ギルドのギルト
「エルミ!」
倒されたテーブルの陰から、獣人の女性と小柄な男性が声を上げる。小さい方は、ドワーフか。エルミは息を呑んで、彼らのところに駆け寄る。
その姿を見て、俺は彼らを心中で腰抜け扱いしたことを悔いた。
「みんな、無事……じゃ、ないみたいニャ」
テーブルの陰にいた男女は、怯えて隠れていたんじゃなかった。自分たちもボロボロになって、仲間の負傷者を手当てしていた。失神してるのか死んでるのか、何人かは倒れたまま動かない。
“ギルドで手当てを受けてるはず”というクソマルクの勘は半分当たって、半分外れてた。
ギルドは何にもしてない。自分たちが魔物退治を強制しておきながら、負傷者を床に転がしただけだ。
「五人死んだ。重症が十二、うち六人は生き延びても引退だ。残りは……まあ、生きてる」
「誰か他に、治癒魔法を使えるのは残ってないニャ?」
「サジャスは、さっきまで頑張ってたが魔力切れだ。モルフォはオウルベアに食われた」
エルミが魔法で治癒を始めるのを見て、俺はギルドのカウンターを蹴る。ずっと気配はしてるのに、こいつら出てくる気もなさそうだ。
「おい、さっさと出てこい!」
怒鳴りつけると、陰から事務員らしい制服の男がふたり、おずおずと顔を出した。
こういうの、美人が笑顔でお出迎えするもんじゃないのかな。出てきたのは美形でも笑顔でもない量産型の中年男だった。それは別に、いいけどさ。
「な……何ですか、あなたは!」
「流れの魔物猟師、ミーチャだ。ギルドマスターを出せ」
なんでか年嵩の事務員が、わずかに目を見開く。そいつの目線を辿ると、カウンターの奥に階段が見えた。その近くに裏口らしきドアも。
ということはつまり、あれか。
「ギルドマスターは、多忙で」
「お前らの都合なんて知るか。こっちも、お前らの寝言を聞くほど暇じゃない。どうせ外の騒動は見てたんだろ? 俺たちがゴブリンの群れを殺すところも、腰抜けのマーバルがオウルベアから逃げるところも、俺を殺そうとした
俺は必要以上に強気で押す。丁寧に対する方が関係は良くなるが、関係構築しない前提ならゴリ押しの方が上手く行く。相手にモラルを望めないときは、特にそうだ。
罪悪感という意味では、相手が可愛い女の子じゃなくてよかった。
「俺は気が短い。お前らのルールを守る気もないぞ」
釘刺しは効いたらしく、事務員ふたりはガクガクと頷く。
「お前らが盗んだエルミの
緑色の汁が染みた袋をカウンターに置く。事務員はビクッと反応して、ひとりが嫌そうな顔で袋に手を伸ばした。もうひとりは、固まったまま動かない。
「い、いまは……非常時で……」
「非常時だから言ってんだよ。グダグダとゴネるようなら、俺が直接ギルドマスターの部屋に乗り込む。そうなったら、交渉は無しだ」
俺が言うと、年配の事務員が慌てて奥に駆けて行った。
俺は近くのテーブルと椅子を起こして、空の予備弾倉に装填しながら今後の対処を考える。
もし換金を断られた場合、今後の展開がけっこうマズい。手持ちは9ミリ拳銃弾が百とちょっとだ。弾倉二本で六十発、五十発入りの箱がひとつと、バラ弾薬が少し。人間やゴブリンなら問題ないが、オウルベアの巨体に拳銃弾じゃどうもならんだろう。
この町がどうなろうと知ったこっちゃないが、ここで逃げるとしても問題の解決にはならない。次の町までどのくらいあるのか不明だけど、途中にカネを稼ぐ当てはない。そこで大物が出たら対処できずに詰む。
「……それで、ミーチャに、助けてもらったのニャ」
エルミたちの会話に俺の名前が出て、俺はふと我に返る。視線を感じて目をやると、エルミの周りにいる冒険者たちが俺を不思議そうな顔で見ていた。悪意はなさそうだけど、どういう紹介をされたのかよくわからない。
俺が首を傾げると、向こうも首を傾げる。いや、意味わからん。ネコ耳娘は治癒に集中してこちらに気付いていないし。
「ふぅ……これで、もう死ぬことはないニャ」
「ありがとエルミ、きてくれて助かったにゃ」
ネコ獣人の女性と抱き合った後、エルミがこちらに戻ってくる。
彼女の茶色っぽい毛とクリクリした目は、実家で飼ってたネコによく似てた。失礼なのかもしれんので、口には出さないけど。
