ブレス・オブ・ワイルド


「……こう……なると、思った」


 ダンジョン第一層に踏み込んで早々、一時間ほどで獲物はマーダーキャサワリヒクイドリ三羽どころか大小様々な鳥と魔物が三十近い数になっていた。


「……ヘイゼル、……いまので、獲物は?」

「マーダーキャサワリが八、ハンマービークが三、スクリームパロットが十二、モスキートピジョンが四です」

「大猟ニャ♪」

「こレぞ、我らの実力だナ」


 うん。完全にガールズの実力だ。エルミとマチルダが身軽に移動しながらペシペシと獲物の頭を撃ち抜き、ヘイゼルがDSDの一時保管区画ストレージに収納して回る。俺は重たいブレン軽機関銃を抱えたままヒーヒー言ってるだけで終わった。仕留めるどころか狙ってもいない。置いてかれないようについてくのが精いっぱいだ。

 ヘイゼルの収納能力にはまだまだ余裕はあるみたいだけれども、俺の体力が限界。

 少し早いが撤収を提案すると、狩猟本能は満たされたのかエルミとマチルダも同意してきた。


「ミーチャ、一発も撃たなかったのニャ?」

「まあな。……これ、軍用自動拳銃ブローニングH Pだけで、……良かったん、じゃね?」

それは杖ですクラッチいざというイン・ザときのための・クラッチ♪」


 ヘイゼルはダジャレっぽく慰めてくれるけれども。息切れしてヘロヘロの俺は文字通り、地面に突き立ててすがりたくなるわ。

 元きた洞窟の入り口に向けて、俺たちは緩い傾斜の岩場を登り始める。


「いやいや、結局いざというとき、なんて……」

「来ました」


 待って。待って待って待って、そういうの良いから。もう用は済んで帰るとこだし。


「……って、何あれ」


 十メートルほど先で頭を下げ、遠雷のような威嚇音を発しているのはマーダーキャサワリ……と思われる二足歩行の鳥。

 通常のマーダーキャサワリと同じく黒い羽に、青みがかった色の首周り。喉元の肉垂れデュロップだけが赤い。元いた世界のヒクイドリが“火を喰ってる”という名前になった由来だ。

 それはともかく、デカくね? 通常タイプは体高が百五、六十センチなのに。あれ二メートル半はある。ダチョウよりデカい上に、肉厚で筋肉質なので体重はおそらくダチョウの数倍ある。一本がツルハシほどある爪といい、殺す気満々な目付きといい……印象としては、ほぼ恐竜だ。


「変異種、でしょうか」

「さあ」


 あいにく俺には、相手の素性を詮索している余裕はない。

 援護しようかとこちらを窺っているエルミたちを手で制し、俺はゆっくりとブレンガンを鳥に向ける。

 ずっと重石でしかなかった強靭な鋼鉄の塊が、いまでは絶大な信頼となって腕に伝わってくる。ボルトを引いて、セイフティを外す。一瞬迷ったが、セレクターは前側に倒すフルオート。もう目と鼻の先にいる魔物が相手だ。出し惜しみしてたら死ぬ。


「がんばれミーチャ〜♪」


 気が抜けるようなエルミの応援を聞いて、一瞬だけ変異種の注意が逸れた。

 トリガーを引き絞ると弾き出された小銃弾が十数発、マーダーキャサワリの赤い肉垂れに吸い込まれる。被弾した魔物は身を震わせながら、グラリと身体を傾かせた。

 これで倒したかと安堵しながらも、嫌な予感がして身構える。残弾は、たぶん十発ほど。弾倉を入れ替える余裕などない。これで効いてないとしたら、詰む。


「キィィイイイイイィエエエエエェ……‼︎」


 奇声を発しながら翼を広げて飛び上がったかと思うと、一瞬で距離を詰めてきた。飛べない鳥のはずなのに、ジャンプしただけで十メートルの距離をひとっ飛びかよ。そのままの勢いで振り抜かれた爪が、直前まで俺のいた岩場を粉砕した。

 振り返ったマーダーキャサワリとの距離は、二メートルもない。その目にはハッキリした殺意が宿っている。

 頭を下げくちばしで突き殺そうとしているのがわかった。俺はブレンガンのトリガーを引いて残弾全てを叩き込む。巨体にしては小さな頭が、ヒョイと弾を避けた。大振りのフックでも喰らわすような軌道で、嘴がこちらに伸びてくる。フルオートで発射状態のブレンガンを突き出すと、銃口が首筋に触れた。.303ブリティッシュ小銃弾が胴体を抉り、血と羽根と肉片を飛び散らせる。それでも首の勢いは止まらず、身を屈めた俺の頭上を凄まじい力で薙ぎ払った。


「あぶッ!」


 ねえ、と言いかけたとこでヘイゼルが俺の襟首をつかんで横にける。

 フルスイングした嘴の一撃は空を切って、ヨタヨタと足を運んだ巨大ヒクイドリは腰砕けた感じで倒れ込んだ。痙攣しながら全身から血を噴き、恨めしげな顔でこちらを見上げながらようやく動きを止める。


「……なんなんだ、この化け物は……」


 ブレンガンの弾倉を入れ替えた俺は、念のためにセミオートで一発撃つ。死体蹴りのつもりはないが、死んだ振りでもされてたら死ぬのはこっちだ。

 反応がないのを確認して、ホッと息を吐いた。最後の最後で酷い目に遭ったもんだ。


「ミーチャ、とりアえズ無事で良かっタが……」


 振り返ると、マチルダとエルミが困った顔でこちらを見ていた。

 彼女たちも、心配してくれてたようだ。疲労と安堵と息切れとで、俺は銃を置いて死骸の傍に座り込む。


「そんなに穴だらけだと、売り物にならないのニャ」


 いや、君らと違って俺にそんな余裕はねえよ⁉︎

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