矛盾

「装甲馬車? 爺ちゃんが用意したっていう、あれか」


 見たことがないのでなんともいえんけど、馬車ってくらいならどんだけ装甲が厚かろうと動力源である馬を射殺してしまえば……


「ミーチャさん。馬は撃っちゃダメです」


「なんでわかった」


「前のクライアントのときも、意識の差が最も大きいのがそこでした。この世界の人間にとって馬は最も貴重で高価な家財であり、特に獣人の方々は家族と同等の価値と愛着を持っています。たとえそれが敵の馬であっても、無意味に殺すことは彼らの心象を著しく悪化させますよ」


「……ああ、わかった。けど、丸太が道を塞いでるなら、どのみち追っては来れないだろ」


「だと良いのですが」


 バックミラーで見ただけだが、五、六本の巨大な丸太が道幅いっぱいに折り重なっていた。

 裸馬ならともかく、重い馬車を引いて乗り越えて走れるとは思えない。


「ヘイゼルちゃん、魔導師がッ!」


 後部銃座でエルミのブレンガン が火を吹く。後方に迫っている敵が何をしているのか、運転席からは見えない。

 バリケードを魔法で撤去するつもりなんだろうか。


「馬車を浮かせて飛び越えました。おそらく飛翔魔法の応用ですね。敵のなかに、かなりの高位魔導師がいます」


「えー。そいつだけ早めに撃っちゃう?」


「いまエルミちゃんが試みてますが、魔導防壁に弾かれているようです。魔導師と銃火器は、あまり相性が良くありません」


「そうなの?」


 前方でモーリスが速度を上げる。銃座の若手ドワーフ、ラクルが身振りで何か伝えようとしていた。

 たぶん、“急げ”か“速度を上げろ”だろうな。追っ手の素性を知っているのか、前方で急ぐような事情があるのか。


「それじゃ、このまま振り切るか。馬ならせいぜい時速五十キロくらいだろ?」


「重装騎兵や装甲馬車に使われる軍馬は、魔力循環によって時速百キロ弱六十マイルまで加速します」


「もう馬じゃねえよ、それ⁉︎」


「ほとんどが魔物との混血ですから。この世界での遺伝子操作ブリーディングは、SFサイファイより現実離れしています」


 まったくだ。こっちに来てから馬が走るところなんて見てないので実感がなかった。

 百キロで走る巨大な馬って、妖怪の類だよな。


「装甲馬車を引いている方は、せいぜい時速五、六十キロ半分強と思われますが……それにしても追いつかれる可能性は高いですね。追加の火器購入を推奨します」


「追加って……小銃弾を弾く相手に効果がある火器?」


 イギリス軍の兵器なんて、それほど知識はない。

 ここで使い捨てるくらいの金額のものとなると古いんだろうから、さらに詳しくない。


「PIATの在庫もありますが、あまり状態が良くない上に性能も不安定です。馬を巻き込んでしまいますし……」


「パイアット?」


 聞き覚えがあるような、ないような。

 つうか、どんだけ馬が大事なんだよ。命がけで守るほどのことかと思わんでもない。


「イギリス製の砲弾差込式迫撃砲スピガットモーターです。ドイツの対戦車擲弾発射器パンツァーシュレックと思っていただければ。素材と性能は、“英国面丸出しジャスト・ブリテン”ですが」


 知らんがな。でも装甲馬車やら随伴魔導師を砲弾で吹き飛ばしたら、たしかに馬も死ぬわな。

 悠長に話している間にも、後部銃座の銃声は続いている。ということはつまり、追っ手は引き離せてもいないし排除できてもいないのだ。


「追加購入は任せる。けど、なんかあるのか……って、ああ」


「おそらく、ご想像の通りです。これぞ素晴らしいブリリアントな起死回生の一撃となるでしょう」


 ヘイゼルは光るプレートを操作して長大な何やらを出現させると、満足げな息を吐いて車体銃座へと向かう。

 チラッと目にしたそれは想像通りの代物だった。あんなもん、買える値段で在庫あったんだな。


「もう大丈夫ですよ、エルミちゃん! しつこい追っ手は、いま一掃して差し上げます!」


「ヘイゼルちゃん! でも、あいつら凄く硬いのニャ!」


問題ありませんイッダズン・マター。お任せください、わたしと……このボーイズ対戦車ライフルに!」

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