「なにを難しい顔してるニャ?」
「外の化け物をどうしたもんかと思ってさ。オウルベアって、どのくらい強いんだ」
「一級冒険者……それも五人以上のパーティじゃないとどうにもならないニャ。エルフの矢も避けるし、攻撃魔法も初級くらいじゃ効かないのニャ」
いまエーデルバーデンには二級までしかない。エルミもその二級冒険者のひとりだが、初動の失敗と人間側の悪意的な捨て駒扱いで、その頼みの綱が軒並み倒されてしまったのだそうな。
「それより下の連中でも、ゴブリンくらいなら協力して倒せるんじゃないか?」
エルミは硬い表情になって、テーブルの方を見る。
「……みんな、そうしたのニャ」
「え?」
強制の非常呼集でエルミたちが山に入った後、町に残った冒険者は柵の外でゴブリンと戦わされた。数の暴力で押されているところにオークが現れると、人間だけが亜人を残して柵のなかに逃げ込んだ。
その身勝手な捨て駒作戦も、オウルベアが空から町中に入り込み、オークが柵を壊して無意味になった。
後はボロボロの負け戦で、現在の状況に陥ったと。
「教会で治癒を受けてるっていう、人間の冒険者は戦線復帰できるのか」
「するもんか」
エルミの知り合いらしい、犬っぽい獣人の男が忌々しそうに笑う。
「亜人を前に出そうとして何度も催促に来たけどな。さっき表で食われてたぞ」
ざまあみろ、と言いたいのだろうが次は自分たちだという事実が口を噤ませている。
重苦しく淀んだ空気のなか、戻ってきた年配の事務員がカウンターに木の杖と革袋を置いた。
「こちらを、お納めください。
杖をエルミに差し出すと、軽く頷きが返ってくる。大事なものだったのか、彼女は両手で嬉しそうに受け取った。
革袋のなかを見ると、銀貨と思われるネズミ色のペナペナ硬貨が何十枚か入っていた。本来の報酬がどれほどのものか知らんけど、それが俺の言い値だと気付く。
山のなかで倒した証明部位の十五、六体プラス門前の三十体てとこか。
俺が目を向けると、事務員は事務的な笑顔を浮かべて、事務的な口調で話し始めた。
「ギルドマスターは、事態の収拾のため、各部署との折衝に当たっています。大変申し訳ありませんが、お会いすることはできません。お礼を、お伝えするようにと」
「降参するから、どうか許して乗り込まないで、ってとこか」
事務員は仮面のような笑顔のまま、俺の言葉には反応しない。
こいつがどんな理由で冷静さを取り戻したのか不明ながら、慇懃無礼モードに切り替わった事務員は別の革袋と小さな紙をカウンターに置いた。
「そして、こちらがオウルベアの討伐依頼分になります。受領書に署名を」
小さな革袋のなかを見ると、金貨が五枚だった。討伐報酬の前払いか。こっちの言い値で出してくるって、それマーバルがここに来た、もしくは現在もここにいるって言ってるようなもんじゃないのか?
言ったの俺だからツッコまんけど、前払いして失敗したらどうする気なんだろ。知ったこっちゃないか。
「……ミーチャ」
エルミが俺の袖を引く。事務員の男に目をやって、俺の耳元で囁く。
「討伐依頼で自分から金額指定したときは、失敗したら三倍の罰金なのニャ」
「それに強制力は?」
「あの紙に指で魔導承認印を
なるほど。急に強気の姿勢になったのは、それが理由か。事務員の中年男は、ふたりとも嫌な感じの笑みを浮かべる。
「まさか、ここで逃げるつもりじゃないでしょうね?」
「しょせんは……いえ、我々が口にすることではありませんね」
俺は全てをひっつかんで、紙に指を当てる。
魔法陣みたいな模様が浮かび上がって、俺の手の甲に同じ紋様が刻まれる。
「契約期限は、明日の昼までです」
「期待してますよ、魔物猟師さん」
ニヤニヤした蔑みの笑いを隠そうともしない事務員ふたりを、無言のまま見据える。
もしかして状況が見えてないのか、この惨事を他人事だとでも思っているのか。どちらにせよ、どうしようもない馬鹿だ。
「ああ、せいぜい祈ってろ。もし俺がダメなら、この町は明日の昼まで持たないんだからな」
事務員たちは俺の言葉を聞くと、面白いくらいに蒼褪め始めた。
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