(閑話)警鐘、ただし物理

 俺たちは、いったんゲミュートリッヒに戻ることにした。まだ今後のあれこれは軒並み保留状態ではあるが、行き来は魔法陣でいつでも可能になったためにサーエルバンに留まる必要はないと判断したのだ。

 それよりも喫緊の課題は、転送魔法陣をどこに配置するかの方だ。賛成多数なのはドワーフ工房の一角に置くというもの。緊急事態が起きた場合を考えると、対処能力の高いドワーフとエルフの戦闘部隊が最も動きやすいのは工房だ。緊急事態というのは、具体的には敵対勢力が転送魔法陣で侵入した場合だ。サーエルバン側の魔法陣はサーベイ商会が保全責任者。サーベイさんも護衛の人狼組も信用しているとはいえ、彼らの防衛線を他の誰かが突破した場合、魔法陣に使用者を選別する機能はない。


「いっそのこと、ミーチャの店に置くか?」


 ティカ隊長は半分冗談半分本気という顔で提案してくる。

 侵入を防ぐ根本的な解決策はないので、対処能力の高いところに置くという発想は同じだ。置くこと自体は特に問題はない。なんだかんだで留守することが多いのと、小さな酒場なので荷物が大きいと搬入搬出が面倒だというくらいか。


「どちらでも良いがな。わしらは、工房に置いた方が使い勝手は良いと思うぞ?」

「いざというときは、爺ちゃんたちに迷惑を掛けるかも知れんけど」

「かまわんぞ。サーベイんとこに敵が入り込むような事態ならば、どのみち危険は一緒じゃい」

「それもそうだな」


 ヘイゼルに頼んで、工房内に警報機を付けてもらうことにした。気休め程度だけど、俺たちも含む周囲の住人が問題発生をいち早く知ることはできる。


「……へえ」


 ヘイゼルが取り寄せたイギリスの警報機は日本でよく見る押しボタン式ではなく、赤い小箱の真ん中にある蓋みたいのを押し下げるタイプだ。ベルではなくサイレンタイプなので作動に電気が必要になる。一瞬どうかと思ったけど、工房のみんなは発電と蓄電、放電も基本は理解しているらしい。そりゃそうか。自動車の機能と構造を把握する上で電気を知らんてことはありえない。

 この際だ、爺ちゃんたちに発電機と蓄電池バッテリーを渡して電気溶接機を使えるようになってもらおう。


「この部分を引くと、すごい音で鐘が鳴り響きます」


 小一時間で設置を完了して、ヘイゼルが鍛冶工房のみんなを前に説明を行なっていた。


「へえ、ヘイゼル姉ちゃん、これを引けば良いの?」

「ちょっと待ってくださいね、事前に知らせてからの方が……あッ⁉︎」


 カションッ!


 大問題になった。

 鳴り響くサイレンを止める鍵は、ガンロッカーのと一緒にキーリングに付けて渡してた。……ティカ隊長とマドフじいちゃんに。

 彼らはサイレンの設置状況を確認するため外にいたので、大音量で右往左往してるうちに町の住人たち全員が集まってきていた。


「なになに?」

「どうしたの? お祭り?」

「何これ、うるさいんだけど、え? 聞こえない!」


 ティカ隊長が鍵でサイレンを止めた後、ついでなので集まってきた住人たちに緊急事態への対応を説明する。


「このけたたましい音が鳴ったら、敵か魔物が町のなかまで入り込んできた合図だ。絶対に近付かず、各自が家に待機して身を隠すこと。対処は戦闘職で行うからな」

「「「はーい」」」


 外部から敵が攻めてきたときに物見櫓で鳴らす、“いつもの鐘”とは音質も音量も全然違うので、間違えることはないだろうけど。


「慣れるまでは戸惑うだろうから、今後の避難訓練は二系統で行うぞ。エルフ組とドワーフ組で、いっぺん動線と配置の擦り合わせだ」

「わかった」

「了解じゃ」


 さすがティカ隊長、ゲミュートリッヒの安全を守るためには万全の態勢を心掛けている。

 そして勝手に警報を鳴らした若手ドワーフのオクルは、隊長からごっつい怒られてた。

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