12 アリシアのもう一つの顔

「とにかく……正義感の強い子だったよ、ミカエラちゃんって」


 アリシア先生が急に遠い目をして語り出した。


「この国の法は──強者を助け、弱者をくじく。そのことを嘆いても、いた。この国では真の正義が実行されることはない、って悩んでもいた」


 唐突にシリアスモードに切り替わるんだな、この人。


 とはいえ、興味深い話だ。

 茶々を入れずに、俺は聞き役に徹することにした。


「ミカエラちゃんは『誰よりも多くの悪を捕らえる騎士になる』って口癖みたいに言ってたよ」

「誰よりも、多くの……」

「そうやって捕えても、ワイロなんかで釈放されちゃうだろう、とも言っていた。それでも捕え続けるんだって。百回釈放されるなら百一回、千回釈放されるなら千一回──たとえ遠回りでも、正しい方法を貫くことで真の正義はいつか成し遂げられるはずだ、って」


 なるほど、理想主義者の彼女らしい。


 正直、反吐が出そうな理想だった。

 そうやって捕え、釈放された果てに──多くの犠牲者がいるんだ。


 それは彼女にとって目先の、どうでもいいことなんだろうか。

 理想を叶えるための尊い犠牲、とでもいうつもりだろうか。


「──なんだか、怖い顔してるね。ミゼルくん」


 アリシア先生が俺を見つめた。


 かち、かちっ。


 何かのスイッチを押すような音がした。

 ──ん、なんだ?


「ミゼルくん」


 アリシア先生が顔を近づけてくる。

 ふわり、と甘い香りが漂い、思わずのけぞってしまった。


「ふふ、ドキッとした? あたしの大人の魅力に」


 悪戯っぽく笑う先生。

「いえ、俺は……」

「あ、そろそろ病院行きの馬車の時間だね」


 ふいに、校舎の上部に設置された時計を見上げた。


「あたし、行かなきゃ」


 アリシア先生がきびすを返す。


「また明日ね、ミゼルくん~」

「はい、また明日。さようなら」


 俺は一礼して、先生と別れた。


    ※


 SIDE アリシア



 アリシアがやって来たのは、学園長室だった。

 ミカエラを見舞い、すぐに王立騎士学園に戻ってきたのだ。


「ミカエラ・ハーディンの様子はどうだった?」

「どうやら何者かと交戦したようですね。精神的なショックでもあったのか、あるいは神器の力を使いすぎたのか、衰弱している様子です」


 学園長の問いに答えるアリシア。


 いや、今この場では『学園長』ではない。


対神器対策機関アシュタロート』のフリージア王国支部長だ――。

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