夜を切り裂く

「お疲れさま。交代するよ」


 俺たちは商業ギルド会館の二階に布陣していたエルフの銃手に声を掛けた。

 既に床には、かなりの薬莢が散らばっていた。薄暗い路上に横たわる魔物の死骸は昼間の倍近くまで増えているので、彼らと彼らの持つリー・エンフィールド小銃がどれだけの大活躍だったかがわかる。

 まだ安全が確保されていないので外には出られないが、あのままでは臭いも出るだろうし疫病の原因にもなる。早急に回収を考えたいところだ。


「ああ、助かる。そろそろ身体が強張ってきたところだからな」


 リーダー格の中年男性――長命種だけに実年齢は不明――は、肩をほぐしながら笑う。みんな疲れてはいても表情は明るい。


「ありがとう、ヘイゼルさん。あの“れーしょん”、すごく美味しかった」


「気に入っていただけて光栄です」


 エルフの女性に褒められて、ヘイゼルが喜ぶ。

 彼女が大量調達して配布した英国軍の戦闘用糧食レーションは、大人にも子供たちにも好評だった。いくつか開封したのを味見程度に分けてもらったけど、物によっては民生品より美味いような気がした。


「ミーチャたちは、朝まで三人で大丈夫なのか?」


「うん。陽がある頃から先に仮眠を取って、ずいぶん体力も回復したよ。明るくなったらドワーフ組に交代してもらうし、非常事態のときはみんなを呼ぶから」


「わかった、気を付けてな」


 いざというとき籠城中のみんなを守ってもらうため、小銃はそのまま持っていてもらう。安全の徹底だけは再度伝えて、弾倉と薬室から弾薬を抜いたことをみんなで確認した。

 薬莢は簡単に掃き寄せて、レーションの入ってた段ボール箱にまとめておく。床に散らばった状態だと戦闘中に転びかねない。


「なあヘイゼル、あの死骸を処分する方法って、ないかな」


「……ない……ことも、ないですが」


 なにそれ。ヘイゼルの機能D S Dって魔物も処分可能ディスポーザルなの?


在庫整理用テンポラリー一時保管区画ストレージが……あるには、あるのです、が」


「収納したくないと」


「それはそうでしょう⁉︎」


 そうね。最初のゴブリン討伐のときも、討伐証明部位プローブだっけ、切り取った耳の詰め合わせを断固として引き受けなかったしね。気持ちはわかる。見た目は愛らしいお嬢さん調だから潔癖症と言われたら反論はしにくい。


「有料でしたら、引き受けますよ」


 案外がめつい感じでイメージは裏切られた。


「ヘイゼルちゃん、大丈夫ニャ。朝までには、ずいぶん減ると思うのニャ」


「「え?」」


 エルミが平然とした顔で通りの奥を指す。暗がりのなか、町の南西側にはいくつもの灯りが見える。

 いまいる旧礼拝堂は町の中心部にあるから、南西の建物がある辺りまでは二百メートルくらい。

 そこはエルミによれば“教会と商店街と、人間の住む豊かな区画”らしいが、煮炊きや照明の火じゃない。魔物の蹂躙を受けて、あるいは攻撃魔法が引火したかなんかで炎上しているだけだろう。


「エルミちゃん、あの火が、どうかしたんですか?」


「オークもゴブリンも、火を怖がらないニャ。町の人間があれだけ火を放ってるのは、たぶんフォレストウルフを追い払いたいからニャ」


 ネコ耳娘は寝起きでまだ頭が回ってないのか、イマイチ論旨がハッキリしない。

 ネコって夜行性じゃなかったっけ。


「わかりました、エルミちゃん。フォレストウルフは、魔物の死骸を喰うんですね?」


「人間も喰うし、もちろん生きたのも喰うのニャ。ゴブリンなら十や二十はペロッと平らげるらしいニャ……」


「え……おい、ちょっと待って。それ群れで、だよね?」


「違うニャ、一体でニャ」


 いや、おかしいだろ。

 フォレストウルフは標準サイズで人間の女児くらい、群れのボスでも成人男性くらいの体格だって聞いたけど。そんな身体のどこにゴブリンが二十とか入るんだよ。胃袋どころか自分の体積よりデカいじゃん。


「たぶん、魔物だからニャ」


 俺の質問には、わかったようなわからないような答えが返ってきた。


 たしか、確認された群れは十二体、うち二体はふた回りくらい大きいボスだ。となれば、百や二百の死体は処理できそうではある。


「昼間は、速度と連携が厄介なだけだけど、夜になると影に潜んで襲い掛かってくるニャ」


 その“だけだけど”というのも、どうかとは思うが……ともかく、要注意なのは理解した。上手く使えば死骸の処理に役立ちそう、なんて甘い考えはいっぺん忘れよう。

 発見次第駆除しないと、こちらがペロッと処理される死骸の側になりかねない。


「う〜ん……けっこう危ないみたいだけど、ヘイゼルの武器はそれだけ?」


「そうです。いざというときには、手に馴染むものが一番ですから」


 彼女が持っているのは、前にも見た赤いグリップのエンフィールド・リボルバーだ。中折れ式の優雅でクラシックなデザインのエンフィールドは、ゴシックメイドなヘイゼルの雰囲気に、すごく似合ってはいる。

 問題は弾薬の威力がさほどないこと。エルミの持つステンガンの9ミリ拳銃弾と比べると、エネルギー量は半分くらいしかない。


「ちなみにエルミ、ステンガンでフォレストウルフは殺せる?」


「難しいニャ」


 それじゃエンフィールド・リボルバーは、まず無理だ。ボルトアクション式小銃のリー・エンフィールドを追加調達してもらうか、モーリスの銃座にあった二挺目のブレン軽機関銃を使ってもらうか。


「来たニャ」


 エルミの声で通りに目を向けるが、それらしいものは何も見えん。ゴキリグチャボリッと、湿った音が聞こえた。どこからだ。影に潜むも何も、通りは灯りがないので全てが影だ。


「……ミーチャさん」


 いきなりヘイゼルが、俺の横で頭を抱えた。


「あれは無理です」

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