゼルが嬉しそうに笑う。
「
俺には少し難解だが、ナルエルとハネルさんには伝わったようだ。感慨深げに頷いている。
ええと……荒削りなままだと明白だった意志や目的が、ブラッシュアップされるうちに丸められ凡庸になる、みたいなことか?
その理屈は理解できなくもない、が……それが英国製品だと? ホントか? ちょい盛り過ぎてないか?
「ええ、わかってますよミーチャさん」
あ、なんかバレた。後ろにいるのに。英国的矛盾の使徒は俺に背を向けたまま、穏やかな声で告げた。
「
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