ネイキッド・ランチ
「いやヘイゼル、ホント大丈夫なん?」
「当然です。何の問題もありません。世界中の子供たちが大好きな食材、ソーセージとトマトソースのスパゲッティですよ? こちらのボーイズンガールズの歓喜の声が聞こえてくるようです。はい、どうぞ!」
「って、なんで缶詰ーッ⁉︎ だから、そういうとこだよ⁉︎」
「ミーチャ、どうしたのニャ?」
ずんぐりむっくりの砲兵用
このモーリス牽引トラックは子グマのようなシェイプが愛嬌あって良いが、運転はいささか大変だった。この世界のひとたちには概念さえ初見な自動車、しかもマニュアルシフトとなれば俺しか運転できない――ヘイゼルはペダルに足が届かない――ので仕方がない。
それはともかく、だ。
「こちらのみなさんに食事を提供しようと、わたしがとっておきのチョイスを行なったのですが」
「それが、これニャ?」
「ええ。ミーチャさんはご不満の様子なのです」
エルミは缶詰のパスタを不思議そうに見る。ソーセージ入りトマトソースのパスタをなぜ缶詰にしようなんて考えたんだイギリス人。しかも現地じゃそこそこ人気メニューというから恐ろしい。
とりあえず調達してしまったものはしょうがない。鍋に入ってる他の缶詰といっしょに温めてしまおう。
商業ギルド会館の裏庭で、俺たちは
裏庭の広さはテニスコートほどで、礼拝堂だった頃は花と野菜が植えられた家庭菜園だったらしい。井戸端に農具が打ち捨てられ、シスターたちが“聖樹”と呼ぶバオバブみたいな木も枯れかけで残っていた。
商業ギルドの連中が余計な改修をしなかったら、もっと楽に籠城できたのに。
幸い井戸は生きてるし、二メートルほどの外壁に囲われてるから一定の安全も確保されている。まずは、ここからだ。最初から高望みするのはやめよう。
前面の会館側は交代制で、いまはエルフ組が守ってくれていた。残る亜人チームは、手分けして食事の準備だ。
救助に来たとき、子供らを励まそうと咄嗟に出てきたセリフが“メシ喰わねえか”だった。とはいえ手持ちの食材などないのでヘイゼルに見繕ってもらっているところだ。
英国万歳。
「エルフ組は、大丈夫かな?」
「はい。小銃の基本操作は教えて、安全管理だけは徹底してもらいました。あとは実戦で慣れてもらうしかないですが、おそらく時間の問題です」
いまも散発的に銃声は続いている。間の開いた射撃間隔をみる限り、着実に仕留めているのだろう。
ヘイゼルに頼んで
六人のエルフたちも冒険者として苦労してきたようで、オークも倒せる武器を提供すると言ったら協力を快諾してくれた。今後の状況に応じて、獣人組やドワーフ組にも銃に慣れてもらおう。
「ミーチャさん、ありがとうございます。子供たちに食べさせるものがなくて、途方に暮れていたんです」
皿を抱えた年配のシスターが、俺のところにきて頭を下げた。表情から、心底ホッとしているのがわかる。
「気にしないでください、シスター・ルーエ。こちらが言い出したことですから」
現時点での籠城グループは、いつの間にやら大所帯になっていた。
最初にいた孤児院からの避難組は――子供数人に混血の可能性はあるそうだけど――全員が人間で、男の子が八人に女の子が四人。彼らを世話しているのがふたりの修道女、若いそばかすのシスター・オークルと、痩せて穏やかそうな初老のシスター・ルーエだ。
筋力も武器もない女性ふたりが、ずっと身体を張って子供たちを守っていたのだから、頭が下がる。
そこに後から入った俺たち冒険者グループは、エルフが六にドワーフが四、ネコ系の獣人がエルミ含め五、人狼が五。そこに俺とヘイゼルを合わせて、二十二名。
総勢三十六名となれば、食料など多少あっても途方に暮れるだろう。ここはヘイゼルに頼るしかない。
