払暁戦線
「……僧兵ですか」
ハネルさんの推測を聞いて、ヘイゼルは腑に落ちたような顔で頷く。
「兵科としては魔導師だったのでしょうね。魔導防壁のような抵抗で、情報取得を阻害されました」
「ああ、それでハネルさんに確認したのか。他のふたりは?」
「錬金魔法陣の魔力源と、肉壁を兼ねた護衛というところです。機密情報は、ほぼ与えられていませんでした」
情報源としては使えないまま、連中は
「こうなると、ナルエルちゃんの回収してきてくれた書類だけが鍵ですね」
「鍵ではある。でも開けても大した意味はない」
「どういうこと?」
ナルエルから受け取っていた書類の束を、ヘイゼルはハネルさんに渡す。受け取って一瞥しただけで、一流エンジニアな中年エルフ氏の表情が変わった。それは驚いたというよりも、ついにこのときが来たかという印象。
内容が読めないので説明してほしいな、という俺のアイコンタクトにナルエルが応えて書類を指す。
「領主から魔導技術院への命令書と魔導承認印入りの契約文書。ハネルは、マカの密偵として拘束される」
「え? そうなの? なんで?」
「タキステナ上層部の利益を阻害する存在だから。罪状は捏造。そもそも学術都市は自主独立が最大の理念。領主は学徒への干渉を許されていないし、刑を執行する法的根拠もない」
「てことは……」
「なので、拘束後は行方不明になるか、暗殺される」
だろうね。人喰いロックベア大活躍か。クソが。ナルエルは淡々と説明するが、それを聞いてハネルさんに動揺した様子はない。それどころか、ご愁傷様という顔。なにそれ。
ナルエルはわかっているとばかりに、書類を次々に見せてくる。だから、読めんというのに。
「処分の優先順位が、ここに記載されている。わたしが一位で、二位は、レイラ。ハネルが三位。四位は知らない名前だけど……」
「ソクルなら、もう処分されたよ。それにしても、えらく買い被られたものだな。
いや、なに言っとる。このひともマトモそうに見えて色々と壊れてんのか。
「ナルエル、ハネルさんの襲撃は、いつ頃?」
「たぶん、昨日」
「なんて?」
「それか、もっと前」
ナルエルが目を向けると、ハネルさんが頷く。
「いずれマカに帰る、と言ったのは半分本当。でも半分嘘だ。ウチが襲撃を受けることは知っていた。もう身ひとつで逃げる準備をして、脱出の機を図っていたところでね」
“無能街”に入った俺たちに彼がすぐ気付いたのも、戻ってきたとき即座に察したのも偶然ではない。万全の警戒態勢だったからか。
言ってくれたらいいのに。つうか、そんな状況で処分対象最上位のナルエルを気遣って声を掛けるとか、どんだけお人好しだ。
「こうなったら、ハネルも一緒に脱出する。ミーチャ、ヘイゼルちゃん」
「俺に異存はないよ。マカまで送る前に、いったんゲミュートリッヒだな」
「こちらも用意はできています。ハネルさん、持ち出す荷物があればお預かりしますが」
「いや。申し訳ないが、捨てるしかないと思っていたので整理してもいない」
「では、時間もないので家の内部を丸ごと」
「え?」
ヘイゼルが手を挙げると、部屋のなかにあるものが
「建物は賃貸のようですので、残しておいた方が良いですね」
「え? ええぇー⁉︎」
ハネルさんの案内で他の部屋も回り、ものの十分ほどで建物内は空っぽになった。居間に戻ってきたヘイゼルとハネルさんに、ナルエルが身振りで伏せるよう伝える。
「武装した集団が包囲してる。数は七から十二。隠蔽魔法を使ってる。装備からして、衛兵じゃない」
「僧兵だろう」
ハネルさんが落ち着いた口調で言う。魔導技術院は壊滅させたんだけどな。元じゃなく、現役の僧兵ってこと?
「ハネルさん。もしかして、タキステナって聖国出身者が多い?」
「居住者に占める割合は、アイルヘルンで最大だ。拠点となる教会も残ってるしね」
ハネルさんによれば、
加えて、塩と学識以外に生産物のないタキステナは生活物資を輸入に頼っているので商人の出入りも激しい。商人というのは下手な密偵よりも情報の収集・伝達能力が高い。
彼ら聖国出身者を支える出先機関が、国外各地の教会だ。大使館的な機能を持った教会には、カネと人と情報が集まる。サーエルバンからは撤収した教会が、タキステナには残っている。それだけ侵食も定着も進んでいるわけだ。
「ミーチャさん、できれば民間人居住区での戦闘は避けたいです」
「だな。強行突破するか」
七から十二といっても生身の兵なら、そう大きな脅威でもない。もし“魔導爆裂球”を持っていたら苦労するかもだけど。ヘイゼルの調査によれば流出は王国軍のみで、いまのところ聖国に渡ってはいないようだ。
急ぎはしないが安全第一。
「久々の
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