狩る者と狩られる者と

「金貨五枚⁉︎ そんな、無茶苦茶だ! この非常時に足元を見るのか!」


 自分で要求しておいてなんだが、俺は金貨の価値を知らない。見たこともないしな。

 “百万円出せ”くらいのニュアンスで吹っ掛けただけだ。断らせるのが目的なので、別にどうでもいい。


「じゃあ、やめとけよ。無理強いする気はない。わざわざ自分から危険を冒したいわけでもないしな」


 ぐぬぬ顔のマーバルたちを無視して、怪我人を診ていたネコ耳娘に声を掛ける。


「エルミ、俺は町を出るぞ。お前はどうする?」


 着いて早々だったけど、扱いが最低すぎた。こいつらと関わるのは無理だ。

 もし仮に町の人間は善良だったとしても、俺たちが町中で一般市民として暮らすわけでもないから意味がない。


「来るのが遅かったのニャ」


「いや、早くても遅くても、結果は同じだったさ」


「……ニャ?」


 エルミは町に入る必要なんかなかったのに、怪我してる冒険者たちを救わなきゃっていう使命感で戻って来たんだろう。

 だが実力で排除したつもりの者たちにとって、彼女の生還はほとんど挑発のようなものだ。


「すぐに町を出た方がいい。長居すれば、良いように使われて、裏切られて、魔物のエサにされるのがオチだ」


 俺の言葉に戸惑ったエルミは、目を泳がせて周囲を見る。

 冒険者も町の住民たちも門を守っていた衛兵たちも、誰ひとり彼女と視線を合わせない。山のなかで見た裏切り者の若い男女に至っては、青褪めた顔でブルブル震えている。


 魔物への恐怖から亜人を迫害……てとこまでは、クソどもの屁理屈として頭では理解できなくもない。

 でも、生きるか死ぬかの非常時にまで足を引っ張って何かメリットあるのか?


「悪いことは言わないから、もう行こうぜ。お前と俺が組めば、何があっても、何が来ても大丈夫だ。ゴブリンの百や二百は屁でもないし、オークでもオウルベアでも、なんとかウルフでも、ふたりで皆殺しにしてやれる」


 そんなこともないんだろうが、そうでもいわないと腹の虫が収まらない。

 いまも怪我人に治癒魔法を掛けていた彼女の善意が、軽く見られている状況に、俺はかなり苛立っていた。


「回収する荷物や済ませる用事があるなら手伝う。悪いけど、こんなところにお前を残してく気にはなれない」


「で、でも、まだ魔物は残ってるニャ。それに、町のみんなが……」


「こいつらがどうなろうと自業自得だろ。治癒魔導師がそんなに大事なら、なんでエルミを見殺しにしたんだよ。自分たちの罪を思い知って、苦しみながら死ねばいいんだ」


「勝手なことを言うんじゃないよ、何も知らない余所者が!」


 野次馬の前列にいたババアが、いきなりヒステリックな怒鳴り声を上げた。後ろの方から小石が飛んできて、俺やエルミを掠めた。


「……ふっざけんな、てめェらッ!」


 思わず銃を向けると、野次馬どもは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。残ったのはババアと、ババアを止めに来たらしい衛兵だけだ。


「おい、教えてくれよババア。俺が何を知らないって? クソど田舎の臭ッせえ町のゴミみたいな決まりごとか? なあ? たかがゴブリンごときに泣き叫んで逃げ回るしかできない能無しどもが、町を守ってやった俺を“余所者”呼ばわりすんのか? 治癒魔法で住人を救ったエルミに、石を投げるのがお前らの礼儀か?」


「礼儀なんてのはね、人間様相手に使うもんだよ!」


「おい、やめろカル婆」


 止めに入った衛兵を、ババアはヒステリックに振り払う。


「住人を救った? ふざけんじゃないよ! あの半獣は、町に魔物を呼び込んだ忌み子じゃないか!」


「ああンッ⁉︎ 待てコラ……!」


「きいゃああああぁあ……ッ!」


 ババアの勝手な物言いに反発した俺の抗議は、同時に上がった悲鳴に掻き消される。


 野次馬たちが逃げて行った、町の中心部からだ。


「ミーチャ、あれ!」


 立ち並んだ建物の間から、ポイポイと赤黒いボロ雑巾みたいのが投げ上げられて飛び散る。それがズタズタになった死体の断片なんだと気付いたとき、屋根の上にその原因が姿を現す。


「エルミ、何なんだ、あれ」


「……オウルベアなのニャ」


 だろうな。クマの着ぐるみに巨大な翼を生やしたような魔物。頭はクマのくせにフクロウじみた動きで首をクリンと半回転させる。こちらを見据える目はポッカリと空いた穴みたいに無表情で、正直かなり気持ち悪い。


「ギョギョギョギョギョギョ……ッ」


 三メートルはありそうな翼を広げて、そいつは虚ろな目のまま小馬鹿にしたように笑った。

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