(閑話)目覚める神童

 タキステナに来たのは、失敗だったかもしれない。

 ナルエルが最初にそう感じたのは、魔道具学部での初講義だった。


 辺境の寒村で生まれた彼女の父親はドワーフで、鉱山の事故に巻き込まれて死んだ。母親はエルフだったが、ナルエルを産んですぐ病死した。

 孤児となった彼女は村の預かりとして、長老に養育されることになる。必死で学び働いたのは、長老への恩を返すため。そして、謂れなき侮辱を跳ね返すためだ。

 エルフの血が彼女に高い魔力と誇りを、ドワーフの血が高い技術と筋力、そして強固な精神を与えた。


 たゆまぬ努力と探究心によって村の生活を向上させたナルエルは、幼い頃から神童と称えられ、成長するごとにそれは怖れを含むようになっていた。

 良く言えば保守的、悪く言えば頭の硬い大多数のドワーフたちにとって、ナルエルの発想はあまりにも難解過ぎ、先鋭的過ぎた。

 日々鉱山やまを掘り鍛冶を行うだけの世界は、彼女には狭すぎた。

 膨れ上がってゆくばかりの知識欲を持て余していたナルエルは、周りに合わせることに疲れ、やがて周囲を見限った。軋轢を無視して、自重するのを止めた。

 領府である鉱山都市マカに出入りするようになると、魔道具工房の下働きとして潜り込み、凄まじい勢いで手を動かし始めた。

 彼女は独自の発想で無数の魔法陣を考え出し、大量の魔道具を作り上げた。最初こそ便利に利用されていたが、やがて気味悪がられるようになる。彼女の理想は高く、それを実現するだけの技術と知識もあった。しかし不特定多数が使用する魔道具としては高度過ぎたのだ。

 結果として彼女の魔法陣や魔道具は売れず、工房でも冷遇された。

 成人である十五歳を前に、ナルエルは領府マカのなかでさえも完全に孤立していた。


「もう限界だ、ナルエル。依頼をこなせないなら、工房には置けない」


 馘首を告げる工房長を、彼女は無表情に見返す。


「結果は出したはず」

「ああ。魔道具も魔法陣も、指示通りの機能は果たした。だが、その過程が検証できん」

「説明はした。問題は起きていない」

「たとえ乳を出したとしても、魔物を家畜にする奴はいない」


 何の答えにもなっていない言葉に、ナルエルの心は荒んだ。行き場のないまま押し殺してきた情熱は彼女のなかで悲鳴を上げ続け、やがて限界が来た。

 成人して身の振り方を自分で決められるようになると、領主エインケル翁に直訴して無理やりに面会を捻じ込んだ。そのとき彼女の手にあったのは、細長い箱型の魔道具。添付された設計書に描かれた魔法陣を見てエインケル翁は顔色を変えた。


「……なんじゃ、これは」

「破砕の魔道具。鉱山開発の効率を飛躍的に上げる」


 半分以下の魔力消費で、最大四倍の効果範囲と七倍の出力が可能。もちろん上げるのは効率だけではない。流用、特に悪用された場合のことを考えれば外部流出は自殺行為だと領主でなくともわかる。


「お前は、マカを更地にでもするつもりか?」

「必要なら」


 威圧を込めて見据えるエインケルの視線を、ナルエルは平然と受け止めた。


「そして、ここからが交渉。これを代わりに、学術都市タキステナに留学させてもらいたい」

「それは学費と生活費もか?」

「無論」


 渋い顔のエインケル翁の手に、風変わりな魔法陣の術式巻物スクロールが置かれる。


「今度は何じゃ」

「右回りに魔力を注げば、池ひとつ分の水を吸い上げる。左回りに注げば、吸い上げた水を無害化して排出する」


 あまり例のない複数機能、しかも切り替え式の魔法陣。だが鉱山育ちのドワーフなら、誰でもその価値を理解する。

 鉱山関係者が最も忌避するものは崩落と鉱毒水。そして鉱山で最も渇望されるのは塩と安全な水だ。


「……これに、どれだけの価値があるか、お前は本当にわかっておるのか?」

「それは、こちらの質問」


 簡潔な返答に、領主は思わず呆れ笑いを浮かべる。


「どうかしとるわ。その才能も、その無謀さもじゃ」


 エインケル翁は、タキステナへの留学を許した。条件は、決して人死を出さないこと。人死につながる技術は公表しないこと。もしナルエルが暴走したときには、自ら始末に向かうと脅しつけた上での許可だった。

 決意を秘め退路を絶って挑んだ最高学府への留学。入学を認められて胸を昂らせていた彼女は、しかし最初の講義で深い失望を味わうことになる。

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