井戸端クライシス

「……ヘイゼル」


 このひと、まるでイギリスを冥界のように言ってますが……異世界で死んで転生か転移かで送られるのがイギリスって、ひどいんだかひどくないんだか判断がつきかねる。


「さて、そこで朗報と吉報と凶報があるのですけれども」


「どれから聞きたいかって?」


「いえ、まず凶報からお伝えしますね。王国軍の討伐部隊が来ます」


「ちょい!」


「領主側ブレインによる推定ですが、規模は五百といったところでしょうか。討伐対象はエーデルバーデンの衛兵と領主と公僕、全員が死罪で斬首です」


「へ……へえ。まあ、好きにすりゃいいんじゃないのかな。俺たち関係ないし」


「それが、そうでもないのです」


 ヘイゼルがテーブルに、羊皮紙らしき書類を広げる。

 どっから出したんか知らんけどDSDの機能かなんかだろう。それはどうでもいい。

 字は読めないので内容はわからないが、文字や印の意匠から、おどろおどろしい印象を受ける。嫌な予感がする。たいがい、それは当たる。


「これは?」


「魔導承認印付きの契約書類ですね。あの領主、どうやら王国を混乱に陥れるために禁忌の魔王召喚を行なったようなのです」


「魔王。そんなもんいるのか。これから来るの? それとも事前に阻止されたのかな?」


「いえ、もういらっしゃいますね」


 ヘイゼルがものっそい笑顔で、てのひらをこちらに向ける。


「……って俺⁉︎ なんで俺⁉︎」


「日付と召喚された位置と特徴が合致します。召喚前後には周辺地域で魔力雲と雷鳴、魔物の大発生があるらしいので……」


「待て。待て待て待て。そんじゃ、この混乱は俺のせい⁉︎ だいたい、俺を召喚したよんだのはヘイゼルじゃないの?」


「いいえ。魔王の召喚は領主の望んだことで、魔物と眷属けんぞくの発生は領主が契約した魔導師が行なった結果です。ミーチャさんの責任でもなければ、わたしの責任でもありません」


 そうか。よかった。

 いや、よくない。なんか聞き慣れたような聞き慣れないような単語があった。


「眷属?」


「領主の雇用した黒魔導師によれば、“魔王は感知できる魔力を持たず、強大な死の異能を振るい国を滅ぼす。自らの血肉を分けた眷属を生み出し、従魔を率い意のままに操る”となっています」


「俺の話は、まあいいや。もしかして、眷属それってヘイゼルのこと?」


英国万歳グッド・ブリテン!」


 拍手すんな。ブリテン微塵も関係ねえ。


「いや、それもひとまず措いといて、“従魔を率い意のままに操る”とか、俺ふつうに喰われかけてんだけど」


「原典にある“従魔”というのは魔物ではなく、俗に言う“亜人”を指すようです。言語を解し異種族との共存社会を構成しているような記述がありましたから」


 ヘイゼルが持つ、“接触した者からの知識吸収”能力か。

 魔物で比較的知能が高そうなゴブリンもオークも、社会を作ってはいなかった。まして異種族との共存など無理だろう。


「ヘイゼルが言ってた俺の“前任者”も、魔王扱いだったのか?」


「そんな話は聞いたことがありませんね。ふつうに冒険者として活躍して、仲間を作って資金とコネクションを築いて、わたしのサポートと助言に従い旧エーデルバーデンに英国の飛び地を建設して、幸せに人生を終えました」


「俺そっちが良かったな。なんで今回は魔王なんだよ」


「この世界に出現した転生者トランスマイグレータ勧誘ラクルート支援サポートはDSDの機能ですが、この地への召喚サモンそのものは現地人の意思です。他家の玄関を勝手に開けるのは、野暮アンクースですからね」


「……ヘイゼルの善悪の基準がわからん」


「それはさておき、こちらが、吉報です」


 笑顔のゴスロリメイドは会話をバッサリ切って、新たな書類を広げる。

 無垢な少女の笑みに見えて、その目の奥には仄暗い権謀術数が感じられた。


「この地に再び、英国旗ユニオンジャックをはためかせるための」

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