ボーイズんガールズ

「エルミちゃん、前方銃座まえと変わってもらえますか?」


「わかったニャ!」


 ヘイゼルは自分の身長くらいある巨大なライフルを、後部銃座から外に出すつもりのようだ。絶対ぶつけるだろうと思ったが、すぐに嬉しそうな声が聞こえてきた。


「エルミちゃーん! 見ててくださいねー! ……これぞ英国ディス・イズ・ブリテン!」


 ドゴンと、強烈な発射音が響いてバックミラーの端に青白い火花が飛び散るのが見えた。銃火の色じゃない。魔導防壁とやらが弾け飛んだ光か。さすが対戦車ライフルA T R(現代でいう対物ライフルA M R)だけあって、いかにも威力がハンパない感じ。

 そこから連続して四発。銃座からムッチャ幸せそうなヘイゼルの声が聞こえてくる。


素敵ですラブリー♪」


 いや、なにがやん。

 運転中の俺からは、何がどうなってるのか見えん。たぶん上手いこと行ってはいるんだろう。先行するモーリスC8の銃座で、こちらを振り返っているオクルとラクルが万歳みたいなポーズをしてる。

 俺は前部銃座に登っているエルミに、外の様子を尋ねる。


「スッゴいのニャ……“ぶれん”のタマは弾かれてたのに、ヘイゼルちゃん粉々にしちゃったのニャ」


 粉々? 何が? ホントどうなってんの?


 装填が済んだのか敵の配置が変わったのか、ヘイゼルの射撃が再開される。

 ほぼ等間隔で五発。バックミラーには何も見えない。余所見をしている暇もない。

 森を抜けて道がうねり始め、緩い登り傾斜がつくと同時に石が混じってグリップが悪くなっていた。速度を緩めるわけにもいかないので、アクセルを踏み込んで無理矢理に突き進む。

 前を行く二台のモーリスも時折リアをスリップさせながら強引に走り続けている。その間にも後ろではヘイゼルの射撃が続く。


「ああ、最低ルァビッシュ! もうちょっとだったのに……!」


 合計二十発も放っただろうか。ヘイゼルが不満そうな声を上げる。どうやら追撃者を仕留め損ねたようだ。


「すみません、装甲馬車に逃げられました」


「え、他は倒したの?」


「はい。馬車以外は一撃で」


 ボーイス対戦車ライフルの弾丸は装甲馬車の外殻も貫通させられたらしいが、装甲内部にいる御者を仕留めきれずに最後は逃げられてしまったのだとか。

 あんだけ撃ってもなかのひとに当たらないって、箱に剣刺すマジックかなんかか。


「ヘイゼルちゃん、スゴかったのニャ……。パーンって、当たった兵士が甲冑ごとバラバラになってたニャ」


 なにそれグロい。


 対戦車ライフルの活躍シーンちょっと見たかったけど、そんなら見なくてよかったわ。

 ヘイゼルの説明によれば、.55口径(13.9×99mm)のボーイズ弾は、超ロングセラーのブローニングM2でも使われる.50口径(12.7×99mm)重機関銃弾を口径拡大したものだ。威力は.303ブリティッシュ小銃弾の八倍ほど。

 そらバラバラにもなるわな。


 坂の頂上まで行くと、視界が開けた。

 進む先の平地まで、高低差は十数メートルほどか。丘というにも微妙な高さだが、広がる森にさほど高い木がないのでかなり先まで見通せる。

 とはいえ見渡す限りの森以外、なんもないけどな。


「……じゃぁ……!」


「エルミ、いま爺ちゃん、なんて?」


「“あれがゲミュートリッヒじゃー”って、言ってたのニャ」


 あれがーって言われても俺の視力ではわからん。地平線近くに一部だけ低い、森が欠けている場所があるようだが……町がどうのというほどディテールがわかるわけもなく。


「あそこまでの距離、どのくらいかな」


「だいたい十キロ弱六マイルくらいでしょうか」


 思ったより近い。もう、そんなに来てたか。途中の追撃でスピードアップしてたからかな。


「直線距離ですから、道を行くとたぶん二、三倍ありますよ」


 ですよねー。

 しかも目の前の森は、王国との緩衝地帯になってるくらいで魔物の数と強度がエグいらしい。

 俺は、もうひと踏ん張りと気を引き締める。楽園まで、もう少しだ。

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