第9話 霊界通信機

 それはまるで、泥棒に荒らされたかのような部屋だった。

 初めて訪れた客人は、土足厳禁かを確かめるかもしれない。


 ベッドの上には脱ぎ散らかした服が幾重にも積まれ、机の上には丸めたティシュの山、床にはコンビニ食品のフードパックらしき物の残骸が散乱している。

 この部屋に住んでる女性が一人で生み出したとは、とても思えないほどのゴミの量だ。

 そして壁にはゴミとしか思えないほどボロボロに朽ち果てた古い御札が、ところ狭しと貼られていた。


 この部屋の住人の女性は、パソコンの置かれた机の前に座っている。

 テーブルライトだけの薄暗い中で、オカッパ頭のようなボブヘアーを、ヘアアイロンでゆっくり整えていた。

 髪型もそうだが、地雷系メイクにドーリーワンピースと、見た目はかなり幼げに見える。


 髪を整え終えた女性が、パソコンを触りだした。

 先程消した電源を入れて立ち上げると、画面を埋め尽くすフォルダアイコンの一つをクリックする。


 そのフォルダには【小巻樹愛梨】と書かれていた……


 フォルダを開くと、映像が流れ出した。

 大きなパソコンモニターには、散らかった部屋でカルボナーラを食べている、ボブヘアーの女性が映しだされていた。

 映っているのはこの部屋の住人、【賽河原さいがわらイチコ】本人だ。


 だが、とても奇妙だ。


 映像は、あり得ない角度で映ったり、猛スピードで動いたり、壁や物をすり抜けたりしている。

 とても人間が撮影したとは思えない。


「へぇー……こんな風に見れるんだ……」


 イチコはトローンとしたまなこを彼女なりに凝らしながら、おっとり口調の小声で呟いた。


「パソコンを伝うの……あなただけじゃないのよ……」


 タン、タン、タッタッタッタッタンタン、タッタッタッタッタンタン――♪


 突然、ラインダンスや運動会ソングで有名な【天国と地獄】のメロディが部屋に響いた。

 この部屋と彼女には、似つかわしくない曲だ。


 音源は机上に置かれた、真っ黒いカバーのスマホからだった。

 着信音らしいが、送信者の名前は画面に出ていない。

 イチコはスマホを手に取り、応答ボタンを押す。


「はい……」


 相変わらずの小声だ。

 これでは相手が、しっかり聞きとれないかも知れない。


「助けてッ!!お願い!すぐにココから出してぇ!!早く、早くうぅ!!」


 スマホからは若い女性の切実な叫び声が聞こえた。

 かなり切迫している。


「ごめん……出来ない……」


「どうして!?このままじゃ――」


「そのままでいいの……」


「そ、そんな――」


「だって……あなたは……もう……」


「もう?」


「死んでるの……」


 イチコはそう言うと、ゆっくり電話を切った。

 切る前に電話から、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえた気がした。


 イチコは、そのまま別の誰かに電話をかける。


「あっ、私……うん……挑発成功。間違いなく……本物。私の〈霊界通信機サイコフォン〉で確認した……」


 彼女は、パソコンを乏しい表情で眺めながらそう言った。


 霊界通信機……


 それは晩年のエジソンやテスラが研究していたと言われる物だ。

 天才ですら成し遂げられなかった発明品を、彼女は作る事に成功したのだろうか?


「あなたは言った通りに動いて……」


 イチコはそう言って電話を切ると、再びパソコンを触りだす。

 何かを検索して、画像を開いた。

 モニターには、紅葉こうようした美しい山が映し出される。


「赤城山か……」


 何かが始まろうとしていた……

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