動き出す運命

「これが吉報って、どういう内容なんだ?」


 ヘイゼルがテーブルに広げたのは大仰な体裁の書類。

 残念ながら、俺には読めん。なぜか音声会話は成立しているというのに、文字情報は理解不能な記号の羅列でしかない。


「「ヘイゼルねーちゃーん」」


 子供の声に振り返ると、孤児院の子たちが簀巻きにされた男を担いでくるところだった。五人掛かりとはいえ、成人男性を運ぶとはなかなかの力持ちだ。


「ありがとうございます。お礼にこれを、みなさんでどうぞ」


「「ありがとー♪」」


 お駄賃に大袋入りのお菓子をもらって、子供たちは大喜びで帰ってく。

 転がされた簀巻きを改めて見ると、痩せて目が細く性格がキツそうな初老の男だ。全身をグルグル巻きに縛り上げられ、猿轡を嵌められている。


「これがエーデルバーデンの領主か」


「はい。こちらの領主メルケルデは、王国からの独立を宣言しています」


 ヘイゼルはさっきの書類を見せ、署名部分を指す。読めんけど。

 ここにあるのは写しで、原本は使いの者が王都に届けたとか。なんにせよ、王と王国に喧嘩売ったとこまでは既決事項なわけだ。そら討伐待ったなしですな。


「なんでまた、そんな阿呆な真似を……」


 俺は領主メルケルデを見るが、怒りと憎しみのこもった視線を向けられるだけだ。しゃべれんしな。まあいい。


「それ、こいつが討伐対象になった……魔王召喚とは別件?」


「別件ですが、同根です。独立宣言のなかに“魔王が王国を滅ぼす”との文言が入っていましたから。自ら召喚を行なったと告白したようなものですね」


 なにそれ。バカなの? 交渉するのに弱みを見せてどうする。


「禁忌の邪法で王国を混乱に陥れ、その間に独立を承認させる計画でした。召喚したはずの魔王を発見できない上に魔物の大発生で予定が狂って、この有様ですが」


 やっぱりバカだ。

 計画意図までは誰にも知られていないと思っていたのか、メルケルデの目が泳ぐ。ヘイゼルに記憶を読まれたとは思うまい。誰からどうやって情報が漏れたのか必死に考えているところだろう。


 それ以前に、どうもチグハグな印象があった。


 エーデルバーデンに手出しさせないための抑止力と考えたのなら、事前の示威行為が必要になる。混乱を巻き起こしたいのなら、自分の庭先じゃなくて王都に召喚しなくては意味がない。

 取り扱い説明書を読まないタイプか、それとも……


「なあ、これ本当に自分で考えた計画か?」


「……ッ!」


「図星かよ」


 メルケルデは悔しそうな顔をするが、この程度の腹芸もできない時点でお察しだ。

 良いように操られてドツボに嵌った無能か。自業自得ながらも、哀れではある。


「召喚を行なった黒魔導師が、実質的な主導者のようですね。意思決定を求める口調で、領主の意見を誘導しています」


「ふーん。そいつは?」


「召喚後、真っ先に逃げました。どうも国外の諜報勢力ひもつきのように思えます」


「完全に、詰んでんな。もうリカバーできんだろ。あきらめろ」


 失墜領主は、猿轡の下でモゴモゴ言ってる。言葉は理解できないけれども。意味は、なんとなくわかる。

 自分の価値を主張して、生かしておくように懇願しているのだ。

 特に、聞く必要はない。


「なあヘイゼル。一応、訊いとくけど。朗報というのは?」


 俺の質問に、ヘイゼルは少し考える。どう説明しようかという顔だ。


「この人物の、立ち位置についてです」


「メルケルデ個人の? 領主としての?」


「個人としての彼は、情報もないですし興味もありません」


 あら、バッサリ。ヘイゼルはときどき、笑顔のまま言葉で刺してくる。

 傷付くのは俺じゃないとはいえ、リアクションに困る。


「王国の領主は、国王に指名され王都で任命される貴族領主と、自らが開墾した土地に権利と義務を持つ開発領主の二種類があります。エーデルバーデンの領主は後者」


 この地を開墾したのも発展させたのも、わたしとわたしのクライアントと我らが大英帝国の功績であってこいつは何にも……と愚痴り始めたところをやんわり宥めて話を元に戻す。


「メルケルデは貴族領主であるアイルコフ辺境伯からの直接指名を受けた寄子よりこであり、租税の徴収も寄親よりおや辺境伯領から徴税官が訪れます」


「要は、この町限定の小規模領主なわけね。それが?」


「つまり、本人の顔を知るものが中央にいません。さらに、寄り親のアイルコフ辺境伯も病床にあり、おそらく近日中に没すると思われます」


「ヘイゼル、お前……」


「……まさに、御誂え向きブリリアント、でしょう?」


 ヘイゼルはそう言って、にっこりと笑う。

 この子、やっぱ怖いわ。


「エーデルバーデンの人間なら、領主の顔くらい知ってんだろ。ついでに、その徴税官とやらもさ」


「しばらく政敵に狙われていたらしく、彼が表舞台に立ったことは数えるほどしかありません。徴税官は賄賂対策で定期的に担当地域が変わります。なので、領主と直接の面識があったのは、既に故人である冒険者ギルド長バーガルと、衛兵隊長マーバル。そして商業ギルド長マーケンくらいです」


 ヘイゼルは優雅に微笑むが、その姿は優しげであればあるほど深く濃い影を感じてしまう。

 たぶん、気のせいじゃない。


「その商業ギルド長は、どこにいる?」


「昨夜、フォレストウルフに喰われました。おそらく、いまは表通りの土に染み込んでいる頃ですね。春に慣れば花が咲き木々が芽吹くでしょう」


 メルケルデが震え始めた。明らかに恐慌状態になっている。それはそうだし、気付くのが遅過ぎたくらいだ。

 俺たちが、こいつの前で何もかも情報を丸出しにしている意味が、ようやくわかってきたのだ。


「……ぉおあおッ!」


 元領主は、猿轡を食い千切らんばかりに暴れながら吠える。


「いまのは、“殺すな”かな?」


「いいえ、“助けろ”でしょう」


 目の前に立つヘイゼルの顔が歪み、揺らいで淡く瞬き、メルケルデのものに変わる。

 まったく同じ顔と姿の男が向き合う。片方は哀れみを帯びた笑みで。もう一方は絶望と恐怖に震えて。


「問題ありませんよ、あなたは死にません」


 顔も背丈も服も声も初老の男性領主そのものに変わったヘイゼルが、無表情のまま唇の端を持ち上げて囁く。


「……永遠に」

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