アンラフルド・モーザリアム

 薄暗くなってきた森の道を、警戒しながら屋根なし重武装W I M Kランドローバーで進むこと小一時間。後部座席のナルエルが声を掛けてきた。


「右奥の大きな木を回り込むと、検問が見える。向こうからも見られるので、ここで降りた方がいい」

「了解」


 停車して、徒歩で進む。あと十キロちょいなら、たぶん問題ない。


「案外、無防備ですね」


 目印として聞いた大きな木から道の先を見て、ヘイゼルがこちらを振り返る。俺も覗いてみたが、たしかに無防備には見える。緩い登り坂を十メートルほど進んだ道端に、五メートル四方ほどの小屋が立っていた。その前に立哨がひとり。小屋のなかにもいるのかもしれんが、俺たちの位置からは見えない。


「ミーチャさん、殺しますか」

「ナルエル、発見されず通過する方法はないのか?」

「道を外れれば簡単」


 簡単、かどうかは地形による。多少の悪路でも密林でも、ヘイゼルやナルエルなら苦にならないだろうが俺にそれを求められても困る。魔力はゼロだが、体力もヘナチョコだからな。


「大丈夫。あれを越えるだけ」

「……おい、嘘だろ」


 ナルエルが指したのは、高さ二、三十メートルの急坂……というか、登れなくはない程度の崖。正直、立哨を殺しちゃおうかなとは思った。でも制服からすると、彼らはただの衛兵だ。いまのところ危害を加えられたことはないし、敵対してもいない。薬物蔓延に関与しているという話もない。

 俺の考えを汲んだナルエルが、耳元で囁く。


「彼らは仕事で、タキステナを守っているだけ。殺されるようなことは、してない」

「わかってる。行こう」


 道を外れて、坂に向かう。なぜか名残惜しいような感覚で、いっぺんだけ検問を振り返った。交代なのか他の用なのか、小屋から出てきたのは背の低い同僚だった。獣人かドワーフか知らん。エルフではない。エルフだから殺していいとは思わんけどな。


「“殺したいのは、敵だけ”」

「ん?」

「前に、ミーチャさんが言われた台詞です」

「だな」


 ヘイゼルのダメ押しに頷き、俺は覚悟しながら急坂と向き合った。


◇ ◇


「もぉかんにんしてつかぁさいやぁ……」

「なんですか、それ?」


 英国的天使的メイドなヘイゼルには伝わらなかったようだが、映画で見た広島弁の真似だ。例によって実際の現地出身者ネイティブが聞いたらイラッとするのかも知れん。いや、でもこれ冗談にでもしないとマジで泣きそうになる。

 読みが甘かった。これ坂どころか崖、というか壁だ。硬くてフラットで手掛かり足掛かりが少ない上に滑る。必死に登ってきたが、もう足プルプル。そんな俺を置き去りにして、ふたりのガールズはスイスイと登ってく。何度その差。魔力関係ないよな。体力? 体重?

 なんとか九合目という辺りまでやってきた俺は、頂上を目前にして登攀の道筋ルートを見失った。ここから登る手掛かりはなく、降りるにも足掛かりが遠い。地上からは、たぶん三十メートルほど。感覚的には、もっとある。落ちたら死ぬか、大怪我はする。そして、衛兵に見付かる。ここまでの努力が、いろんな意味でパーだ。

 ヒョイヒョイお散歩気分で登り切っていたヘイゼルとナルエルが、頂上から手を伸ばしてきた。


「いいですよ、そのまま」


 いや、俺にどうしろと。頂上までは三、四メートルあるので、手を伸ばされても届かんが。ナルエルが振りかぶって、何かを投げるのが見えた。


「……ちょッ」

「動かないで」


 飛んできた金具が俺の腰にガッツリと巻きついて固定される。ちょっと落下防止ハーネスに、似た状態ではある。嫌な予感がしたと同時に、張り付いていた壁から身体が引き剥がされる。


「ちょ、おおおおぉ……ッ⁉︎」


 血の気が引く間もなく、凄い勢いで頂上に放り出された。


「成功」

「いや、助かったけど。やるなら頼むから、事前に言ってくれ。派手に漏らしそうになった」


 そんなことを言いながら頂上を越えた先を見る。崖の反対側は比較的なだらかな傾斜で平野に向かっていて、そこには大きな水面と城砦のような巨大都市が広がっていた。


「あれがタキステナか」

「前にも来た。ミーチャも見てるはず」

「そうだな。でも前は空から直接だっただろ? 周囲の地形なんて、なんも覚えてない」


 おまけに到着直後いきなり攻撃魔法を受けて、退避機動のまま防衛塔にミサイル攻撃、からの燃料切れ墜落だ。そんなもん周囲を見ている余裕なんてない。


「こう見ると案外、キレイなもんだな」

「そう。タキステナも、環境は良い。静かで清潔で調和が保たれ、何もかも整然としていて、まるで……」


 その“調和”を破壊し尽くして出奔した若き天才は、小さく溜め息を吐いた。


霊廟れいびょうのようだった」

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