「ヘイゼル、とりあえず、すぐに食べられるものも頼む。お願いだから、あれとか……ほら」
「ええ。
「うん。ふつうの……異世界人でも抵抗ないものをね。なんなら追加でコイン見付けてくるから、少し多めに出してくれ」
「大丈夫ですよ。まだ
あら、意外と安かったのねモーリスC8って。
運転こそゴリゴリのマニュアル操作で苦労したが、もっさりした外見に似合わず頼りになる走破力で、助手席上の
ゴブリンの群れを薙ぎ払った勇姿を目の当たりにしているため、乗車していた亜人たちからも救助された籠城孤児院組からも、モーリスはものすごく愛されている。
いまもキーを抜いて裏庭に駐車してあるモーリスは、子供たちの隠れ家にされていた。
「それじゃ、テーブル空けてくださいね、いいですか〜? ……はいッ」
「「「わああああぁ……♪」」」
ヘイゼルが色とりどりのビスケットやクラッカー、ジャムやチョコレート、ミネラルウォーターやフルーツジュースなどをひょいひょいと出してはテーブルに並べてゆく。
どうやら仕組みとして魔法ではないみたいだけど、見てると魔法以上にマジカルだ。
「みなさん、好きなのを取ってくださいね。開け方が分からなければ、わたしに言ってください」
「「「ありがとーおねえちゃん♪」」」
「おお、孤児院の子たち、すごい礼儀正しいな。シスターたちの躾が行き届いてるのか……」
それとも、という言葉を俺は呑み込む。
“社会的弱者が生き延びるには、そうする必要があったのかもしれませんね。さらに育った後は、卑屈であることを強いられる。
「そうな」
珍しく直球で辛辣なヘイゼルの念話的トークに、俺は短く返答する。胸くそ悪いが、よくある話だ。
「ヘイゼルの……DSDって手に入る食材は保存食だけなのか?」
「そうですね。生鮮食品も入手はできますが、あまり食べられる状態のものはないです」
そうか。彼女が取り扱い可能なのは、元の世界で“喪われた”ものだからな。俺みたいに。
ヘイゼルが手を振るたびにポイポイと現れる英国製の缶詰は、どれもカラフルで美味そうに見える。子供たちも大人たちも、嬉しそうに口にしているから、味もそう悪くないんだろう。
飢えていれば何でも美味い、ってだけかも知れんけどな。
「ピーとかビーンズとか……こっちの缶詰、やたら豆が多いな」
「それが英国人の食嗜好ですね。そこに
俺とヘイゼルは飲み物や軽食類を開封しては、まだ自分では開けられなさそうな小さな子たちに渡してく。
食器は商業ギルドから高価そうなのをゴッソリかっぱらってきた。
クリスタルグラスに缶ジュースを注いだシスターがド派手な赤紫色なのを見てギョッとしていたが、いまは忙しいのでスルーだ。たぶんクランベリーかなんかだろ。飲めばわかる。
「おい、し……ね」
「うん、おいじぃ……」
「あ、ああ。……良かったな」
双子と思われる小さな子たちが、トマト味パスタの皿を大事そうに抱え込んでいた。ふたり並んで、泣きそうな顔で貪るように食べているのを見て、思わず胸が詰まる。
それがビロンビロンに伸びた缶詰パスタなのが、個人的にはもらい泣きしそうになる。
「ゆっくり食べろ。誰も取らないから。今日も明日も、その次の日もずっと、食べ物は、なくなったりしないから、な?」
「「ゔん」」
あんまり信じていない顔で、涙目の兄弟はブチブチに切れたパスタの残骸を掻き込む。
……なんて不憫な。明日はもっとちゃんと美味いもん食わしてやるからなと、なんかドヤ顔で見てるヘイゼルには聞こえないように俺は心のなかで呟いた。
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