ヘイゼルの吐息

 なんでか叫んだ後で急に脱力した黒甲冑は、ヘイゼルにもたれ掛かるように倒れた。

 旧知の間柄としか思えない相手だというのに、ツインテールのメイドはポンと素っ気なく突き放す。

 転がった相手を振り向きもせず打ち捨て、ヘイゼルはこちらに戻ってきた。困ったような泣きそうなような、見たこともない表情で首を振りながら。


「お待たせしてすみません」


 ひょいと軽い跳躍で身長を超える高さのボンネットまで飛び上がり、銃座で周囲を警戒している俺に頭を下げた。


「お手数お掛けしました。は、終わりました」


「話し合い、ね」


 殺したわけでもなさそうだが、直前まで殺意に満ちていた小柄な身体は、両手の双剣を投げ出したまま動かない。なにか相当な確執か因縁があったのだろう。他人が干渉することでもない。


 運転席に戻ろうとした俺に、ヘイゼルは小さく笑う。


「ミーチャさん、エーデルバーデンの意味を知ってますか」


 知らん。いきなり何の話だ。そもそも意味なんてあるのか。

 そりゃあるか。冷静に考えれば、地名なんてふつうは地理的素性を描いたラベルみたいなもんだ。


「“高貴なる浴場”ですよ。ふざけてるでしょう?」


「もしかして、ここ温泉が出る?」


「いいえ。乾季には井戸の水さえ乏しいくらいです。自分の故郷の地名だそうですよ。非論理的アンロジカルなゲルマンなんて、短命短耳のエルフくらい意味不明です」


「へえ、前任者はドイツ人か」


 よくもまあ、そこまで相性の悪い相手をクライアントに選んだもんだ。


「ええ。この流れでいけば次はイタリア人でしょう。おかしな話ですが、わたしに選択権はないんです。ずいぶんと、ひねくれた呪いだと思います。きっと、これも英国製ですね」


 ヘイゼルは変な感じに明るく饒舌で、どこか精神が揺れてる感じがあった。

 さっき、顔見知りらしきあの黒甲冑の女に触れたんだろう。そして、“接触した者からの知識吸収機能”を使ったと。俺が知りたいのは、その結果どういう判断が必要になるかだ。

 直截的に訊くのも良いけれども、少し黙って話を聞いてみよう。珍しく晒け出された素のヘイゼルに、俺は少し興味を持ってしまった。


「わたしの知るエーデルバーデンは、ここじゃなかったようです」


「そりゃ半世紀前じゃな。あいつは古い知り合いか?」


 俺は倒れたままの黒甲冑を指す。


「イエスでありノーでもあります。有り体に言えば、知り合いに似た、何かです。こちらの平均寿命を超えているというのに、まだ幼い少女のままでした」


「エルフなら理解できるけど」


「ドワーフの血は混じっているようでしたが、本人は異人恐怖症ゼノフォビアです」


 領主館周辺で、ぼちぼち動きが見えてきた。衛兵や冒険者たちが、遮蔽の陰からチラチラとこちらを見ている。狙っているのはこちらへの攻撃か、それとも逃げ出す算段か。


「それとミーチャさん、残念ですが交渉の余地はなさそうです。いま城壁内でこちらに攻城兵器シージ・エンジンが準備されてるところですから」


「いや待て。そっちを先に言ってくんねえかな⁉︎」


 弓矢とか刀槍兵器なら問題ないが、さすがに大質量の岩やら鉄球やらを投擲されたら装甲車でもダメージ食うぞ。回避か退避か懐に……ってなんか打ち上げられた。続けざまに宙に投げ上げられた巨大な何かは、上空で大きく弧を描きながらこちらに向かってくる。


「ヘイゼル、何あれ⁉︎」


「“魔導爆裂球”。エーデルバーデンで開発された……正確には、わたしたちが開発を手掛けた、対装甲型榴弾です」

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