焦燥の獣

「オルークファ様」


 領主館を訪れた衛兵隊長を見て、オルークファは計画が不首尾に終わったことを知る。学術都市を統べる稀代の鑑定魔導師、とはいえ魔法を使うまでもなく目の前に立つ男の蒼白な顔色を見れば結果など一目瞭然だった。

 領主命令で送り込んだのは、特別任務部隊という名の死兵集団。言ってみれば少数の捨て駒だ。亜人の集落を蹂躙できるとまでは思っていなかったが、それにしても結果報告が早い。


「指揮官の魔導師は姿態隠蔽ハイドを使えるはずだ。侵入時に露呈したのか?」

「いえ。遠視魔法で監視に当たった密偵によれば、亜人の巣に近付くことさえできず、ゲミュートリッヒまで十キロ弱六哩の山中で全滅したと」


 さすがのオルークファも、その報告には耳を疑った。


「……その場に、真鍮黄銅の筒は」

「はい。頭を砕かれたソクルの傍にひとつ。他にも山中にもいくつか」


 王国が誇る無敗の剣豪、“剣王”メフェルを屠った魔道具だ。打ち出された鉛のつぶてに魔力の痕跡がないことから、オルークファはそれが剣呑な薬剤を使用した投石機と見ていたが。


「猟兵どもも、それで殺されたのか」

「いえ」


 猟兵は“隷従の首飾り”を装着した犯罪奴隷。投下したカネに見合った結果が得られなければ領主といえど、タキステナの常任理事どもから追求を受けかねない。

 面目を潰されたオルークファは、俯き言い淀む衛兵隊長に苛立ちを見せる。


「では何だ」

「破裂する未知の投石による攻撃で、粉微塵に吹き飛ばされたと」


 衛兵隊長の懐か取り出されたのは、布で包まれた小片。奪い取って開くと、ひしゃげた金属片が現れた。

 鑑定によれば、軟鉄に近い金属を薄く伸ばしたものだ。焦げたような匂いは投石機の黄銅筒から感じたものに似ている。組成は違うものの、何らかの薬品だ。


「一撃で二名が即死、追撃により兵の半数以上が致命的な傷を受け、生き残りも空飛ぶ亜人に殺されました」

物理遮断シールドは」

「展開していたとのことです。事実ソクルと数名は、最初の破裂攻撃を生き延びています」


 その後に殺されれば同じことだ。オルークファは忌々し気に唸り声を漏らす。


「下がれ」


 衛兵隊長が逃げるように去った後、机に広げられた報告書を破り捨てる。

 聖国に潜入させた密偵から、届いたばかりのものだ。そこにも似たような……いや、さらに、そして遥かに信じ難い内容が記されていた。


「聖都が粉微塵に吹き飛んだ、だと……?」


 同封された小さな金属片は焦げたような匂いを放つ。金属の厚みや組成こそ違うものの、そこに残留した薬物は明らかに同じ種類のものだ。

 つまりは亜人どもが、都市ひとつを壊滅させられるほどの攻撃能力を持っているということになる。

 不穏な動きを見せ続ける亜人の巣ゲミュートリッヒから、最も近い都市はサーエルバン。投石機による大規模な殺戮が行われ、衛兵隊長と領主が姿を消した場所だ。そして次に近いのは、このタキステナ。

 オルークファの背筋にひやりと冷たいものが走る。


「……ナルエルを呼べ」


◇ ◇


 マチルダとエルミの抱っこ観測機組は悠々と帰還してきた。一度は光点が止まったまま動かなくなったので心配したけれども、そのまま数分でゲミュートリッヒに向けて移動を始めてホッと胸を撫で下ろしたところだった。


「ただいまニャー」

「いマ戻っタ」


 ふたりとも、やけに肝の据わった顔になってる。お互いへの絶大な信頼と、自分たちの成した結果に満足しているのだろう。良いことだ。

 ふわっと薄桃色のオーラが感じられるっぽいけど、俺が干渉する話ではない。うん気にしない。


「敵は、どうなりました?」

「十何人かは“25ぱうんだー”が吹っ飛ばして、生き残りも死んで、最後のふたりだけウチとマチルダちゃんで仕留めたのニャ」

「完勝ダ……いや、ムしろ一方的な蹂躙デしかナかっタな」

「「おお!」」


 ドワーフの砲兵組が手を取り合って喜ぶ。周囲で見守っていたゲミュートリッヒの住人たちに、マドフ爺ちゃんが拳と声を上げた。


「敵は全滅じゃ! 完膚なきまでに、ぶっ飛ばしてやったぞ!」

「「「おおおおおおぉ‼︎」」」


 ドワーフみんなでヘイゼルに教わりながら25ポンド砲と清掃と整備を行い、砲と弾薬運搬トレーラーリンバーは鍛冶倉庫に納められた。いまや完全に兵器庫だな。この町の戦闘能力は、あまりにも極端すぎる。


「群れで飛んでくるワイバーンを見ても肉としか思ってなかった時点で、相当だけどな……」

「この世界では完全なバランスブレーカーですね」


 その張本人な自覚があるのかないのか、ツインテメイドは俺の意を汲んで微笑む。


「それを求められているのではないですか?」

「え」

「わたしがこの世界に呼ばれた理由はわかりません。そもそも存在している理由も。ですが、感じるのです。偏りは正すべき、正されるべき運命なのだと」

「……いや、それ矛盾してない? 俺たちのせいで、アイルヘルンは一方だけに偏ってきてるよ?」


 亜人側に。それも、致命的なほどにだ。それが社会だけで終わっているうちは良い。このままだと、天秤が傾くだけでは止まらない。支点も含めた世界そのものが崩れ始める。

 それは当然ヘイゼルも理解しているだろうに、彼女は微笑んだままで静かに囁いた。


「……何をしてもオール・イズ許されるのです・フェア恋愛とイン・ラブ……」


 唇が、わずかに弧を描く。彼女は自分の導く先が、何なのかを知っている。


「……戦争ではアンド・ウォー

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