ブレイクブレイカー

「王都までは、あと二百十キロ百三十哩ほど。途中に問題がなければ一時間半刻ちょっとです」


 離陸前に聞いたのは三百キロ百九十哩だったから、着実に進んではきてる。

 それを聞いた後部座席の面々から、どよめきが上がる。馬車で一週間以上掛かる行程を一時間ちょっとで行けるとなれば、そらどよめきもするか。


「リンクスの最高速度は時速三百二十キロ二百マイルですが、速度記録用実験機レコードブレイカーは時速四百十二キロ二百五十六マイルを達成したんですよ?」


 いや、知らんが。なんでヘイゼルがハナ膨らませてるのか。ウェストランドの宣伝マンか。


「ですが、ミーチャさん。戦闘機動に入る前に、いちど給油したいです」

「了解。サマル、どこかに安全が確保できそうな場所はないか。周囲が開けていて、地面が平坦で硬い場所」

「マルテ湖畔に廃村があります。建物は焼けたので、現在は無人の平地かと」


 湖畔の廃村……は、いいけど。なんか聞いたことあるぞ、その湖名。


「先日ナルエルが、言っていタ。水龍の棲ム、湖ダ」

「あ、それだ思い出した」


 王都から帰る途中で、近くを通ったんだ。立ち寄ったりはしてないから、見たのは遠景だけ。直径一キロを超える湖面は、海かと思うくらい広かった。


「王国とアイルヘルンの間にある巨大な湖ですね。最も狭い場所で二キロ強一マイル半、北東から南西にかけて最長二十四キロ十五マイルだそうです」


 一キロどころじゃなかった。俺が対岸だと思っていたのは中島かなにかだったようだ。


「わたしが見聞きしたなかでも、王国軍が湖面に近付かないことは確認しています」

「少なくとも、王国軍に対しては安全が確保できるわけだ」

「はい。水龍については、見たことがありませんので、なんとも」


 街道沿いを南下するにつれて、サマルの選択は正しいと思い始めていた。路上には敵の阻止線らしきものが増え、投石機や長弓や魔法による攻撃を受けるようになっていたからだ。速度と距離が足らず被弾することはなかったが、機影発見からの反応速度は早くなっている。北方アーエル近郊での無防備な布陣と違い、既に臨戦体制だ。それを見る限り、俺たちの接近が通達されているのはほぼ確実だった。


「厳戒態勢か。王女は移動されたりしないか?」

「ソファル様……クレイメア王女が囚われているのはラングナス公爵家の別邸です。いまの王国に、そこより安全な場所はありません。移動させられていたとしたら、むしろ有利になりますが可能性は低いでしょう」


 サマルの説明によると、別邸は周囲に百名近い精兵が配置され、邸内には障壁発生装置オブスタクルという魔道具が仕掛けられているはずだという。


「オブスタクル? なにそれ?」

「魔力を持った者の侵入を感知して、攻撃魔法を起動する魔道具のようですが……詳しいことは、わたしにもわかりません」


 事実上、それによって戦闘能力を持った者は完全排除されてしまうのだとか。

 具体的にどうなるのかは知らんが、それのお陰で……というかそれのせいでというか、いままで侵入を図って生還した者はいないらしい。嫌な情報を聞いてしまった。


「その別邸を守る兵士は、周囲にだけ?」

「はい。屋敷の周辺に兵営のようなものがあって、そこに。邸内は魔道具があるので、魔力の低い使用人など非戦闘員だけです」


 使用人はそれで良いが、出入りする貴族たちは多くが魔力持ちだろうから、どう対処しているのかは不明。

 個別の識別子アイデンティフィアでも装着しているのではないか、というのがヘイゼルの推測だ。実際どうなのかは知らない。問題は貴族の現状ではなく、俺たちがどうやって侵入するかだ。


「幸運でしたね、ミーチャさん」

「うム。ミーチャならバ、何の問題もなイ」

「待って、それ俺だけ突入する感じ?」

「はい。魔道具を破壊するところまででも結構ですよ」


 ぜんぜん結構じゃねえ。

 単身突入するって、単なる量産型運動不足中年でしかない俺は、戦闘能力ほとんど皆無なんだけど。大火力の軽機関銃とか抱えて突入する娯楽映画の主人公みたいなのは、たぶん無理。

 見付かった時点で百人規模の敵兵とガチバトルになってしまうわけだが……


「周囲の兵士は、わたしたちが装輪装甲車サラセンで引き付けます。ミーチャさんは、こちらを」


 頭を抱える俺に、操縦席のヘイゼルは長銃身の短機関銃と弾薬ポーチを渡してきた。前にいっぺんだけ使った記憶がある特殊仕様のステンガンだ。


「ヘイゼルちゃん、これ何なのにゃ?」

「ステンMkⅡS、減音器サプレッサ仕様のステンガンです。そちらのポーチにある弾倉マガジンにはサプレッサ用の亜音速サブソニック弾が装填されています」


 思い出した。ゲミュートリッヒで王国軍侵攻部隊を迎え撃ったとき、追加購入した二挺のうちのひとつだ。

 調達直後、マガジン六本にサブソニック弾を装填した記憶がある。元から使用していた通常弾と区別するために亜音速弾入りの弾倉にはダクトテープを巻いたんだっけ。

 通常の9ミリルガー弾は音速を超えるので、サプレッサの減音効果が薄い。サブソニック弾というのは装薬ガンパウダーを減らして弾頭を重くして、亜音速まで性能低下させた弾薬だ。たぶん混ぜて使っても事故は起きないけど、性能が違いすぎるので射撃精度は落ちる。

 千発しかないから、無駄遣いするのは勿体ないしな。


「ミーチャ、それスゴい銃なのニャ?」

「スゴ……くはないかな。音が小さいだけで、威力はちょびっと落ちる……はず」


 たしか、カインツとかいう戦闘狂の指揮官を相手に弾倉一本分くらいは発射した。だけど戦闘が激しかったこともあって、この銃そのものの印象はあんまり記憶に残っていない。


「最後にお渡しした弾倉だけは、ほぼからですので装填をお願いします。ポーチの左側に弾薬が入っています」

「了解」


 なんとなく流れとして俺が単身突入することになってしまった。別邸周囲に配置された戦闘員はガールズが掃討してくれるというから、俺が対峙するのは邸内の貴族や非戦闘員だけ。

 まあ、どうにかなるか。


「ヘイゼル殿、左前方の茶色い場所がそうです」

「了解、マルテ湖畔に着陸します」


 揺れる機内でなんとか装填を終えたとき、サマルとヘイゼルの会話が耳に入ってくる。

 後部の窓から見下ろすと、湖面から少し離れた場所に緑のない小高い平地が見えてきていた。

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