籠城の終わり

「戻ったのニャー!」


 拠点にした元商業ギルド会館までトラックを走らせると、エルフの銃手が裏庭に入るゲートを開いてくれた。

 小銃持ちのエルフ六人が周囲を警戒中だったので、何かあったのか訊いてみる。


「近くで、町の人間同士の戦闘があったようだ。武器で打ち合う音がして、攻撃魔法を放っていた」


「仲間割れか? 魔物の群れに襲われてるっていうのに、そんな余裕あんのかよ……」


「仲間ではなかったってことじゃ。追い込まれてくると本性が出るからのう」


 マドフ爺ちゃん、辛辣である。まあ、生きるか死ぬかとなったら誰だって綺麗事は言ってられんとは思う。

 車を裏庭に入れて、サイドブレーキを引いた状態でギアを入れたままキーを抜く。万が一にも子供が触って動いたりしないようにだ。子供たち、言い付けはちゃんと守るので大丈夫だとは思うけど。

 しまってもらおうかと思ったが、ヘイゼルの姿はなかった。


「ミーチャ、肉はこちらでもらっておこう。使いやすいように要らんとこを落とす」


 そう。荷台の肉塊はまだ“腕!”“脚!”“胴体!”みたいな状態で、このまま焼くんじゃないだろうなと気になってはいたのだ。

 解体はマドフ爺ちゃんだったけど、枝肉処理はコーエルさんの担当だった。肉塊を井戸端まで運ぶと、慣れた手付きで洗浄から切り分けを済ませてくれた。見た目はもう“美味しそうなお肉”である。すげえ。

 俺も井戸で水を汲んで、トラックの荷台を洗う。銃座のブレン軽機関銃も、忘れずに外しておく。


「ミーチャさん、みなさん、こんなにたくさんのお肉、本当にありがとうございます」


 年配のシスター・ルーエが腿肉を持って、お礼に来てくれた。

 井戸端では、若いそばかすシスター・オークルが子供たちに指示を出して、午後の食事の仕込みに入っている。食材が潤沢にあるせいだろう、子供たちの声は明るい。


「いいえ、それよりシスター・ルーエ、ご相談が」


「あの兄妹ですね?」


 さすがのベテランシスター。俺たちが連れ帰ったふたりの状態から、訳ありというところまで察していたようだ。


「はい。昨夜のフォレストウルフに両親を殺されたと聞いてます。行くところが見付かるまで、孤児院グループに加えてもらえないでしょうか。もちろん、今後も出来る限りの協力はさせてもらいますが」


 薄汚れた服を着て俯いている妹と、その手を握って涙を堪えている兄。たぶん元いた世界でいうと小学生にもなっていない年齢だろう。


「構いませんよ。わたしたちが本来やるべきことですから」


 シスター・ルーエは兄妹ふたりを快く引き受けてくれた。当の本人たちはといえば、警戒してるのかトラックの近くから動かない。兄の方を手招きするが、首を振って動かない。にゃろう。


「こちらが、シスター・ルーエ。子供たちのお世話をしてくださってる。困ったことがあったら……誰に訊いても構わんけど、たぶんシスターが最も頼りになる」


 グダグダの説明をしながらシスターに引き渡そうとすると、兄の方が何かを訴えるような顔で俺を振り返った。


「ん? どうした坊主」


「……ぼくら、どこかに……売られるの」


 なんだそれ。この世界って、人買いとかもあんのか。

 シスターを見るが、静かな笑顔で頷くだけだ。ここは俺の思うように伝えてやれってとこか。

 知らんもんは答えられないので、ここは正直に話す。


「売りはしないし売る先も知らん。が、お前らをどうするかは何にも決めてないな。どうしたいとか、あんのか?」


 正直に答えると、兄の方は少し呆れた顔で俺を見る。

 無理言うな。知らんガキを拾ったのはエルミだし。彼女はみんなのお世話に駆け回っているので、話し合いに参加は難しい。博識なヘイゼルも不在だし。シスターはニコニコしてるだけだし。


「俺は遠いとこから来たばっかでな。ここの事情は、ほとんど知らないんだよ」


「……じゃあ、なんで」


「なんで助けたかって? 偶々たまたまだよ。着いて早々から魔物の襲撃やらなんやらで追いまくられて、生き延びるために、ずーっと“たまたま”を重ねて、この有様だ」


 先のことは、考えてないというより、考える余裕がなかったというのが正しい。……たぶん、ここにいるみんなも似たようなもんじゃないのかな。


「お前たち兄弟もさ、落ち着くまでここにいろよ。飯は出すし、寝るとこもある。魔物やら敵に襲われても守ってやれる。どこかに行きたいとか、何かやりたいとか、あるんなら手を貸すくらいはする」


 兄の方は、クシャッと顔を歪ませて頷く。

 妹は俯いたまま、まったく反応がない。ひどい体験をしたのだろうとは思うが、部外者でしかない俺は、いまは干渉しないでおく。


「ミーチャさん!」


 息急き切って駆け込んできたのは、ヘイゼルだった。なんでか両手に重そうな革袋を持ち、中身のコインをジャラジャラいわせている。


「なに、その盗賊アピール。どっから盗ってきた。どこ行ってたんだよ」


「ちょっと、散歩に。これは、偶々落ちてるのを拾いました」


「呼吸するように嘘をつくなよ。もしかして、あれか。近くで人間同士の戦闘があったとか言ってた」


英国万歳グッド・ブリテン!」


 ご名答、みたいな感じで拍手するけど手が塞がってて革袋のコインがガッションガッションうるせえ。


「領民を捨てて財産満載の馬車で逃げようとしていた領主と、それを糾弾しつつ物資を奪おうとする衛兵隊残党の争いでした」


「醜い、というか……それ、いまやること⁉︎」


まったくですインディード


 近くにテーブルに、コインの詰まった革袋を置く。物資供給システムDSDに入金しないということは、換金率の良くない銀貨かな。


「そこで、わたしたちがいただくことにしました。物資を積んだ馬車四台は外に停めてあります。縛り上げた元領主も、そこにいます」


 うーん……“そこで”の後から理屈がおかしい気はするが、それ以前にだ。


「領主以外の、残りは?」


 ツインテールのゴスロリメイドは胸の前で両手を組み、芝居がかった仕草で十字を切る。


大英帝国にパス・ビヨンド・旅立ちましたザ・ブリテン

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