スピリット・アウェイ
異界からの遭難者
「ミーチャ、ありがとな」
「こちらこそ、
楽しみにしてると言って、外構工事組は解散して行った。
ティカ隊長はいくぶん考えるような顔だったが、それは俺の発言によるものだろう。
「動くときは事前に伝える。教会と揉めることになっても最後まで責任は取るよ」
「心配してるのはそっちじゃない。ゲミュートリッヒの多数層が亜人である以上、教会強硬派とは敵対せずにはいられんしな」
「それじゃあ……」
「召喚者がいた可能性を考えていた。今回もそうだが、前回もな。ダンジョンを調べに行ったとき、崖際に白骨が転がってたのを見ただろう?」
俺は頷く。崖っぷちでモーリスをターンしようとした窪み。そこで小山になってた骨の一部は、人間のもののように見えた。
「召喚されたまま魔物に喰われた?」
「ああ。山を延々と登った先の、崖の際だぞ。おまけに、その先は行き止まりだ。ゲミュートリッヒでも、あんな場所に入り込むのは
「今回も、遭難者がいるかもしれんてことか」
いったん店に戻ろうと、俺は車に戻った。閉めようとしたドアをティカ隊長が押さえる。
「待てミーチャ、あたしも行く! というよりも、本来あたしが行くべきなんだ」
「この際、責任問題はどうでもいい。ヘイゼルの助けがいる。怪我していた場合を考えれば、エルミの力も借りたい」
ひと気のない大通りを走り抜けて、酒場の前で車を止める。
窓から空を眺めていたヘイゼルとエルミが、俺の顔を見て即座にエプロンを外した。
「問題ですか」
「わからんが、その可能性が高い。ふたりとも、手を貸してくれ」
「はい」
「わかったニャ!」
手早く店を閉めて、ふたりは車に乗り込む。
後部の荷室に転がってた魚は邪魔っけなのでヘイゼルに
「銃器の用意は要りますか?」
「いや、最優先は人命救助だ。回収できたらすぐ戻る」
「山に魔力雲が掛かっていましたね。召喚者がいるかもしれないという想定ですか?」
ヘイゼルは察してくれていた。エルミも自分の
「ミーチャ、正門に戻ってくれ。町の東側から回る」
「ああ、わかってる」
全員の乗車を確認すると、モーリスをUターンさせて南側の門まで戻る。何事かと出てきた部下の衛兵たちに、ティカ隊長は窓を開けて短く指示を残した。
「魔力雲は召喚を行った可能性がある。調べに行くから、しばらく町を頼む」
「了解っす!」
クマ獣人の衛兵に見送られて、俺たちは門を出た。道路は水溜りができていて、雑にアクセルを踏み込むとトラックの車輪が泥を跳ね上げながらズルリと空転する。
「落ち着け、ミーチャ。雲が掛かってから、まだ間もない。雨が強いと魔物も出歩かんしな。誰かが召喚されていたとしても、すぐに死にはしない」
「わかった」
ワイパーが作る視界を覗き込みながら、モーリスを操作して山道を登る。いったんは弱まってきた雨脚がまた強くなってきていた。雨水で重くなった枝葉が道までしな垂れ掛かって視界を塞ぐ。
「ハンマービークを仕留めたのが、この辺りだな」
土砂降りのなかでは、動き回る生き物はいない。
「ダンジョンのある辺りは山肌が脆そうだな。土砂崩れでも起きなきゃいいけど」
言ってるそばから、地響きのような音が聞こえてきた。女性陣には、こちらに向かってくる岩や土砂がないか窓から確認してもらう。
「ミーチャ、あれニャ」
森が切れて視界が開けたところで、エルミが上の方を指した。
目的地の崖と谷間を挟んで反対側にある場所。レイジヴァルチャが営巣地にしていたところが、ゴッソリと崩落していた。
「あんなところが崩れるのか。それなりにしっかりしてるように見えたのにな」
「巣材が水を含んで重くなったか、岩伝いに水が流れ込んだかだな。崖際では、"もーりす”は降りた方がいいかも知れん」
アドバイスに従って、俺とティカ隊長は雨のなかに出る。エルミとヘイゼルには、非常事態に備えて車に留まってもらった。
武器は隊長の戦鎚と俺のブローニングHP自動拳銃。視界も足元も悪いなかで危ないのは魔物よりも滑落だ。重たい銃を持ち歩きたくない。
「ミーチャ、なんか聞こえないか」
そう尋ねられたものの、雨垂れの音で聞き分けられない。崖際の道を進むと、俺の耳にも妙な音が聞こえるようになってきた。獣の唸り声のような、泣き喚く悲鳴のような。
「あれは、猫……いや、女か?」
「静かに。正体がわかるまでは、慎重にな。先頭は、あたしが行く」
垂直の壁を垂れ落ちた水が、道を横切って崖下へと落ちてゆく。足を滑らしたら自分も谷底に真っ逆さまだ。
しばらく進んだところで、前に白骨が転がっていた岩の窪みが見えてきた。
「……おい、冗談だろ」
ティカ隊長が呆れ顔で呟く。体育座りみたいな格好でジタバタしながら泣いている女の子がいた。体格はエルミやヘイゼルと大差ないくらいだが、年齢はわからない。人種も種族も不明。俺には何者なのかも判断できない。
ずぶ濡れでペッチョリと貼り付いた黒髪に、細くて薄っぺらい印象の体型。服は黒っぽい半袖半ズボンというか、袖と裾を切ったボンテージファッションというか……
「なあティカ隊長、あれ何者?」
「あたしも伝聞だけで、実物を目にするのは初めてだ。なので断言はできんが……」
俺たちの気配に気付いて、女の子はこちらを睨み付ける。
真っ赤な瞳が怒りと憎しみに輝き、その頭部に突き出した羊のような双角が目に入った。
「……どう見ても、魔族のようだな」
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