死に損ないと半魔の番
「当たりだ」
青黒い甲冑を身に纏った怪しげな男が、こちらを見て笑う。その後ろには、ローブをかぶった男たちが五人。こちらは魔導師と思われるが、顔も隠したままで反応もしない。
同じ部隊でお揃いなのか、みな黒地に白い十字の紋様がある。
「見覚えあるけど……なんだっけ、あいつ」
ナルエルは当然として、ティカ隊長も知らんとばかりに首を振った。わかるとしたらヘイゼルか。
「ゲミュートリッヒに攻め込んできた部隊の、指揮官ですね」
「ああ、そうだ。最後に取り逃した……なんか、ケチャップみたいな名前だったはず」
「カインツですね。惜しいです」
そういや撃退したとき、衛兵隊とは別行動だったもんな。見てるの俺とヘイゼル、あとは斥候のスーリャくらいだ。
問題は、そのカインツがなぜここにいるのかだ。別に理由も目的も知ったこっちゃないと言ってしまえばそれまでだが。ブレンガンを向けた俺を、なにやら確信したしたり顔で見てくるのがイラッとする。
撃っちゃおうか。
「
「あ?」
「クソみてえな出来損ないどもを、たやすく精兵に変える魔道具だ。さっさと潰しとかねえと、半獣の巣が王国にまで広がっちまうからな。精鋭を率いてやってきたら、案の定だ。諸悪の根源である、半魔の
はんまの、つがい。一瞬、脳内で変換できず困惑する。
要するにこいつは、俺とヘイゼルが悪魔的なカップルだと言いたいわけか。その力によって亜人集落は強化され、王国軍の侵攻は撃退されたと。
番のとこ以外は、あながち間違ってもないあたり、リアクションに困る。
「やっぱり俺の勘は、間違ってなかったわけだ」
いや、偉そうに垂れてた能書きは完全に間違いだらけなんだが。言っても聞く相手じゃなさそうなので、無視してブレンガンのボルトを引く。
「生き延びたければ、せいぜい足掻け」
背後の魔導師たちに吐き捨てると、カインツは背中から剣を抜いた。大剣と呼ぶには短いが、妙に分厚くて
「……“
短い呪文と共に、甲冑と剣から青白い魔力光が瞬く。
あの男、指揮官である前に武人……というか、スーリャによれば“魔導防壁の掛かった
「
瞬間移動でもしたような速度で、十数メートルの距離は一瞬で詰められてしまう。ブレンガンの初弾は躱され、追撃は弾かれた。
ゴインと鈍い音がして、カインツは剣を構えたまま距離を取った。バチッと火花のような魔力光が散って、大きく凹んでいた甲冑の胸当てが修復される。
「……ふん。これじゃ、あたしの出番はないな」
打撃武器では致命傷にならないと判断したのか、戦意剥き出しの相手を前にして隊長は地面についた戦鎚に寄り掛かって笑う。
「ナルエル、頼むぞ」
「ここは、わたしの出番」
代わりに出てきたのはナルエル。隊長のいた前衛位置に立つと、俺とヘイゼルに攻撃しないよう手を上げる。
彼女の武器も
低く構えて突っ込んでく黒甲冑の前に立ち塞がったナルエルは、身長ほどのメイスを片手で振る。
剣で受けようとしたカインツは警戒して躱し、空振りさせた隙に斬り掛かってきた。ナルエルは柄の端で軽く受けると、そのまま回転して
「……ああッ!」
その攻撃、地味だけどエグい。
甲冑はかなりの魔導防壁が掛かってるかもしれんけど、露出した顔面はそうでもなさそう。
「半獣の、ぶんざいで……ッ!」
カインツは苛立った声を上げるが、そう大きなダメージはないようだ。剣で斬り払おうとしたところに、再び顔面への一撃を喰らう。
「ぐッ!」
今度はキツいのが入ったのか、後ずさった甲冑男は鼻血を噴き出しいる。距離を取って追撃を警戒するカインツの顔は、苛立ちから憤怒に変わっていた。もう余裕はなくなっているのだ。
ナルエルはクスリと、挑発するような笑みを漏らす。案外、隊長よりも好戦的なのかもしれん。
「がああぁッ!」
振り抜かれた剣を軽く頭を下げて躱し、ナルエルは柄の端に握り変えた。突き出したメイスは、真っ直ぐ顔面に叩き込まれた。
エッグいなオイ。なんか鼻折れたっぽい。吹っ飛ばされたカインツは、転がって呻いている。
「なあ、ヘイゼル。あいつ、俺たちのときより苦戦してない?」
「噛み合わない相手、なんでしょうね」
こっちは
重装甲重武装でゴリ押すカインツの戦い方とは、噛み合ってたってことか。微塵も嬉しくねえ。
「ミーチャ、ヘイゼル」
「お任せください」
ティカ隊長の指摘に、ヘイゼルがブレンガンを出しながら応える。
ヘイゼルの指す方を見ると、後方に留まっていたカインツの部下たちが魔法陣を展開しているところだった。攻撃魔法でも放とうとしているのか。こっちには、カインツいるんだけどな。
ヘイゼルと俺は、二挺のブレン軽機関銃で魔導師たちを掃射する。魔導防壁を張ってはいたようだが.303ブリティッシュ小銃弾に数発で喰い破られ、後は無防備なまま蹂躙されてしまった。
「
カインツはといえば、少し離れた場所でヨロヨロと起き上がるところだった。
俺たちが目を離していた間に、何度か顔面にキツいのを喰らわされていたようだ。鼻が完全に潰れ、口で息をしている。片目が塞がって、手探りのような動きになっている。
「……殺す」
呟く声と共に、カインツは全身に魔力光を纏った。手加減なしの一撃にしか勝機がないと悟った感じか。判断としては正しいが、それが、なぜいまなのかと思わないでもない。
「くた……ッ」
ゴキン、と澄んだ音がした。振り抜かれたメイスの
「……ぶぁりぇいッ⁉︎」
カインツの顎が歪んで頭が半回転し、飛沫と歯が飛び散る。
白目を剥いてよろめいたカインツは、土下座するような姿勢で痙攣し、動かなくなった。
ストレートな圧勝に終わったナルエルは、メイスを血振りをして肩に担いだ。特に喜ぶ様子もなく、つまらなそうな顔で甲冑男を見下ろす。
「……無様」
コメントまで直球すな。
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