羽ばたくふたり

「行くぞ。炎弾瀑布フレイムフォール、用意!」


 巨大な岩の陰で、遠征旅団長が広域攻撃魔法を命じる。その声に二十名の魔導僧兵たちが魔力を練り始めた。すべては無言のまま、揃った動きで魔術短杖ワンドを構える。

 彼らに呼応して、少し離れた岩陰に布陣していた投石砲兵部隊も発射準備に動き始めていた。


「装填急げ、着弾を合わせる」

「半獣どももれてる。二連射したら僧兵どもを出して釣り出すぞ」


 亜人殲滅のため編成された、ゲミュートリッヒ攻略部隊。その数、百二十。物資は転送で運び込んだため輜重部隊はなく、全てが正面兵力だ。

 潜入工作を専門とする強襲僧兵の手で、山中には事前に転送魔法陣が運び込まれていた。

 王国軍の投石砲兵と聖国魔導師団の合同部隊百二十名は明け方近く、その魔法陣を通じてこの地に強固な攻撃陣地を確保したのだ。

 攻撃魔法の初弾を送り込むまで亜人たちに気付かれることはなく、出だしは完全な奇襲となった。


「それが、ここまで崩れないとはな」


 投石砲兵部隊の指揮官が忌々しげに吐き捨てると、部下の兵長が鼻で笑った。


「もう気持ちは折れてますよ。半獣どもは逃げる先がないだけです」

「違う、あの壁だ。攻撃魔法も投石も、朝から何十発打ち込んだと思っている。直撃だって二度や三度ではない。なのにここから見る限り、わずかに表面が剥がれただけだ」


 材質も不明な町の外壁は、恐るべき強度で亜人たちの生存圏を守り続けていた。

 夜明け前から始まった攻勢は七波に及び、すでに日は高くなっている。いまごろ聖国の精鋭聖騎士団からなる攻撃本隊は、亜人擁護派の拠点サーエルバンに向かっているはずだった。

 連絡用の魔導通信器に応答がないのは気掛かりだが、攻撃魔導師を含む完全武装の騎士団が四百名となれば、危地に陥ることはありえない。別働隊であるこちらが心配する道理はないのだ。


「日暮れになると半獣どもは闇に紛れて外に出てくる。その前に削って、こちらから……」

「待ってください、壁で何か動きが」


 兵の声に目を向けると、妙に小さな人影が、壁の上で遮蔽用の胸壁に飛び乗るのが見えた。


◇ ◇


「勝てるって……どうするつもりニャ?」


 手を引かれて立ち上がったはいいが、エルミにはマチルダの意図がわかっていない。敵に届かないとはいえ頼みの綱だったステンガンを手放して、何をするというのか。

 魔族娘は答えず、ずんずんとエルフたちのところへ近付いてゆく。


「それを貸セ」

「……なに?」

「こコに据えテも、役には立つマい。ワタシたちに、貸セ」


 ブレン軽機関銃を指差すマチルダに、エルフの射手たちは困惑した顔を向ける。


「貸せって、“ぶれん”をどうするつもりだ? その体格じゃ扱えんだろう。だいたい、届いても仕留められんのは……」

「ああ、わかってイる。だかラ、言っテいルのだ。エルミ、そレを持て」


 同じように困惑した顔のエルミに押し付けて抱えさせる。

 彼女もサラセン装甲車の車載機関銃として扱ったことはあるが、手持ちで撃ったことはない。


「ソう、いイぞ。弾薬もダ」


 弾薬箱から装填済みの箱型弾倉を四本、エルミの軍用ポーチに押し込む。もう四本取って自分のポーチにも入れると満足そうに頷き、エルミを後ろから抱き締めた。


「ニャニャッ⁉︎」

「サあ、やっテやろう、エルミ」


 本人以外なんのことやらサッパリわからないまま、エルミを抱きかかえたマチルダは胸壁の上に飛び乗る。

 山側に背を向け、敵の攻撃に対して無防備なことなど気にも留めない様子で笑った。


「おい、危ないぞ!」

「危なイのは、あいつラの方だ。見てルがいい」


 バシャッと、何か巨大なものがマチルダの背で広がった。

 それは、黒くて艶々とした翼だった。ふたりを包むように畳まれたそれに、エルミは恐る恐る手で触れる。


「柔らかくて、あったかいのニャ」


 マチルダはクスリと笑みを漏らし、翼を再び大きく広げた。


「ワタシの魔力で、できテいルからナ。さあ、いクぞ。武器はシっカりと抱えテおケ」


 エルミはブレン軽機関銃を持ち直すが、あまりの巨大さと重さに怯む。

 振り返ると、マチルダの顔は頬を寄せるような位置にあった。


「マチルダちゃん、こんな重いの持って飛べるのニャ?」

「大丈夫ダ。それくラいでなケれば、やつラを叩きノめすのに足ラん」


 マチルダは動じず、嬉しそうに笑う。


「見せテやろうデはナいか。無力なモのと、無力なモのが合わサったトき、どレだけの力が生まレるかをナ!」


 魔族娘は、エルミに覚悟を問う。戦う意思を、勇気を問う。ネコ耳娘は少しだけ息を吐き、顔を上げる。


「マチルダちゃん、行くのニャ!」

「そレでコそ、我が友ダ!」


 翼を広げたマチルダは、エルミを軽機関銃ごと抱きかかえたまま町の外壁から飛び降りた。


「「おおおおおおおぉ……ッ!」」


 わずかに滑空すると、青白い光が瞬いてすぐ上昇に転じる。

 巨大な翼が大きく羽ばたくたびに、ふたりはグングンと空を昇ってゆく。眼下に広がる風景はあっという間に遠ざかり、ゲミュートリッヒは小さくなっていた。

 四百メートル四半哩ほども上昇したところで、マチルダは翼を傾け滑空に入る。風を掴んで器用に羽ばたきながら、エルミの射撃に適した角度で旋回する。


「エルミ、行けルか?」


 見下ろす山の中腹から投石砲が打ち上げられ、火魔法の炎弾が打ち上げられるのが見えた。外壁から飛び上がったマチルダたちを視認した敵が、弓でまばらな牽制を掛けてくる。


「気にスるな、エルミ。あんナもの、当タりはしナい」

「それじゃ、行くのニャ!」


 エルミは抱え込んだブレンガンを、全自動射撃フルオートで発射する。小銃弾は的確に敵陣へと送り込まれ、岩陰にいた魔導師や投石砲兵を屠っていった。

 飛び交う的は投石砲を当てるには遠過ぎ、攻撃魔法を当てるには小さ過ぎる。それに何より、速過ぎた。身を守ろうと構えた盾も、射落とそうと向けた弓も、持ち手を狙った弾丸ですぐに無力化されてしまう。

 いままで自分たちがそうしてきたように、こちらの攻撃圏外アウトレンジから飛来する銃弾を前に、誰もが成す術もなく蹂躙され続ける。

 ある者は射殺され、ある者は手足を弾き飛ばされ、ある者は逃げようとして斜面を転げ落ちてゆく。


「マチルダちゃんと、一緒なら!」


 上空の風に負けないよう、声を張り上げてエルミは叫んだ。


「きっと、なんだってできるのニャ!」

「ソうダ! ふタりでナら! 怖れルものナど! なにも! ない!」


 笑い声と共に降り注ぐ銃弾を浴びて、王国と聖国の連合部隊は壊滅した。

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